上荘町国包

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上荘町国包
—  大字  —
上荘町国包の位置(兵庫県内)
上荘町国包
上荘町国包
座標: 北緯34度48分0.25秒 東経134度54分56.49秒 / 北緯34.8000694度 東経134.9156917度 / 34.8000694; 134.9156917
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Hyogo Prefecture.svg 兵庫県
Flag of Kakogawa, Hyogo.svg 加古川市
地区 上荘地区
人口 (2013年4月20日)
 - 計 1,081人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 675-1213
市外局番 079
ナンバープレート 姫路
※座標は国包公会堂付近

上荘町国包(かみそうちょうくにかね)は、兵庫県加古川市大字である。郵便番号は675-1213。2013年4月1日現在の人口は1081人、世帯数391世帯[1] である。地場産業として国包建具が有名である。

地名の由来[編集]

国包の名の由来は、この地域を開拓した名主の名が有力である。また、クニは地域のこと、カネは曲がった土地を表す事から、加古川の湾曲した地形から名付けられた説もある[2]

歴史[編集]

古代から加古川の水害に悩まされてきた。鎌倉時代まで、加古川西岸に存在していたが、1225年(嘉禄元年)8月の大水害により元の集落は、河原となり、住人は東岸に移動した。1756年(宝暦6年)当地出身の長浜屋新六郎が、私財をなげうって、水害時の避難所として築山を築いた[3]。湯山街道の宿場町として栄え、1594年(文禄3年)の加古川の舟運が開発されると木材、酒、米の集約地として栄えた[4]

沿革[編集]

経済[編集]

現在、地場産業として国包建具が有名である。国包建具の発祥は、文政年間(1818〜30年)頃と言われている。国包は、江戸時代に加古川を利用した舟運の寄港地であり、木柿や酒米の集散地として栄えた。それに伴い加古川上流から運ばれてくる木材を加工する木挽き職人が生まれ、国包に木工業が芽生えた。更に、唐箕(農作業用の選別機)づくりを経て建具造りへと移行した[13]

小中学校の学区[編集]

小学校
加古川市立八幡小学校(加古川東側)
加古川市立上荘小学校(加古川西側)
中学校
加古川市立山手中学校(加古川東側)
加古川市立両荘中学校(加古川西側)

交通[編集]

鉄道
JR西日本加古川線厄神駅がある。
バス
神姫バス
道路
兵庫県道18号加古川小野線
兵庫県道20号加古川三田線
兵庫県道207号厄神停車場線

史跡[編集]

  • 加古川市指定文化財
    • 榎・椋の樹 榎2本・椋1本 国包伊勢講 (1990年(平成2年)10月11日指定)

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 畑偕夫 『加古川市史に読むわがふるさと国包』、2003年 
  • 建設省近畿建設局姫路工事事務所 「直轄河川改修工事」『加古川の流れ』(pdf)、1975年2014年1月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]