加古川市立上荘小学校

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加古川市立上荘小学校
加古川市立上荘小学校正門
過去の名称 上荘尋常小学校
上荘尋常高等小学校
上荘国民学校
上荘村立上荘小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 加古川市
併合学校 国包小学校
設立年月日 1903年4月1日
創立記念日 10月5日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 675-1216
兵庫県加古川市上荘町都染400番地

北緯34度47分57.7秒 東経134度53分54.0秒 / 北緯34.799361度 東経134.898333度 / 34.799361; 134.898333座標: 北緯34度47分57.7秒 東経134度53分54.0秒 / 北緯34.799361度 東経134.898333度 / 34.799361; 134.898333
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加古川市立上荘小学校(かこがわしりつ かみしょうしょうがっこう)は、兵庫県加古川市上荘町都染にある加古川市立小学校。

沿革[編集]

経緯[編集]

1872年7月の学制発布に伴い、翌1873年、薬栗村(現加古川市上荘町薬栗)に巖上小学校が、見土呂村(現加古川市上荘町見土呂)に教育小学校が創設された。1875年、巖上小学校が廃止され、1884年、見土呂小学校は平荘小学校の分校となった。1887年、平荘小学校を山角尋常小学校とし、見土呂分校は見土呂簡易小学校となった。1891年3月見土呂分校は廃止され、同校在中の児童は、山角尋常小学校に編入することとなった。 1903年4月1日 上荘尋常小学校を現位置に設置された。その後、1941年、国民学校令により、上荘国民学校と改称した。第二次世界大戦降伏後の学制改革によって、上荘国民学校は、上荘村立上荘小学校となり、同時に上荘村立上荘中学校を併設した。同時に併設された上荘村立上荘中学校は、1947年に廃止され、加古川市立両荘中学校として時代を重ねている。

年表[編集]

学校行事[編集]

  • 4月 始業式 入学式
  • 5月 ふれあい運動会
  • 6月 修学旅行
  • 7月 終業式
  • 8月
  • 9月 始業式 くすのきまつり 自然学校
  • 10月 ふれあい表現会
  • 11月 マラソン大会
  • 12月 終業式
  • 1月 始業式
  • 2月 校内書初め展
  • 3月 卒業式 修了式

通学区域[編集]

上荘町小野・薬栗・見土呂・国包加古川より西側)・井ノ口・白沢・都染・都台1丁目〜3丁目[8]

進学先中学校[編集]

全域が加古川市立両荘中学校の校区である。

両荘地区小中一貫校構想[編集]

両荘地区は加古川市内でも特に児童生徒数の減少が著しく、子どもたちのより良い教育環境の確保のため、平成29年度より様々な協議が重ねられた。その結果、令和2年7月に、上荘小学校及び平荘小学校を統合して現在の両荘中学校の敷地に、増改築により施設一体型小中一貫校を整備する方針を決定した。この一貫校の形態については、市内初の義務教育学校とすることが決まり、名称は「両荘みらい学園」に決定した。令和6年度の開校を目指して準備中である。[9][10]

校区内の主な施設[編集]

交通[編集]

通学区域が隣接している学校[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 上荘小学校 2004, p. 34.
  2. ^ 上荘小学校 2004, p. 35.
  3. ^ a b 上荘小学校 2004, p. 36.
  4. ^ a b 上荘小学校 2004, p. 37.
  5. ^ a b 上荘小学校 2004, p. 38.
  6. ^ 上荘小学校 2004, p. 39.
  7. ^ 上荘町国包のうち加古川東側の地域の生徒は「兵庫県加古郡学校組合立山手中学校(現 加古川市立山手中学校)」に通学
  8. ^ 校区の確認について加古川市教育委員会
  9. ^ 両荘地区小中一貫校基本構想の策定について加古川市教育委員会
  10. ^ 両荘地区の小中一貫校 9年制の義務教育校に 加古川市神戸新聞NEXT

参考文献[編集]

  • 上荘小学校 『加古の流れ 上荘小学校100年のあゆみ』2004年。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]