中央林間

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中央林間
中央林間駅
中央林間の位置(神奈川県内)
中央林間
中央林間
中央林間の位置
北緯35度30分30.49秒 東経139度26分37.76秒 / 北緯35.5084694度 東経139.4438222度 / 35.5084694; 139.4438222
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yamato, Kanagawa.svg 大和市
人口
2020年(令和2年)9月1日現在)[1]
 • 合計 23,189人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
242-0007[2]
市外局番 046 (厚木MA)[3]
ナンバープレート 相模

中央林間(ちゅうおうりんかん)は、神奈川県大和市にある地名。現行行政地名は中央林間一丁目から中央林間九丁目。郵便番号は242-0007[2]

地理[編集]

大和市北部に位置する。東はつきみ野、西は中央林間西、南は南林間林間下鶴間、北は相模原市東林間上鶴間に接する。小田急江ノ島線東急田園都市線中央林間駅を中心とした地域である。 2018年平成30年)10月9日に、東側に隣接する下鶴間の一部を中央林間六丁目から九丁目として編入した[4]

地価[編集]

住宅地の地価は、2015年(平成27年)1月1日公示地価によれば、中央林間3-15-20の地点で25万円/m2となっている。大和市内で最も地価が高い[5]

歴史[編集]

林間都市計画[編集]

大正末までは、この地域は下鶴間の一部であった。1929年(昭和4年)4月に小田急江ノ島線が開通すると同時に、小田原急行鉄道(現・小田急電鉄)により開発が始められることが決定した。この開発計画が、「林間都市計画」である。林間という名の由来は、この地域が雑木林であったことによる。林間都市には三つの駅が設置されることとなり、このうちの一つが中央林間都市駅である。(他は南林間都市駅と東林間都市駅)当時の計画図によると、中央林間駅をはさんで放射線状に道を伸ばし、松竹の撮影所や相撲力士養成所を誘致し、さらには野球グラウンドなども建設する「スポーツ都市」として計画された。

小田急は1929年から1931年(昭和6年)にかけて林間都市の分譲を始めたが、開発は思うようにはいかなかった。原因として、都心から遠すぎたこと、分譲価格が高すぎたことなどが挙げられる。1941年(昭和16年)に太平洋戦争の勃発により計画は事実上中止され、駅名から「都市」が除かれた。中央林間の地名はこの駅名に由来する。

林間都市から田園都市へ[編集]

小田急による林間都市計画は挫折した。しかし、1984年(昭和59年)4月9日に東急田園都市線が乗り入れ、中央林間は、東急多摩田園都市計画域に編入された。田園都市となってから開発は急速に進み、現在に至る。

町名の変遷[編集]

実施後 実施年月日 実施前
中央林間一丁目 1966年11月1日 下鶴間
中央林間二丁目
中央林間三丁目
中央林間四丁目
中央林間五丁目
中央林間六丁目
中央林間七丁目 2018年10月9日
中央林間八丁目
中央林間九丁目

世帯数と人口[編集]

2020年令和2年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
中央林間一丁目 1,370世帯 2,855人
中央林間二丁目 1,774世帯 3,435人
中央林間三丁目 1,498世帯 2,609人
中央林間四丁目 1,581世帯 3,031人
中央林間五丁目 1,722世帯 3,248人
中央林間六丁目 1,314世帯 2,699人
中央林間七丁目 718世帯 1,902人
中央林間八丁目 909世帯 2,070人
中央林間九丁目 514世帯 1,340人
11,400世帯 23,189人

施設[編集]

公園
  • 多胡記念公園
  • 緑野青空子ども広場
商業
病院
  • みどり野リハビリテーション病院
  • 中央林間病院

交通[編集]

鉄道[編集]

  • 小田急江ノ島線・東急田園都市線 中央林間駅

バス[編集]

道路[編集]

出典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 大和市の地区別人口と世帯”. 大和市 (2020年9月1日). 2020年11月25日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月26日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月26日閲覧。
  4. ^ 大和市 住居表示・町界町名地番整理について
  5. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査