ヴァイオリン協奏曲 (ベルク)

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アルバン・ベルクの《ヴァイオリン協奏曲》は1935年8月11日に完成された。おそらくベルクの最も有名な作品であり、なおかつ最も演奏回数に恵まれた作品である。「ある天使の思い出に」(Dem Andenken eines Engels)の献辞が付されているが、ときにこれが副題のように看做されることもある。

着想と作曲[編集]

ヴァイオリニストルイス・クラスナーによって依嘱された。ベルクは初めてこの依嘱を受けた時、オペラルル》に取り組んでおり、しばらく協奏曲は手付かずのままであった。しかし、アルマ・マーラーヴァルター・グロピウスともうけた娘マノン・グロピウスが、19歳という若さで急死する。ベルクはマノンを可愛がっていたため、この訃報を知ると、オペラをいったん脇にのけ、クラスナーから委嘱されていた協奏曲を「ある天使の想い出に」ささげるものとして作曲にとりかかった。

《ヴァイオリン協奏曲》の作曲は非常にはかどり、2~3ヵ月で脱稿したが、虫刺されから敗血症を起こしたベルクは、この作品が自分自身へのレクイエムになるであろうこと、そしておそらく歌劇《ルル》を完成できないであろうことを察知した。ベルクは1935年12月24日に急逝し、《ヴァイオリン協奏曲》はベルクが最後に完成させた作品となった。したがってベルクは、本作の演奏に接することができなかった。

初演[編集]

楽器編成[編集]

楽曲[編集]

演奏時間はおおよそ25~30分。

楽章構成[編集]

2つの楽章で構成されているが、各楽章はさらに2つの部分に分けられる。

「アンダンテ」に始まる第1楽章は、古典的なソナタ形式によっており、ダンス調の「アレグレット」が後に続く。この後半部分では、ケルンテン地方の民謡が引用されている。

猛烈な「アレグロ」に始まる第2楽章は、単一のリズム細胞にほとんど依拠している。この部分はカデンツァ風と評されるように、独奏ヴァイオリン・パートが非常に困難なパッセージに貫かれている。オーケストラはクライマックスに達すると、いよいよ激しさを募らせる。最終部分(第2楽章の第2部、全体的に言うと第4部)は「アダージョ」の速度が指定され、より穏やかな雰囲気に転じる。

第1楽章は現世におけるマノンの愛すべき音楽的肖像であるが、第2楽章はマノンの闘病生活と死による浄化(昇天)が表現されている。

楽曲構成[編集]

他のほとんどのベルク作品のように、本作品においても、恩師アルノルト・シェーンベルク譲りの十二音技法が、より自由な様式によるパッセージに結び付けられている。通常の十二音作品の場合と同じく、無調性による作品でありながら、調的な中心を感じさせる点で特異である。これは、民謡やバッハカンタータの引用に明らかなように、本作品が調性音楽と関連づけられているためもあるのだが、下図のように、基礎音列が、短三和音長三和音の交替からなるためである。そして最後の4音は、全音音階を含んでいる((1)ソ、(2)♭シ、(3)レ、(4)♯ファ、(5)ラ、(6)ド、(7)ミ、(8)♯ソ、(9)シ、(10)♯ド、(11)♭ミ、(12)ファ)。かくて基礎音列によって、無調性と調性の葛藤が基礎づけられるのである。

G, Bb, D, F#, A, C, E, G#, B, C#, Eb, F 12音の音列なので、半音階のすべての音がここには含まれている。しかしながら、調的な要素も強力に流れ込んでいる。音列中の最初の3音((1)~(3))は、ト短調の主和音を構成する。次の3音((3)~(5))はニ長調、その次((5)~(7))はイ短調、さらにその次((7)~(9))はホ長調分散和音という具合である。そして最後の4音((9)~(12))が全音音階なのである。ついでに言うと、この音列はヴァイオリン開放弦を、低いほうから高いほうへと順序良く含んでおり((1), (3), (5), (7))、作品の開始部分に現われるのが、まさにこの動きである。

音列の最後の4音である、上昇全音音階は、コラール「われ満ち足れりEs ist genug」の冒頭句に一致する。ベルクはこれを、バッハカンタータ第60番《おお永遠よ、汝おそろしき言葉よ》の終曲から直接引用し、クラリネットの合奏に演奏させている。

参考文献[編集]

  • Anthony Pople, Berg: Violin Concerto (Cambridge University Press, 1991)