中丸薫

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なかまる かおる
中丸董
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生誕 松村薫[1]
(1937-05-23) 1937年5月23日(80歳)
中華人民共和国の旗 中国
住居 日本の旗 日本
国籍 日本の旗 日本
出身校 バーナード大学、コロンビア大学大学院
職業 ジャーナリスト、国際政治評論家
活動期間 1963 - 現在
団体 米財団法人国際問題研究所太陽の会、国際問題研究会
著名な実績 世界各国の国王、大統領、首相、財界人、映画監督、芸術家などにインタビューを行った。
影響を受けたもの カール・マルクス
肩書き 国際問題研究所 理事長
太陽の会 総裁
国際問題研究会 代表
配偶者 中丸忠雄
子供 長男
長女
堀川辰吉郎(父)
中島成子(母)
受賞 「2000 Outstanding Intellectuals of the 21st Century」
Great Minds of the 21st Century
Ambassador of Grand Eminence
Great Woman of the 21st Century
公式サイト 国際ジャーナリスト 中丸 薫 オフィシャル

中丸 薫(なかまる かおる、1937年5月23日 - )は日本の国際政治評論家。明治天皇の孫を名乗っているが[2]、異論もある(後述)。また、クレオパトラ推古天皇などの生まれ変わりとも称している[3]。国際問題研究所『太陽の会』(有限会社)総裁及び代表を称する。日本ペンクラブ会員。

経歴[編集]

日本赤十字の看護師として大陸に渡り、満洲事変から日中戦争時期に抗日兵士の帰順工作を行ったという中島成子の娘として中国で生まれる。父親は明治天皇の隠し子と噂される堀川辰吉郎であると主張している。ただし中島成子の夫は中国人の韓景堂であり、中島も韓又傑、韓太太(「太太」とは中国語で“奥様”)と呼ばれていた。神野洋三『祖国はいずこ―韓又傑こと中島成子の生涯―』(作品社、1995年)、渡辺龍策『馬賊―日中戦争側面―』(中公新書、1964年)など、いずれの資料も中島成子の夫は韓景堂と記しており、堀川辰吉郎との関係については記述がない。森川哲郎は「この中島女史が、どういうわけか堀川氏と親交が深かったのである。一説には父娘だという噂もあるが、その真偽のほどは明らかでない」と記す[4]

著書によれば、薫の生後45日後に盧溝橋事件が起こり、中島成子は関東軍の依頼により日中間の交渉を担うことになったため、薫は松村正之北京大学教授[要検証 ]夫妻に預けられた。6歳の誕生日を迎えてまもなく、松村夫妻の故郷である山梨県甲府市に移住。1950年山梨英和女学院中等部に進んだという[5]。そこで外国人教師から英語を学んだことがきっかけとなり、東京へ行くことを決意。猛勉強の末、親戚が住んでいた文京区にある東京都立小石川高等学校に進学した[6]。当時、小石川高校は1クラス約60名の生徒のうち、女子は10名程度しかいなかったが、薫は2年生のときに生徒会長に選ばれ、卒業するまで務めたという[7]。また、英語研究会のリーダーを務め、第五福竜丸事件など当時の社会情勢に強い関心を持ち、友人らとカール・マルクスの『資本論』を読む勉強会も実施していた[8]

バーナード大学を経て[9]コロンビア大学政治学部に入学、東アジア研究所で国際政治学を専攻し卒業[10]。1970年代より、各国国王大統領首相、財界人やVIP、映画監督や芸術家などをインタビューするジャーナリスト、国際政治評論家として講演、執筆、テレビで活動。1973年にはニューズウィーク誌で「インタビュアー世界NO1」、またワシントン・ポスト紙で「国際感覚にすぐれた世界でも稀有な女性」との評価を得る。[要検証 ]

その後も自らがプロデューサー、ディレクター、インタビュアーを務める対談番組を日米両国で持つと同時に、世界の紛争、戦争地帯に足を運び、当事国の国家元首たちと積極的に会談。その中には、リビアカダフィ大佐イラクサッダーム・フセインなど、西側諸国から敵視されていた人物もいた。中丸はイラン・イラク戦争の最前線でも取材を行い、そのVTRをフセイン大統領に見せて戦争をただちにやめるよう進言している。フセイン大統領に「なぜ戦争を続けるのか」と詰め寄る様子や、カダフィ大佐に「あなたは本当にテロリストか」と問いただす姿はテレビで放映された。それらの経験を通じて、私費を投じて紛争国の仲介役を務めるなど、民間外交に尽力するようになる。

1985年[要検証 ][11]“The International Affairs Institute for World Peace”(国際問題研究所)をニューヨークで、また1991年に平和を願う人々の会"Following the Sun Association”(太陽の会)を設立。その際、各国国王や大統領、文化人から「あなたのあらゆる活動に賛同いたします」との直筆サインをもらい、これら要人を顧問および特別会員として迎えている。これらの会の立ち上げにより、武力と緊張を礎とする「力の道」による「ワンワールド」ではなく、相互理解と信頼を礎とした「命の道」による「ワンワールド」の実現を啓蒙する活動を本格的に開始した。インタビュアーとして活躍していた頃からこれまでに訪問した国は186カ国。

中丸は著書において、「人間復興を通した世界平和」を目指しているとし、「富や名声、権力が人間を幸せにするのではなく、本当の幸せは愛、調和、安らぎに満たされた心から生まれる。市民からVIPまで、一人一人の心の内側を平和にすることが世界平和を実現する」と訴えている。「太陽の会」という名称も、イソップ物語の「北風と太陽」にちなんで命名。中丸は著書の中で、「太陽はどんな人をも温かい光で包み込む。私たちもそのような心で生きなければいけない」という主旨のことを度々書いている。

1966年、俳優・中丸忠雄と結婚(2009年に死別)。一男一女がいる。長男の中丸忠弥[12]は中丸薫の著書『明治天皇の孫が語る闇の世界とユダヤ』の装画を担当している。

国内における活動[編集]

両親がともに日中友好のために力を尽くしたことから、中国とは国交回復以前から太いパイプがあり、当時の田中角榮首相、大平正芳外相ら政府要人や外務省職員に中国情勢をレクチャー。日中国交正常化の一翼を担った。1970年代から1980年代には三木武夫福田赳夫中曽根康弘小渕恵三らと親交を深めた。[要出典]

出自に関する議論[編集]

中丸が実父と考えている堀川辰吉郎は、明治天皇の名前を出さぬまま明治天皇の落胤と人に思わせる術に長けた人物であった[13]。これを受けて、中丸は著書『対米外交・対中外交』p.186(サイマル出版会、1971年)以来、明治天皇の孫を自称し、英文のプロフィールではPrincess Kaoru Nakamaru(中丸薫王女)を名乗っている[14]が、本当に明治天皇の孫なのかどうかをめぐり2004年に韓国で物議をかもしたことがある[15][16]

中丸が「文藝春秋」1974年9月号に載せた手記「明治天皇の落胤――側室千草任子がひそかに生んだ子こそ」によると、堀川の父は明治天皇、母は女官の「千草任子」(ちくさことこ)で、任子は大奥の争いに敗れて宮廷を追われ、京都の堀川御所で辰吉郎を産み、辰吉郎20歳の折に病没したという。しかし、確かに千種任子という女官は実在したものの、任子の甥の娘である慧子と栄子は

  • 正確な苗字は千草でなく千種であること
  • 中丸によると宮中を追われたという任子は、実際は1925年、69歳になるまで宮仕えをしたこと
  • 任子は京都の堀川御所ではなく、東京都新宿区市谷砂土原町に大邸宅を建て静かな晩年を過ごし、1944年に89歳で没したこと
  • 任子は生活に困ったこともなく借金したこともないこと

など、中丸の手記に見える多数の間違いを指摘し、面識もない者にこんなことを書かれて困惑している旨を表明した[17][18]。この結果、中丸の手記は単行本化の際に「千種」の表記だけが修正された。

宮内庁宮務課長の小川省三は1976年頃にクウェート大使館から中丸の身元について「アラブの王族に対し、天皇の子孫であるというような自己紹介をしているが本当か」と照会を受け「そのような事実はない」と否定した[19]。一方、中丸自身は「父は出生してすぐに天皇家から外に出されたので、記録は残っていません。でも、私が明治天皇の孫であることは世界186ヵ国・200人以上のリーダーの方々が知っていることですから……。今の宮内庁は官僚が取り仕切っていて、深い事情を知る人もいなくなりました。私は今でも亡くなって天界にいる父とコミュニケーションしていますが、父も皇室のことを心配していますよ」と発言している[16]

皇室ジャーナリストの河原敏明は、「堀川氏は孫文をたすけたこともある右翼の壮士だった人。明治天皇の落胤との噂もあるが、一般的にいえば、大陸浪人とか右翼の壮士といわれる人の話は、割引きして聞かねばならない。中丸薫さんの出生そのものが判然としないし、また堀川氏がご落胤というのも噂にすぎない。もちろん宮内庁では相手にしていない。こうなると、中丸さんが明治天皇の孫だという確率はゼロにも等しいわけである」と述べている[20]

年譜[編集]

本人の著書に基づく情報には矛盾があるが、そのまま記載する。
  • 1950年 - 山梨英和女学院中等部に入学[21]
  • 1955年 - 東京都立小石川高等学校在学中に砂川事件(1955年から1957年[22])の影響で国際政治に興味を持つようになる[23]。高校卒業後、東京都内の大学に在籍していたがほとんど出席せず[21]
  • 1957年 - 2月、日赤中央病院に入院中の中島成子と会い、みずからが中島の実子であることを教えられたという[24]。中島成子への見舞いには、中丸の知人のエドワード・G・サイデンステッカーも同行している[25]
  • 1958年 - 暮に帝国ホテルの一室で堀川辰吉郎と会い、みずからが堀川の実子であることを教えられたという[26]
  • 1959年 - 春に留学試験を受験しコロンビア大学とハーバード大学から編入学を許可されたが、当時上智大学で教えていたエドワード・G・サイデンステッカーの助言でコロンビア大学を選ぶ[21]。同年8月に渡米し[27]、コロンビア大学政治学部に入学[21]。ただしコロンビア大学の学部が女子学生を受け入れるようになったのは1983年のことである[28]
  • 1962年 - バーナード大学(コロンビア大の傘下にある学部課程の私立女子大)を卒業したとの記録がある[9]
  • 1963年 - コロンビア大学政治学部を経て、コロンビア大学「大学院国際政治学部」(ママ)[29]を卒業。卒業論文は『人民公社の所有制度の変遷』。次いでコロンビア大学東アジア研究所を卒業。[要検証 ]同年、スイスに梱包機械販売の現地法人を設立、代表に就任。ダウ・ケミカル社との商談を成功させる(1968年に退任)
  • 1966年 - 3月19日、中丸忠雄と結婚[30]
  • 1971年 - 初の著書となる『対米外交・対中外交』(サイマル出版)を発表。
  • 1973年1月 - インタビュー番組『中丸薫・世界の主役』(東京12チャンネル系列全国36局)スタート(1974年9月終了[31]
  • 1974年 - 通商産業省審議委員(以後4期8年務める 審議会が何だったかは未詳)
  • 1975年 - ヨルダンフセイン国王より、独立栄誉賞を授与される。自叙伝『太陽を追って~中丸薫半生記』(文藝春秋)を出版。同書の出版記念パーティを機に新宗教GLA創始者の高橋信次と出会い、高橋を「心の師」と仰ぐに至る[32]
  • 1980年 - 外務省「海外広報協会」評議委員
  • 1983年2月 - フセイン大統領の招きで1カ月間イラクに滞在。その間、大統領専用機でイラン・イラク戦争の前線に赴き、イランの少年捕虜などを視察。彼らの様子をVTRに収め、後日フセインにVTRを見せて即刻戦闘を終結するよう直訴
  • 1983年12月 - アメリカ・公共放送サービスにて、インタビュー番組“FOLLOWING THE SUN”(太陽を追って)をスタート。カダフィとの対談では、「私はアメリカの政策には反対だが、アメリカに対しては好意を持っている。私にはアメリカと話をする用意がある」とのカダフィの発言を削除するよう局側が圧力をかけてきたが、私費で番組枠を買い取り、問題箇所をカットせずに放映した
  • 1985年 - “The International Affairs Institute for World Peace”(国際問題研究所)がアメリカ政府より財団法人として認可される[33]
  • 1987年 - ニューヨークを拠点にテレビ出演、講演活動を行う
  • 1989年 5月23日 - 自宅を売って得た資金で『第1回世界平和のための国際シンポジウム』をニューヨークプラザホテルにて開催。前日には国連においてシンポジウムのコンセプトについて講演。記者会見を通して100カ国以上の賛同を得る。
  • 1989年12月 - ソ連より招待される
  • 1991年 - 「人間復興による世界平和」をめざして“FOLLOWING THE SUN”(日本名:太陽の会)を設立
  • 1994年7月 - 金日成の招待で北朝鮮初訪問。金が単独インタビューの3日前に急逝するというアクシデントに見舞われたが、そのとき平壌市内の状況を中丸がレポートする映像がNHK、韓国KBCCNN等で流れたことで、当時西側諸国で出ていたクーデター説が否定された
  • 1995年 - ニューヨークのヨハネ教会で、全世界から1000人の宗教者が集った「21世紀のビジョンと宗教」会議を開催
  • 1996年 - 北朝鮮より1カ月間招待される
  • 1997年 - 日米欧三極委員会、Bilderberg、Skull & Bones Societyの名簿を巻末資料として掲載した『“闇”の世界権力構造と人類の針路』(文芸社)を出版。以後、日本での講演、執筆に力を注ぐ。
  • 1998年2月 - アメリカ軍によるイラク空爆回避のためイラクを訪問。イラク政府首脳と会談。
  • 1998年3月 - 南北朝鮮両政府より招待を受ける
  • 1998年9月 - 月刊ニューズレター「中丸薫の『World Report』」発刊
  • 2000年 - 「イラン革命30周年記念式典」に国賓として招かれ、基調講演を行う
  • 2002年 - 米国財団法人国際問題研究所のニューヨーク事務所をハワイへ移転
  • 2004年 - 人名録 American Biographical Institute(アメリカ)から「21世紀の偉大な女性」「21世紀の偉大な思想家」に選ばれる。また、 International Biographical Centre(イギリス)から「21世紀の代表的な知識人2000人」に選ばれる[要検証 ]
  • 2008年 - まぐまぐより有料メールマガジン「中丸薫2012年のアセンション―激動の時代を生きる」を発行している。

テレビ番組[編集]

  • 『世界の主役』(テレビ東京系列全国36局) - 1973年1月~1974年9月
  • 『世界を動かす100人』(テレビ東京系列全国36局) - 1982年4月~9月
  • 『ザ・メッセージ』(テレビ東京系列全国36局) - 1983年10月~1984年3月
  • 『ワールド・ナウ』(テレビ朝日系列全国)- 1979年7月~12月
  • 『FOLLOWING THE SUN』(アメリカPBSネットワーク全米380局) - 1983年12月~1984年5月
  • 一枚の写真』(フジテレビ系) - 1989年9月4日 中丸忠雄と一緒に出演。

著書[編集]

  • 『対米外交、対中外交』(サイマル出版会)1972年
  • 『太陽を追って~中丸薫半生記』(文藝春秋)1975年
  • 『世界の素顔~中丸薫のヒューマンインタビュー』(時事通信社)1980年
  • 『人間として、指導者として』(日本実業出版社)1987年
  • 『“闇”の世界権力構造と人類の針路』(文芸社)1997年
  • 『明治天皇の孫が語る闇の世界とユダヤ』(文芸社)1998年
  • 『日本が闇の権力に支配される日は近い』(文芸社)1998年
  • 『人間の使命とは何か』(三五館)1999年
  • 『真実のともし火を消してはならない』(サンマーク出版)2002年
  • 『国際テロを操る闇の権力者たち』(文芸社)2003年
  • 『アメリカに巣くう闇の世界権力はこう動く』(徳間書店)2003年
  • 『世界はなぜ破滅へ向うのか~「国際情勢の闇」早わかり30のポイント』(文芸社)2003年9月
  • 『闇の権力をくつがえす日本人の力』(徳間書店)2004年2月
  • 『古代天皇家と日本正史 現人神と万世一系の超秘密』(徳間書店)2004年9月
  • 『この地球を支配する闇権力のパラダイム』(徳間書店)2006年8月
  • 『気高き日本人と闇の権力者たち』(文芸社)2006年9月
  • 『美しい人の美しい生き方』(徳間書店)2007年
  • 『2012年の奇蹟―愛の光でアセンション』(あ・うん)2007年7月
  • 『「闇の世界権力」レポート』(徳間書店)2007年11月
  • 『2012年の奇蹟〈2〉光の五次元世界にアセンション』(あ・うん)2007年11月
  • 『アセンション・リーダーズ―光の翼をもつ人々』(学習研究社)2007年12月
  • 『中丸薫という生き方』(徳間書店)2008年1月
  • 『見えない世界の摩訶不思議―生きることの素晴らしさを伝えたい』(あ・うん)2008年1月
  • 『この国を変える力―「日本の時代」がはじまる』(PHP研究所)2008年2月
  • 『天と地と―光そして愛のメッセージ』(あ・うん)2008年
  • 『中丸薫 魂の旅―2012年の奇蹟にむかって!』(あ・うん)2008年5月
  • 『自然と人生―宇宙・地球・人間を結ぶもの』(あ・うん)2008年7月
  • 『空洞地球2012バージョン&アセンション』(徳間書店)2008年7月
  • 『日本は闇を亡ぼす光の国になる』(KKベストセラーズ)2008年9月
  • 『ドル消滅の仕組み』(青志社)2009年5月
  • 『開戦前夜-2012年以降、世界をリードするのは日本』(KKベストセラーズ)2009年10月
  • 『UFOと地底人―ついに明かされた異星人と空洞地球の真実』(Gakken)2009年11月
  • 『いよいよ2012年 さあ、こんな世の中にしよう』(徳間書店)2009年11月
  • 『「闇の世界権力」最後の謀略2010-2012 オバマ大統領への緊急親書』(ランダムハウス講談社)2009年12月
  • 『世界金融危機と闇の権力者たち』(文芸社)2009年12月
  • 『UFOとアセンション 直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言』(学研パブリッシング)2010年
  • 『大予測!神の世直し立て直し』(あ・うん)2010年3月
  • 『2013年、アセンション後の地球』(青志社)2010年6月
  • 『霊地巡礼 今こそ、心揺さぶる場所へ!』(竹書房)2010年7月
  • 『アジア発・世界平和は日本が興す 闇の権力の逆襲に抗して』(KKベストセラーズ)2010年9月
  • 『アセンションの準備はできていますか―「希望の太陽」中丸薫の光のワークショップ・1』(ヒカルランド)2011年
  • 『2013年、地球最終戦争から生き残る道』青志社 2011
  • 『2013年、「地球」大再編の仕組み』青志社 2011
  • 『五次元世界の奇蹟 愛の光でアセンション』あ・うん 2011
  • 『UFOと月のミステリー 月面に存在する異星人の基地と女神からのメッセージ』学研パブリッシング 2011
  • 『こんな世の中だからこう生きよう 「希望の太陽」中丸薫の光のワークショップ 2』ヒカルランド 2011 超☆ぴかぴか文庫
  • 『地球維新2012 アセンションへの讃歌が聞こえる』あ・うん 2011
  • 『地球大維新 2012年、世界次元上昇までどう生きるか』ベストセラーズ 2011
  • 『闇の権力フリーメイソンの大分裂 2012年へのカウントダウン』ベストセラーズ 2011
  • 『UFOとフリーメーソン 世界支配を目論む世界最大の秘密結社と異星人の知られざる関係』学研パブリッシング 2012
  • 『かくのごとくあなたの生命・財産はいとも簡単に略奪される! = YOUR LIFE AND PROPERTY ARE EASILY PLUNDERED IN THIS WAY』あ・うん 2012
  • 『神の星優良地球へ 2012年、ヴァチカン改革から甦る世界宗教』ベストセラーズ 2012
  • 『原発と闇の権力と霊性の復権』文芸社 2012
  • 『2013年、カルマからの脱出 アセンション後に人類は再生する!』ベストセラーズ 2012
  • 『2014年に備えなさい』青志社 2012
  • 『M9.0東京直撃の日 日本列島激震マップ』あ・うん 2012
  • 『闇の世界は終わり、光の世界が始まる』徳間書店 2012
  • 『アセンションと生まれ変わりの秘密 死後の世界を知るためのスピリチュアル・メッセージ』学研パブリッシング 2013
  • 『2015年に来る真の危機から脱出せよ!』青志社 2013
  • 『私が出会った「世界権力者&超VIP」50人真実の素顔』イースト・プレス 2013 

共著[編集]

  • 『泥棒国家日本と闇の権力構造―ぶっ壊します!』(徳間書店)ベンジャミン・フルフォードと共著 2005年9月
  • 『この国を支配/管理する者たち(徳間書店)菅沼光弘と共著 2006年
  • 『日本とユダヤ/魂の隠された絆―日本人の霊力を呼び覚ますユダヤ人の叡智!』(徳間書店)マーヴィン・トケーアーと共著 2007年1月
  • 『いま二人が一番伝えたい大切なこと』(徳間書店)船井幸雄と共著 2007年
  • 『まもなく世界は5次元へ移行します』(徳間書店)エハン・デラビィとの共著 2007年
  • 『新説2012年地球人類進化論』(明窓出版)白峰と共著 2008年
  • 『5次元世界の「超」歩き方』エハン・デラヴィ (J.C.ガブリエル)共著 徳間書店 5次元文庫 2011
  • 『UFO五次元東京会議 = UFO FIFTH DIMENSION TOKYO MEETING』竹本良共著 ヴォイス出版事業部 2011
  • 『宇宙のニューバイブレーション 第4密度へ アセンションのかたちとフォトンベルトの真相』坂本政道共著 ヒカルランド 2011 超☆わくわく
  • 『闇の権力とUFOと2012年』矢追純一共著 文芸社 2011
  • 『闇の世界権力の「日本沈没計画」を阻止せよ! 地震兵器も投入 イルミナティ大幹部が打ち明けてくれた驚愕のプロジェクト』レオ・ザガミ共著 ヒカルランド 2011 超・わくわく
  • 『激論!アセンションで何が変わるのか!?』竹本良,ベンジャミン・フルフォード,三上丈晴共著 青志社 2012
  • 『さあ、宇宙人の声を聞きなさい ベールを脱いだ人類起源』レオ・ザガミ共著 山ノ内春彦訳 ヒカルランド 2012 超☆わくわく
  • 『次元「超」突破 パラレル地球/別名5次元はもうできている』エハン・デラヴィ共著 ヒカルランド 2012 超☆わくわく
  • 『誰も語りたがらないタブーの真実』三神たける共著 青志社 2012
  • 『ユダヤと天皇家の極秘情報と闇の権力』飛鳥昭雄共著 文芸社 2012
  • 『この世界でいま本当に起きていること』菅沼光弘共著 徳間書店 2013
  • 『誰も語りたがらないタブーの真実 2』三神たける共著 青志社 2013

論文[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中丸薫『明治天皇の孫が語る闇の世界とユダヤ: 太陽を心に抱いて』p.67
  2. ^ 中丸薫『明治天皇の孫が語る闇の世界とユダヤ: 太陽を心に抱いて』
  3. ^ 中丸薫、飛鳥昭雄「ユダヤと天皇家の極秘情報と闇の権力」
  4. ^ 『日本週報』1959年8月号、森川哲郎「不思議な人物」第4回、p.82。
  5. ^ 中丸薫『太陽を追って』p.61
  6. ^ 中丸薫『太陽を追って』序文で、エドワード・G・サイデンステッカーは小石川高校在学中の中丸からときどき訪問を受け、人生相談を持ちかけられたことを記している。
  7. ^ 中丸薫『太陽を追って』p.65
  8. ^ 中丸薫『太陽を追って』p.66
  9. ^ a b Barnard College Archives Alumnae Biographical Files Biographical Files, BC 8.4に1962年の卒業生としてMatsumara, Kaoru (Nakamaru)の記載がある。
  10. ^ KAORU NAKAMARU's Career
  11. ^ NonProfitFacts.comには1991年認可とある。
  12. ^ 中丸薫『中丸薫という生き方』p.151
  13. ^ 『週刊現代』1959年9月27日号「"明治天皇御落胤"氏会見記」
  14. ^ Princess Kaoru Nakamaru - 国際ジャーナリスト 中丸 薫
  15. ^ ハンギョレ新聞:「私は明治天皇の孫娘」というニセ寸劇(2004/7/29)(韓国語)
  16. ^ a b 『週刊新潮』2004年9月2日号。
  17. ^ 『天皇の伝説』(メディアワークス、1997年)p.74-77
  18. ^ 「歴史と旅 特集:明治天皇といふ人」(2001年、秋田書店)掲載、森まゆみ「明治天皇のお側の女性たち」
  19. ^ 『週刊新潮』1979年8月16日号、30頁。
  20. ^ 河原敏明『天皇家の50年: 激動の昭和皇族史』p.236
  21. ^ a b c d 中丸薫『太陽を追って』
  22. ^ デジタル大辞泉の解説
  23. ^ 中丸薫『太陽を追って』p.65-67
  24. ^ 中丸薫『中丸薫という生き方』p.107
  25. ^ 中丸薫『太陽を追って』にサイデンステッカーが寄せた序文。
  26. ^ 中丸薫『中丸薫という生き方』p.87
  27. ^ 中丸薫『中丸薫という生き方』p.51
  28. ^ College Marks 25 years of Coeducation”. 2014年10月23日閲覧。
  29. ^ 中丸薫「UFOとアセンション: 直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言」著者略歴。
  30. ^ 中丸薫『中丸薫という生き方』p.143
  31. ^ 中丸薫プロフィール
  32. ^ 中丸薫『中丸薫という生き方』p.254
  33. ^ 「米国財団法人国際問題研究所」という名称だが、事務局は広島県福山市にあり、財団法人を謳っているにもかかわらず、正式名称は「有限会社 国際問題研究所」となっている。
  34. ^ 「中丸薫 & 船瀬俊介 東京講演会」” (2014年1月11日). 2014年11月30日閲覧。
  35. ^ 「中丸薫 & 飛鳥昭雄 新春東京講演会」” (2013年1月27日). 2014年11月30日閲覧。
  36. ^ 「中丸薫 & 木内鶴彦 佐久講演会」” (2013年6月15日). 2014年11月30日閲覧。
  37. ^ 「中丸薫 & 池田整治 東京講演会」” (2014年8月23日). 2014年11月30日閲覧。