別れの一本杉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
別れの一本杉
春日八郎シングル
リリース
規格 SPレコード
ジャンル 演歌
レーベル キングレコード
春日八郎 シングル 年表
男の舞台
(1955年)
別れの一本杉
(1955年)
流転子守唄
(1955年)
テンプレートを表示

別れの一本杉」(わかれのいっぽんすぎ)は、1955年12月にリリースされた春日八郎シングル。春日の代表曲のひとつである。

概要[編集]

作詞は高野公男、作曲は船村徹による。二人は大学在学中に知り合い、コンビを組んで活動していた。当時二人は新人でこれといったヒットに恵まれず苦しい時代を過ごしていた。そのような中でいくつかの曲をキングレコードの春日八郎のもとに売り込みにいき、その中で目に留められた曲がこの「別れの一本杉」であった。曲は、ビゼーの歌劇「カルメン」のハバネラのリズムをヒントに書かれたものである[1]

この曲は当時50万枚のセールスを記録し、当時としては爆発的な人気となった。これにより、春日八郎の演歌歌手としての地位は確固たるものになり、また船村徹と高野公男の活動も本格化したが、この曲がヒットした矢先、作詞家の高野公男は結核に罹り、「別れの一本杉」が発表された翌1956年に26歳にて死去した。この高野の若すぎる死を悼み、彼の生涯とこの曲の情景をモチーフに同名のタイトルで翌1956年に松竹から映画化された。主演(高野公男役)は川喜多雄二が務めた。また春日八郎も劇中に歌手として出演している。春日はこの曲で1956年の第7回NHK紅白歌合戦1969年第20回NHK紅白歌合戦の紅白歌合戦に出場した。

収録曲[編集]

  1. 別れの一本杉
  2. 君は海鳥渡り鳥(唄:三橋美智也)

歌詞[編集]

一、
泣けた 泣けた
こらえきれずに 泣けたっけ
あのと別れた 哀しさに
山のかけすも 鳴いていた
一本杉の 石の地蔵さんのよ
村はずれ

二、
遠い 遠い
想い出しても 遠い空
必ず東京へ ついたなら
便りおくれと 云ったひと
りんごのような 赤いほっぺたのよ
あのなみだ

三、
呼んで 呼んで
そっと月夜にゃ 呼んでみた
嫁にもゆかずに この俺の
帰りひたすら 待っている
あのはいくつ とうに二十はたちはよ
過ぎたろに

  • なお、本楽曲の歌詞の著作権2006年12月31日に消滅している(他の高野公男作詞の楽曲も同様)。尚、作曲の船村徹は2017年2月16日に逝去した。

カバー[編集]

関連項目[編集]

  • 高野公男…本項目にもこの作品への言及あり。

脚注[編集]

  1. ^ 公園通りで会いましょうNHK総合テレビ2003年10月16日放送分)にて本人が語る。