佐々木マサ子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
TransparentPlaceholder.svg 佐々木 マサ子 Golf pictogram.svg
Masako SASAKI
基本情報
名前 佐々木 マサ子
生年月日 (1944-02-25) 1944年2月25日(78歳)
身長 168 cm (5 ft 6 in)
国籍 日本の旗 日本
出身地 日本の旗岩手県
経歴
プロ転向 1967年=JLPGA1期
成績
優勝回数 国内3
初優勝 日本女子プロゴルフ九州大会
賞金ランク最高位 2位 (1968年)
2021年6月8日現在
テンプレートを表示

佐々木 マサ子(ささき まさこ、1944年2月25日 - )は、岩手県紫波郡出身の日本の女子プロゴルファー、指導者。 日本女子プロゴルフ協会 (JLPGA) 第1回プロテスト合格者の一人。

経歴[編集]

矢巾町立煙山中学校卒業。17歳からゴルフを始める。

1967年、第1回プロテストで合格。女子部創立記念競技に参加し、4位。

1968年日本女子オープンゴルフ選手権競技2位など、賞金ランク2位 (自己最高位) 。

1969年日本女子プロゴルフ選手権大会3位など、賞金ランク3位。

1970年は日本女子プロゴルフ九州大会で6オーバー、2位・石井美和子山崎小夜子に1打差でツアー初優勝。同年、樋口久子とともに日本人女子で初めて全米女子プロゴルフ選手権に参戦し、24位[1]。賞金ランク5位。

1971年は優勝なく、同5位。全米女子プロは予選落ち[1]

1972年、ツアー開始以来樋口の公式戦10連覇がかかった日本女子オープンは浜松シーサイドゴルフクラブ (静岡県磐田市) で開催された。2日目時点で当時アマチュアだった清元登子と首位に並ぶ。結果的に通算5オーバー、2位・山崎に1打差で自身初の公式戦優勝。賞金ランク5位。全米女子プロは予選落ち[1]

1973年、オールスターでは通算5オーバーで山崎、中村悦子と並びプレーオフにもつれ込んだが、山崎に敗れた。賞金ランク3位。全米女子プロは42位[1]

1974年美津濃トーナメントでは通算5オーバーで並んだ樋口とのプレーオフになったが敗れた。賞金ランク5位。全米女子プロは予選落ち[1]

1975年から1979年までは優勝、プレーオフなし。

1980年、開幕戦のワールドレディスゴルフトーナメントでは通算イーブンパーで並んだ大迫たつ子とのプレーオフを制し、7年ぶり3度目のツアー優勝。賞金ランク8位。

1981年から1985年までは賞金ランク50位以内を確保した。賞金獲得最高額は1984年の784万円余。

人物・逸話[編集]

  • 身長168cmと創成期の日本女子ゴルフ選手としては大柄だった。

成績[編集]

JLPGAツアー優勝 (3)[編集]

No. 日程 大会名 スコア 2位との差 2位(タイ)
1 1970年9月30日 日本女子プロゴルフ九州大会 +6 (114) 1打差 日本の旗 石井美和子
日本の旗 山崎小夜子
2 1972年11月8-10日 日本女子オープンゴルフ選手権競技 +5 (75-73-76=224) 1打差 日本の旗 山崎小夜子
3 1980年4月11-13日 ワールドレディスゴルフトーナメント 0 (76-74-75=225) プレーオフ 日本の旗 大迫たつ子

太字は公式戦

脚注[編集]

[脚注の使い方]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 全米女子プロゴルフ選手権”. 日本プロゴルフ殿堂. 2021年6月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]