大乗寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
大乗寺
Ishikawa Daijyouji Butuden.jpg
仏殿
所在地 石川県金沢市長坂町ル10番地
位置 北緯36度31分57.2秒 東経136度39分32.2秒 / 北緯36.532556度 東経136.658944度 / 36.532556; 136.658944座標: 北緯36度31分57.2秒 東経136度39分32.2秒 / 北緯36.532556度 東経136.658944度 / 36.532556; 136.658944
山号 東香山(とうこうざん)
宗派 曹洞宗
本尊 釈迦牟尼仏
創建年 弘長3年(1263年
開基 徹通義介
別称 椙樹林
文化財 仏殿、五山十刹図、一夜碧巌、三代嗣法書、六祖壇経、羅漢供養講式稿本断簡 道元筆(国の重要文化財)、総門、山門、回廊、鐘鼓楼、庫裡、書院、法堂、聯芳堂、僧堂(石川県/金沢市指定有形文化財)
法人番号 7220005000669
テンプレートを表示

大乗寺(だいじょうじ、大乘寺)は、石川県金沢市にある曹洞宗寺院。山号は東香山、椙樹林、古くは金獅峯僧堂がある。江戸時代にここで清規(僧侶の修行規則)が再構築され、規矩大乗と称された。

周防正行監督、本木雅弘主演の映画『ファンシイダンス』のロケ地のひとつである。

歴史[編集]

寺伝によれば、弘長3年(1263年)、冨樫家尚が野市(現在の野々市市)に真言宗澄海を招聘して創建したという。後、禅寺に転じ、弘安6年(1283年)、曹洞宗の徹通義介を招聘して開山とした。なお、開山の年については正応2年(1289年)または正応4年(1291年)との伝えもある[1]

乾元元年(1302年)、瑩山紹瑾が2世住持となる。応長元年(1311年)、臨済僧である恭翁運良が瑩山の後を継いだ。臨済僧が住持となったのは、十方住持制度(禅寺において、自派に限らず他派からも住持を選ぶ)に基づくものと考えられている[2]。しかし、恭翁運良と大乗寺の間にはその後確執があったようで、彼の名は世代から除かれており、暦応元年(1338年)住持した明峯素哲が大乗寺第3世とされている。

寺は暦応3年(1340年)、足利尊氏祈願所となるが、室町時代後期、戦乱に巻き込まれて焼失した。その後、前田利長の家臣・加藤重廉が檀越となり、寺は木新保(現在の金沢市本町)に移転した。さらに、江戸時代初期には 加賀藩家老本多家菩提寺となり、現在の金沢市本多町に移転している。

寛文11年(1671年)には中興の祖とされる月舟宗胡が住持となり、次代の卍山道白延宝8年・1680年住持となる)とともに寺の復興に努めた。寺が現在地に移転したのは元禄10年(1697年)のことであり、当時の住持は、その前年に就任した明州珠心であった。

明治時代初期には廃仏毀釈で一時衰退した。昭和50年代、板橋興宗が住職に就任。平成13年(2001年)には駒沢女子大学学長を務めた東隆眞が住職に就任した。

伽藍[編集]

総門
山門
法堂
  • 総門 - 黒門、寛文5年(1665年)建立、石川県/金沢市指定有形文化財
  • 山門 - 江戸時代初期、石川県/金沢市指定有形文化財
  • 仏殿 - 元禄15年(1702年)、重要文化財(国指定)
  • 法堂 - 元禄10年(1697年)頃、石川県/金沢市指定有形文化財

文化財[編集]

重要文化財(国指定)[編集]

  • 仏殿
  • 支那禅刹図式(寺伝五山十刹図)
  • 仏果碧巌破関撃節(一夜碧巌集) - 『碧巌録
  • 三代嗣法書
  • 韶州曹渓山六祖壇経(紙背仮名消息) - 通称、大乗寺本
  • 羅漢供養講式稿本断簡 道元

所在地[編集]

石川県金沢市長坂町ル10番地

交通アクセス[編集]

JR北陸本線金沢駅から車で20分

近隣の情報[編集]

参考文献[編集]

  • 『石川県の地名』(日本歴史地名大系)、平凡社、1991
  • 『太祖瑩山』東隆眞 (国書刊行会)


関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 歴史の節の記述は参考文献の『石川県の地名』に基づく。
  2. ^ 佐橋法龍『人間瑩山』(春秋社、1979)、p194

外部リンク[編集]