落胤

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落胤(らくいん)とは父親に認知されない庶子、私生児のこと。歴史上では高貴な人物の出自でそれが話題になることが多い。落とし胤(だね)、落とし子とも。正式な血統の一族とはみなされないので、正当な系図には記載されていないことが多い。

このような子は一般民衆に混じって生活している。当時の実力者によって、正当な血統を継承する者とされて権力に利用されることがあるが、歴史の表舞台に出てくる人物の多くがそのような確証に乏しく(さらには天一坊改行のように落胤を自称した例もある)、研究上疑問視されている例が多数みられる。

歴史上に登場した落胤といわれている人物[編集]

現代[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『興福寺縁起』、『大鏡』、『公卿補任』、『尊卑分脈
  2. ^ 七大寺年表』『本朝皇胤紹運録』『僧綱補任』『公卿補任
  3. ^ 大日本史』氏族志、『本朝皇胤紹運録』
  4. ^ 寺史 - 六波羅蜜寺では「第二皇子」とされる
  5. ^ 古事談
  6. ^ 『島津国史』、『島津氏正統系図』
  7. ^ 『大友記』
  8. ^ 『朝光公記』
  9. ^ 系図纂要
  10. ^ 東坊城和長『和長卿記』明応3年8月1日(1494年8月31日)条
  11. ^ 『細川家記』
  12. ^ 萩藩閥閲録』巻64「二宮太郎右衛門」
  13. ^ 『萩藩閥閲録』巻38「井上六郎右衛門」家譜
  14. ^ テレビ番組「決着!歴史ミステリー」にて採り上げられた([1]
  15. ^ テレビ番組「超歴史ミステリーロマン4 女たちの戦国」にて採り上げられた([2]
  16. ^ 『耶蘇天誅記』
  17. ^ 『柳営婦女伝系』(『徳川諸家系譜』第1巻 続群書類従完成会)の長勝院(小督局)の項に結城秀康が双子であったと記されており、また、高野山にある小督局の墓には永見貞愛の名も刻まれている(秋元茂陽 『徳川将軍家墓碑総覧』星雲社、2008年)
  18. ^ 清水昇川口素生『徳川一族 時代を創った華麗なる血族』(新紀元社、2008年)
  19. ^ 国宝・彦根城築城400年祭 列伝井伊家十四代 第6回 鬼を継ぐ夜叉~井伊直孝 其の壱~
  20. ^ a b 『幕府祚胤伝』(『徳川諸家系譜』第2巻、続群書類従完成会)
  21. ^ 『後藤庄三郎由緒書』
  22. ^ 『三王外記』
  23. ^ 永倉新八『同志連名記』等に「藤堂和泉守落胤」との記載あり

関連項目[編集]