上野高広

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D1ドライバー 上野高広
生年月日1971年11月5日
マシン BMW・3シリーズクーペ (E92) (2009 - 2016)
トヨタ・ソアラ(JZZ30)(2001 - 2008、2016 - 2018 )
レクサス・RC (2019 - )
所属チーム TEAM VERTEX
初参戦 2001年 第1戦
最高位 優勝1回

上野 高広(うえの たかひろ、1971年11月5日 - )は、北海道室蘭市出身、神奈川県横浜市在住のD1ドライバー。エアロパーツのVERTEXシリーズなどを展開しているパーツメーカー「ティーアンドイー」の社長を務める。アメリカロサンゼルスにも自宅があり、そこを拠点とし北米での自身の活動をマネジメントする「VERTEX ENTERTAINMENT INC」を設立。日本とアメリカを行き来する生活を送っている。愛称は「上ちん」。

略歴[編集]

高校卒業と同時に日産・スカイライン(R32)を購入し、ドリフトを始める[1]

24歳でカーメイクT&E(現・ティーアンドイー)を設立し、洗練されたエアロパーツで業績を挙げる。

2000年に開催された第1回全日本プロドリフト選手権大会で30ソアラを駆り準優勝。その後、趣味と会社宣伝を兼ねてD1グランプリにドリフト走行には不向きとされる30ソアラで参戦し続けた。ドリフト車両の主流とされるシルビアRX-7に比べるとソアラはハンドルの切角も少なく、更に車重も約150~200kg以上も重いため、それを補うために高価なカーボン製パーツを多用し軽量化を図っている。しかし、このハンデがカバーされシリーズチャンピオン争いに絡めたのはD1初期のみで、ライバル車の軽量化も進んだ後は、決勝ラウンドに進出するのが精一杯な状況が続いた。しかし2006年度に投入した車両では、2007年度チャンピオンの川畑真人と決勝で争うまでに力を上げている。

当初よりヨコハマタイヤがタイヤサポートスポンサーとなり、同社のADVAN・NEOVAの商品プロモーションDVDにも愛車のソアラで登場している。

2009年からはE92・BMW・3シリーズクーペでD1に参戦。エンジンは2JZを搭載し800psを発揮、ミッションはシーケンシャルミッションを採用、デフはソアラ用を搭載している。

2012年は映画『ウルトラマンサーガ』とのタイアップで『ウルトラマンサーガ』カラー仕様の車両で参戦し、途中『ウルトラセブン』カラーとなる。この時からM78星雲にちなんで、ゼッケンも78となり、2020年現在もこのナンバーを使用している。

2016年より、ファンの声に加えティーアンドイーの20周年ということもあり、再びソアラでD1に参戦を開始。2017年にはヨコハマタイヤからゼスティノタイヤにタイヤメーカーを変更した。

2019年よりレクサス・RCに乗り換え、タイヤもヴァリノタイヤに変更。

2020年よりタイヤをサイルンタイヤに変更。

2021年8月、新型コロナウイルスに感染し、入院していたことを自身のYouTubeチャンネルの動画で公表した[2]

人物・エピソード[編集]

  • 同じ重量級マシンで参戦する神奈川県出身の高橋邦明廣田友和などと、神奈川スタイルと称される走りやマシンメイクを展開する。
  • タレントは誰でも好きだが、「画面上で作られたキャラ」ではなく、「素でチャレンジしている人」が最も好きだという。
  • 映画鑑賞が趣味だが、物覚えが悪いせいで作品タイトルも把握していないという。
  • 寿司が何よりの好物。
  • 2005年にお台場で行われたD1グランプリのエキシビジョンマッチにてクラッシュした直後、会場付近を走行中のゆりかもめの列車がほぼ同時に駅間で急停車した。これを見た審査員は「上野がゆりかもめを止めた」とネタにした[3]
  • 谷口信輝とは自宅同士が近く、谷口曰く「石を投げたら当たるくらい」の近所だという[4]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]