ロール・マナドゥ

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ロール・マナドゥ Swimming pictogram white.svg
Laure Manaudou dsc03675.jpg
Laure Manaudou in 2005
選手情報
フルネーム ロール・マナドゥ
国籍 フランスの旗 フランス
泳法 自由形背泳ぎ
生年月日 (1986-10-09) 1986年10月9日(35歳)
生誕地 フランスヴィルールバンヌ
身長 180 cm
体重 64 kg
獲得メダル
競泳
フランスの旗 フランス
オリンピック
2004 400m自由形
2004 800m自由形
2004 100m背泳ぎ
世界水泳選手権
2005 400m自由形
2007 200m自由形
2007 400m自由形
2007 800m自由形
2007 100m背泳ぎ
2007 4×200mフリーリレー
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ロール・マナドゥ(Laure Manaudou, 1986年10月9日 - )は、フランス競泳選手。アテネオリンピック400メートル自由形金メダリストで元世界記録保持者。父親はフランス人、母親はオランダ人。ロンドンオリンピック50m自由形金メダリストのフローラン・マナドゥは弟。フランス語の発音は[lɔʁ manodu]でマノドゥのほうが近い。

経歴[編集]

アテネオリンピック競泳女子400メートル自由形においてフランス女子競泳初の五輪金メダルを獲得。同800メートル自由形でも大本命と見られていたものの、後半過ぎの600m辺りから急激にペースダウン、最後のあと50mのターン付近で日本柴田亜衣にかわされ、銀メダル獲得に。同100メートル背泳ぎでは銅メダルを獲得し、五輪での一大会3つのメダルは1948年ロンドンオリンピック陸上競技でのミシュリーヌ・オステルメイヤー以来、フランス女子では二人目である。

2006年5月12日、フランス選手権女子400メートル自由形では世界新の4分3秒03をたたき出し、アメリカジャネット・エバンス1988年ソウルオリンピックの決勝で記録した世界記録4分3秒85という女子競泳五輪実施種目最古の世界記録を18年ぶりに更新。同年8月6日ブダペストで行われた欧州選手権においても4分2秒13で優勝、自らの世界記録を0秒90更新した。同大会では800m自由形、200m個人メドレー、100mの背泳ぎでも優勝している。

2007年3月メルボルンでの世界水泳選手権では100メートル背泳ぎはナタリー・コーグリンに、800メートル自由形はケイト・ジーグラーに破れ銀メダルに終わるも、400メートル自由形を大会記録で、そして200メートル自由形を1分55秒52の世界記録で制し、北京オリンピックの金メダル最右翼の1人とされた。国内での人気も沸騰、ファッション関連企業とスポンサー契約を結び、テレビ出演、雑誌のグラビアを頻繁に飾った。

2007年5月9日には練習拠点をイタリアに移すと発表したが[1]、仏伊両水泳連盟との軋轢、元恋人のイタリア人の競泳選手ルカ・マリンとの破局、彼女のものではないかと報道されるヌード写真が流出(マナドゥ、マリンの二人とも否定)、コーチらとの確執などのトラブルに見舞われた。

北京オリンピックでは、マナドゥは400m自由形に出場したが、精彩を欠くレースで8位に終わった。また、自身が出場しない200m自由形でフェデリカ・ペレグリニに世界記録を塗り替えられた。100m背泳ぎで7位、200m背泳ぎで準決勝敗退に終わりメダルの獲得はならなかった。

北京オリンピック終了後、練習拠点をマルセイユにすることを発表した[2]

2009年はローマ世界選手権などの出場を見送り休養した[3]。同年10月に22歳で現役引退を発表した[4]

引退後は映画にゲスト出演などの活動を行った。

2010年4月2日、恋人でフランス人競泳選手フレデリク・ブスケとの間に女児マノンを出産。

2010年10月、2011年7月以降に競技への復帰を目指していることを明らかにした。

2012年、ロンドンオリンピックの出場権を獲得。100mと200m背泳ぎに出場したが、共に予選落ちした。2012年限りで再び現役を引退した[5]

自己ベスト[編集]

種目 タイム 備考
200m 自由形 1分55秒52 2007年世界水泳選手権
400m 自由形 4分02秒13 2006年ヨーロッパ水泳選手権
800m 自由形 8分18秒80 2007年世界水泳選手権
100m 背泳ぎ 59秒50 2008年
200m 背泳ぎ 2分06秒64 2008年

脚注[編集]

[脚注の使い方]

外部リンク[編集]