南海部郡

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日本 > 九州地方 > 大分県 > 南海部郡
大分県南海部郡の位置(水色:後に他郡から編入した区域)

南海部郡(みなみあまべぐん)は、大分県にあった

郡域[編集]

明治11年(1878年)に行政区画として発足した当時の郡域は、佐伯市の大部分(宇目大字各町を除く)にあたる。

歴史[編集]

江戸時代[編集]

江戸時代、のちの本郡域となる区域は、天領だった各村を除いてほとんどは佐伯藩領だった。幕府から公認された佐伯藩の御朱印村でのちに本郡域となる23村とのちの北海部郡にまたがる2村であり、この御朱印村を基本単位として、その下に多数の枝郷が所属している。

枝郷は必要に応じて随時再編されており、その名称・範囲等についても時期によって変動が見られるが、享和3年(1803年)に書かれた『郷村仮名附帳』により、概容を知ることができる。『旧高旧領取調帳』では、こうした枝郷やさらに下位の小字のいくつかを村扱にして村高を割り付けているため、146村と約6倍の数になっている。また佐伯藩では、領内の村を農山村である「在方」と漁村である「浦方」に分類し、それぞれの特質に応じた支配形態をとっていた。

佐伯藩の領域内には一部(床木村と堅田村のうち枝郷9村)に天領(幕府領)およびその相給となっている箇所が存在する。この村々は、もともと初代藩主毛利高政の弟・吉安の所領であったが、吉安が第3代藩主の選定問題で藩と対立した結果、寛永10年(1633年)に兄から与えられていた堅田・床木の計2,000石の領地を幕府に献上し、自身は蔵米取りの旗本となってしまったために発生したものである。吉安の旧領10村は当初佐伯藩の預地となったが、寛文6年(1686年)に佐伯藩領と天領との間で争論が発生したため、寛文8年(1688年)に預りを解かれて日田代官所の管轄となり、その後天明3年(1783年)に佐伯藩の懇請により再び預地となって明治3年(1870年)に日田県に移管されるまで続いた。

明治11年(1878年)の海部郡分割に際しては、上浦村組・大坂本村組は南海部郡・北海部郡に分割された以外、全域が本郡の管轄となった。

郡発足までの沿革[編集]

  • 旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での、海部郡うち後の本郡域の支配は以下の通りだが、海部郡については過渡期の再編・細分化が記載に反映されているため、幕末から明治初年当時の実際の村割と取調帳の記載との間にかなりの差が見られるうえ、後述する明治8年(1875年)の村落統合を経て、明治11年(1878年)の海部郡分割時に存在した村名とも一部でずれが生じている。(102村50浦1島)
  • 明治3年12月24日1871年2月13日) - 佐伯藩預地が日田県の管轄となる[4]
  • 明治4年
  • 明治8年(1875年)3月13日 - 以下の各町村の統廃合が行われる。(46村36浦1島)
    • 佐伯村(さえきむら) ← 塩屋村、大船繋村
    • 鶴望村 ← 下野村、坂野村
    • 稲垣村 ← 古市村、長瀬村
    • 池田村 ← 久部村、蛇崎村
    • 長谷村 ← 大越村、岸河内村、城村
    • 霞ヶ浦村 ← 笹良目浦、代後浦
    • 二栄浦 ← 古江浦、晞干浦
    • 護江浦 ← 内野浦、風無浦、宮野内浦
    • 青山村 ← 市福所村、川井村、(堅田村組)黒沢村、谷川村、山口村、棚野村
    • 堅田村 ← 石打村、西野村、波越村、泥谷村、府坂村
    • 長良村 ← 鵜山村、江頭村、柏江村、塩月村・津志河内村
    • 最勝海浦 ← 長田浦、蒲戸浦、夏井浦、福泊浦
    • 有明浦 ← 桑野浦、鮪浦、日野浦、帆波浦
    • 尺間村 ← 釈魔村、石原村、宇藤木村、岡村、川中村、黒土村、田野平村、長畑村、備後村
    • 下直見村 ← 岩井戸村、浦木村、新洞村、千股村、水口村
    • 百枝村が海崎村に、小福良村・車村・中河原村が狩生村に、河内浦が蒲江浦に、坪浦が 野々河内浦に、竹峰村が大坂本村に、横川村・井取村・黒岩村・羽木村が横川村に、内水村・大津留村・杭野内村・久保河内村・(仁田原村組)黒沢村・細河内村が仁田原村に、知江村・中津留村・吹原村・道野内村・(赤木村組)長野村が赤木村に、因尾村・宇曾河内村・江平村・波崎村が因尾村に、宇根原村が堂野間村に、樫峰村・片内村・腰越村が山部村に、(中野村組)長野村が笠掛村に、長崎村が三股村にそれぞれ合併。

郡発足以降の沿革[編集]

  • 明治11年(1878年)11月1日 - 郡区町村編制法の大分県での施行により、海部郡のうち佐伯村ほか46村36浦2島に行政区画としての南海部郡が発足。郡役所が佐伯村に設置。
  • 明治20年(1887年)4月 - 屋形島が蒲江浦に編入[5]。(46村36浦1島)
1.東上浦村 2.西上浦村 3.八幡村 4.大入島村 5.佐伯町 6.鶴岡村 7.明治村 8.上野村 9.中野村 10.因尾村 11.川原木村 12.直見村 13.切畑村 14.上堅田村 15.下堅田村 16.青山村 17.木立村 18.西中浦村 19.東中浦村 20.米水津村 21.上入津村 22.下入津村 23.蒲江村 24.名護屋村 25.小野市村 26.重岡村(桃:佐伯市)
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。全域が現・佐伯市。(1町23村)
    • 東上浦村 ← 浅海井浦、津井浦、最勝海浦
    • 西上浦村 ← 狩生村、二栄浦、護江浦
    • 八幡村 ← 海崎村、戸穴村、霞ヶ浦村
    • 大入島村 ← 荒網代浦、石間浦、片神浦、久保浦、塩内浦、高松浦、日向泊浦、守後浦
    • 佐伯町(さえきちょう。 佐伯村が単独町制)
    • 鶴岡村 ← 鶴望村、上岡村、稲垣村
    • 明治村 ← 床木村、大坂本村、尺間村
    • 上野村 ← 井崎村、上小倉村、小田村、山梨子村
    • 中野村 ← 笠掛村、風戸村、三股村、宇津々村、波寄村、小川村、小半村
    • 因尾村 ← 因尾村、井野上村、上津川村、堂野間村、山部村
    • 川原木村 ← 横川村、仁田原村、赤木村
    • 直見村 ← 上直見村、下直見村
    • 切畑村 ← 江良村、門田村、細田村、提内村、平井村
    • 上堅田村 ← 池田村、長谷村
    • 下堅田村 ← 堅田村、長良村
    • 青山村木立村(それぞれ単独村制)
    • 西中浦村 ← 有明浦、沖松浦、地松浦、吹浦
    • 東中浦村 ← 中越浦、羽出浦、梶寄浦、丹賀浦、大島
    • 米水津村 ← 色利浦、浦代浦、小浦、竹野浦、宮野浦
    • 上入津村 ← 楠本浦、畑野浦
    • 下入津村 ← 西野浦、竹野浦河内
    • 蒲江村 ← 蒲江浦、猪串浦
    • 名護屋村 ← 葛原浦、野々河内浦、波当津浦、森崎浦、丸市尾浦
  • 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治44年(1911年)1月1日 - 蒲江村が町制施行して蒲江町となる。(2町22村)
  • 大正5年(1916年)7月 - 佐伯町(さえきちょう)が佐伯町(さいきちょう)に改称[6]
  • 大正11年(1922年)9月1日 - 東中浦村の一部(羽出浦・中越浦)が分立し、中浦村が発足。(2町23村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年
    • 6月26日 - 南海部郡役所廃庁式を挙行[7]
    • 7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地理区分名称となる。
  • 昭和12年(1937年)4月1日 - 佐伯町・鶴岡村・上堅田村が合併し、改めて佐伯町(さいきちょう)が発足。(2町21村)
  • 昭和16年(1941年)4月29日 - 佐伯町・八幡村・大入島村・西上浦村が合併して佐伯市(さいきし)が発足し、郡より離脱。(1町18村)
  • 昭和17年(1942年)7月1日 - 「南海部地方事務所」が佐伯市に設置され、大野郡の一部とともに管轄。
  • 昭和25年(1950年
    • 1月1日 - 大野郡重岡村小野市村の所属郡を本郡に変更。(1町20村)
    • 12月19日 - 東上浦村が改称して上浦村となる。
  • 昭和26年(1951年
    • 1月1日 - 上浦村が町制施行して上浦町となる。(2町19村)
    • 4月1日 - 直見村・川原木村が合併して直川村が発足。(2町18村)
  • 昭和30年(1955年
    • 3月31日(2町9村)
      • 蒲江町・名護屋村・上入津村・下入津村が合併し、改めて蒲江町が発足。
      • 東中浦村・中浦村・西中浦村が合併して鶴見村が発足。
      • 小野市村・重岡村が合併して宇目村が発足。
      • 木立村・下堅田村・青山村が佐伯市に編入。
    • 6月1日 - 中野村・因尾村が合併して本匠村が発足。(2町8村)
  • 昭和31年(1956年)2月1日 - 明治村・上野村・切畑村が合併して昭和村が発足。(2町6村)
  • 昭和32年(1957年)4月1日 - 昭和村が弥生村に改称。
  • 昭和36年(1961年
    • 2月11日 - 鶴見村が町制施行して鶴見町となる。(3町5村)
    • 11月3日 - 宇目村が町制施行して宇目町となる。(4町4村)
  • 昭和41年(1966年)12月1日 - 弥生村が町制施行して弥生町となる。(5町3村)
  • 平成17年(2005年)3月3日 - 上浦町・弥生町・本匠村・宇目町・直川村・鶴見町・米水津村・蒲江町が佐伯市と合併し、改めて佐伯市が発足。同日南海部郡消滅。

変遷表[編集]

行政[編集]

  • 歴代郡長
氏名 就任 退任 備考
1 斉藤利明 明治11年(1878年)11月1日
2 菊村徳
3 関休三
4 玉置本資
5 狭間重亜
6 安田源太
7 渡辺村男
8 多羅間政輔
9 河越万三郎
10 田島七郎
11 岩松繁夫
12 沖田義信
13 熊谷頼太郎
14 穂坂重吉
15 山田民蔵
16 加藤安蔵

脚注[編集]

  1. ^ 井崎村の一部を分けて記載
  2. ^ 小田村の一部を分けて記載
  3. ^ 『郷村仮名附帳』では「くろさわ」、『角川日本地名大辞典』では「くろぞう」と読み仮名が振られている。現在は佐伯市直川大字仁田原字黒沢(くろさわ)
  4. ^ 末広利人「日田県管地化の実体:佐伯藩預所の場合 (PDF) 」 大分縣地方史 No.105(1982年3月) pp.20- 37、大分県地方史研究会
  5. ^ 『角川地名大辞典44 大分県』822頁
  6. ^ 『佐伯市史』1016頁
  7. ^ 『佐伯市史』324頁

参考文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
海部郡
行政区の変遷
1878年 - 2005年
次代:
(消滅)