レス・ソントン

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レス・ソントン
プロフィール
リングネーム レス・ソントン
アンリ・ピエルロ
マスクド・チェックメイト
本名 レス・ソントン
ニックネーム 小型爆撃機
身長 175kg - 180cm
体重 98kg - 105kg
誕生日 (1934-04-09) 1934年4月9日(83歳)
出身地 イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド
マンチェスター
スポーツ歴 レスリング
デビュー 1957年
引退 1991年
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レス・ソントンLes Thornton1934年4月9日[1] - )は、イギリスマンチェスター出身の元プロレスラー(生年は1935年ともされる)。

欧州のマット界を経て1970年代より北米に活動の拠点を移し、1980年代前半はNWA世界ジュニアヘビー級王者として活躍した。

来歴[編集]

英国海軍を除隊後、スネーク・ピットの異名で知られるビリー・ライレー・ジムに入門し、1957年にデビュー[2]アンリ・ピエルロHenri Pierlot)や覆面レスラーチェックメイトCheckmate)などのリングネームを用い、英国を中心にヨーロッパ各地をサーキットした[2]

1970年11月に国際プロレスに初来日した際、同時期に日本プロレスに来日していたジン・キニスキーと出会い、彼の紹介でカナダバンクーバー地区に進出[2]。以降はカナダを主戦場に、スチュ・ハートが主宰するカルガリースタンピード・レスリングにも参戦、1971年4月23日にアブドーラ・ザ・ブッチャー1974年12月6日にビッグ・ジョン・クインを破り、同地区のフラッグシップ・タイトルである北米ヘビー級王座を2回に渡って獲得した[3]。この間、1974年2月には新日本プロレスに初参加している[1]

1970年代半ばからはアメリカNWA圏にも進出し、1975年5月16日にロサンゼルス地区でドン・ムラコからアメリカス・ヘビー級王座を奪取[4]南部ではウェールズ出身のトニー・チャールズとの英国人コンビで活躍し、1975年12月にジム・バーネットジョージア・チャンピオンシップ・レスリングジェリー・ブリスコ&ボブ・バックランドを破りジョージア・タッグ王座を[5]1976年にはテキサス州ダラス地区でロッキー・ジョンソン&ホセ・ロザリオを下しテキサス・タッグ王座を獲得[6]。また、太平洋岸北西部のパシフィック・ノースウエスト地区ではムーンドッグ・メインとの異色コンビで1977年6月4日にジェシー・ベンチュラ&バディ・ローズから同地区認定のタッグ王座を奪取している[7]1978年にはイギリス連邦ニュージーランドにて、大英帝国ヘビー級王座を獲得した[8]

1980年3月、レロイ・マクガークがプロモートするオクラホマ地区にてNWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得[9]。当時、マクガークは同王座の運営権を占有するなどして、NWAの反主流派と呼ばれていたプロモーター達(ビンス・マクマホンエディ・グラハム、マイク・ラベール、新間寿ら)と反目していた。そこで反主流派は、前王者ネルソン・ロイヤルの引退に伴い、スティーブ・カーンを新王者に認定(1979年12月10日、ロサンゼルスでの王座決定戦でチャボ・ゲレロを破ったとされる)[9]。ところが、これに異を唱えたマクガークも1980年2月11日にオクラホマで王座決定トーナメントを決行(新王者は決勝でソントンを破ったロン・スター)、一時期は2つのNWA世界ジュニアヘビー級王座が混在するなどの事態を招いたが、最終的にはマクガーク版のタイトルの正当性が認められた(反主流派が新設したタイトルは「NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座」と改称され、日本に定着)[9]

以後は世界ジュニア王者としての防衛サーキットを開始。1980年7月20日にはジョージア州アトランタオムニ・コロシアムにて、インターナショナル版の王者だったスティーブ・カーンの挑戦を受けている[10]。その後もケビン・サリバンリッキー・モートンスタン・レーンジム・ガービンスコット・マギーホセ・エストラーダなどを相手に各地で防衛を続け[11]、11月には全日本プロレス世界最強タッグ決定リーグ戦に、ビル・ロビンソンとのヨーロッパ代表チームとして参加した[12]。翌1981年は、1月にアラバマジェリー・スタッブス、6月にバージニアテリー・テイラー[13]に敗れ王座を明け渡したものの、いずれも数日で奪還している[9]。同年はフロリダにて元王者ヒロ・マツダの挑戦も退けた[14]

1981年7月、全日本から矛先を変えて新日本プロレスに久々に登場。WWFジュニアヘビー級王者である藤波辰巳との「NWAWWF」のチャンピオン対決が注目され、東京と大阪で藤波の王座に連続挑戦した[15][16]。帰国後の9月13日、フロリダでジェリー・ブリスコにタイトルを奪われるも、1か月後の10月16日に返り咲いている[9]1982年4月、王者として再び新日本に参戦[17]。沖縄で星野勘太郎の挑戦を退けたが、5月25日の静岡大会にてタイガーマスクに敗れ王座から陥落[1]。以降、同王座は新日本プロレスに定着することとなった[9]。新日本には同年10月にも参戦しており、これが最後の来日となっている[17]

1983年11月、フィリピンマニラで行われたとされる架空のトーナメントに優勝したと称し、ジョージア地区で再びNWA世界ジュニアヘビー級王者を名乗ったが、1984年7月のブラック・サタデーに起因するWWF移籍に伴いタイトルを返上(以後、ヘクター・ゲレロやマイク・デービスらが王者となり、同王座の防衛戦が行われた)[9]。WWFではヒールのポジションでジョバーを務め、1987年まで出場[18]。若手時代のミック・フォーリー(当時ジャック・フォーリー)と組んでブリティッシュ・ブルドッグスWWF世界タッグ王座に挑戦したこともある[19][20]。また、WWFと並行して古巣のスタンピード・レスリングにも出場しており、1986年9月18日に同じく英国出身のジョニー・スミスから英連邦ミッドヘビー級王座を奪取した[21]

1991年の引退後もカルガリーに居住し、ジムを運営して若手選手の指導・育成に携わっていた[2]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

ナショナル・レスリング・アライアンス
NWAハリウッド・レスリング
  • NWAアメリカス・ヘビー級王座:1回 [4]
ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング
NWAビッグタイム・レスリング
  • NWAテキサス・タッグ王座:1回(w / トニー・チャールズ) [6]
パシフィック・ノースウエスト・レスリング
NWAオールスター・プロレスリング
スタンピード・レスリング
  • スタンピード北米ヘビー級王座:2回 [3]
  • スタンピード英連邦ミッドヘビー級王座:1回 [21]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P33(2002年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b c d Les Thornton: A life on the road”. SLAM! Sports (February 23, 2005). 2010年2月18日閲覧。
  3. ^ a b Stampede Wrestling North American Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年2月18日閲覧。
  4. ^ a b NWA Americas Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月15日閲覧。
  5. ^ a b NWA Georgia Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月15日閲覧。
  6. ^ a b NWA Texas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月15日閲覧。
  7. ^ a b NWA Pacific Northwest Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月15日閲覧。
  8. ^ a b British Empire Heavyweight Title [New Zealand]”. Wrestling-Titles.com. 2014年10月9日閲覧。
  9. ^ a b c d e f g h NWA World Junior Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年2月18日閲覧。
  10. ^ The GCW matches fought by Les Thornton in 1980”. Wrestlingdata.com. 2014年10月19日閲覧。
  11. ^ Les Thornton: 1974-1982”. Cagematch.net. 2014年10月19日閲覧。
  12. ^ AJPW 1980 Real World Tag Team League”. Puroresu.com. 2015年7月17日閲覧。
  13. ^ Les Thornton - What you DIDN'T know!: By Terry Taylor”. SLAM! Sports (February 23, 2005). 2010年2月18日閲覧。
  14. ^ The CWF matches fought by Les Thornton in 1981”. Wrestlingdata.com. 2015年7月17日閲覧。
  15. ^ NJPW Summer Fight Series 1981 - Tag 1”. Cagematch.net. 2015年7月17日閲覧。
  16. ^ NJPW Summer Fight Series 1981 - Tag 25”. Cagematch.net. 2015年7月17日閲覧。
  17. ^ a b The NJPW matches fought by Les Thornton in 1982”. Wrestlingdata.com. 2015年7月17日閲覧。
  18. ^ Les Thornton: 1985-1991”. Cagematch.net. 2015年7月17日閲覧。
  19. ^ Mick Foley "Have a Nice Day: A Tale of Blood and Sweatsocks" P82–85(2000年、Regan Books)ISBN 0061031011
  20. ^ WWF Superstars #2”. Cagematch.net. 2015年7月17日閲覧。
  21. ^ a b Stampede Wrestling British Commonwealth Mid-Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月15日閲覧。

外部リンク[編集]