マイク・ハッカビー

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マイク・ハッカビー

マイケル・デール・ハッカビー、(Michael Dale "Mike" Huckabee)は1955年8月24日米国アーカンソー州・ホープ出身の米国の政治家・聖職者、司会者。所属政党は共和党で前アーカンソー州知事。宗教福音派南部バプティスト。同派の牧師でもある。

経歴・政策[編集]

1955年アーカンソー州ホープで生まれ。父親は消防士、母親はガス会社で働いていた。ワシタ・バプテスト大学卒業後、南部バプテスト神学校で学ぶが、中退して著名なテレビ伝道師であるジェームズ・ロビソンのスタッフとなった後、1980年から1992年までは、バプテスト教会の牧師として活動、アーカンソー州バプテスト連盟の会長職も務めた。

政治キャリアのスタートは1992年の上院選で、アーカンソー州の共和党候補として初出馬するが敗北。翌年、大統領就任に伴い同州知事を退任したビル・クリントンの後任に副知事ジム・タッカーが昇格したため行われた副知事選挙で勝利し、1994年には再選を果たした。

当初1996年上院選への出馬を予定していたが、タッカーがホワイトウォーター疑惑にからんで退任すると、州知事に昇格、以後再選を重ねて2007年1月までつとめた。ハッカビーとクリントンは、政治的信念を異にする一方、同州・ホープの出身で共に州知事をつとめた共通点がある。社会問題の多くにおいては、共和党内きっての保守派として知られ、妊娠中絶・同性婚を非とする。創造論を信じており、「個人的にはダーウィン進化論に賛成しない」「学生は創造に基づいた理論の授業(ID理論)を受けるべき」との見解を示している。

また、親イスラエル派でもある[1]2009年8月にイスラエルを訪問した際にはパレスチナの独立に反対すると発言した。2011年1月31日には、エルサレムでの入植活動を推進する団体「エルサレム開拓プロジェクト」の招待を受けて、共和党支持者として有名な俳優のジョン・ヴォイトと共に、エルサレムを訪れてユダヤ人入植者らを前に講演した。講演でハッカビーは、「私がアメリカ人だから、キリスト教徒であるから、白人であるから、英語を話すからとの理由でアメリカの特定の場所に住むことができないなど想像も出来ない」と述べ、「から与えられた土地」を併合する権利がユダヤ人にはあるという入植者たちの見解を支持した。また、エルサレムはイスラエルの「永遠の首都」であるとし、エルサレムの東西分割に反対するとした。

しかし移民問題で不法移民の子弟の教育機会を重視したり、州知事時代の社会保障や税制政策において、やや「大きな政府」を志向する傾向が見られ、またブッシュ政権の外交を「傲慢」であるとして批判するなど、共和党保守派とは一線を画する独自の政策傾向も持つ(大統領選の項も参照のこと)。

大統領選出馬[編集]

州知事退任に伴い2007年1月28日2008年アメリカ合衆国大統領選挙への出馬を表明。当初は泡沫候補の一人に過ぎなかったが、宗教保守派が支持できる本命候補が不在と言われる中、当初期待を受けたフレッド・トンプソンが尻すぼみとなると、一躍保守の本命として支持を集め始め、それとともに州知事時代の実績や巧みな弁舌、集会でベースギターを演奏するなどといった親しみやすさ、好感度の高さが全国レベルでも注目を集めていき、11月以降支持が急上昇、討論会などでも高評価を得た。

ハッカビーは対立候補に対する個人攻撃は避ける傾向にあったが、序盤戦で同じように優位に立つミット・ロムニーに対しては死刑制度妊娠中絶で選挙後意見を変えたことを問題視して批判を強めた。社会政策について具体的に言及する一方、経験の少ない外交・安全保障政策については多くを語ってこなかったが、2007年12月にはフォーリン・アフェアーズに寄稿し、イラク政策については、米陸軍ジョン・マケイン上院議員が主張している兵力増強論を支持し、早期撤退論は危険だとの認識を示した。また、マケインに対してはかつての輝かしい軍歴や、同戦争を一貫して擁護し続けているぶれない姿勢を高く評価している。その一方で、イラン核武装については経済制裁の余地に言及しながらも、対話を通じた解決は可能との認識を示し、イランへの強硬姿勢を崩さないブッシュ政権を批判。これに対し、ライバルであるロムニーが「大統領に対し非礼節」と応酬した。

2008年1月3日に行われた緒戦のアイオワ州党員集会でミット・ロムニーに圧勝して全米を驚かせた。余勢を駆る形で保守色が色濃い1月19日投票のサウスカロライナ州予備選の勝利を狙ったが、ジョン・マケインに敗北を喫した。2月5日に実施された、全米21の州での予備選・党員集会、いわゆるスーパーチューズデーでは、大規模州でマケインが大勝し大勢が決まったが、ハッカビーも地元・アーカンソー州ジョージア州など南部5州を獲得し、マケインの保守層からの支持の脆弱さを示すことになった(このことが、後のサラ・ペイリンアラスカ州知事の副大統領候補起用につながる)。その後も選挙戦継続の意思を示し、カンザス州の党員集会、ルイジアナ州の予備選で勝利したが、3月4日テキサス州など4州での予備選でマケインに敗北後、選挙戦からの撤退を表明。これにより、マケインの指名獲得が確定した。なお、大統領選では俳優のチャック・ノリスが応援団長を務めた他、サウスカロライナ州デービッド・ビーズリー知事や、フォーカス・オン・ザ・ファミリージェームズ・ドブソン代表、テキサス州新聞ダラス・モーニングニュースがハッカビー支持を表明していた。

大統領選は敗北に終わったが、2007年の暮れまで2~3%程度の支持しかえられていなかったことを考えると、今後の政治生命に大きくプラスに働いたことは確かで、今後の動向に大きな注目が集まっている。上院選への出馬が取り沙汰されているほか(ただし本人は繰り返し否定)、マケインの指名獲得が確実になって以降は、副大統領候補としてもしばしば名前が挙がっていたが、大統領選本戦はFOXニュースのコメンテーターとして迎えた。撤退後の2008年6月に来日、教育問題や大統領選の展望について講演。10月からはFOXニュースの週末にトーク番組「Hackabee」のホストとして出演している。2012年に予定される次期大統領選の共和党有力候補ともされてきたが、本人は出馬を否定している[2]

体型[編集]

ハッカビーはもともと肥満体で、糖尿病も患っているが、2008年の大統領選挙出馬の際には大幅なダイエットに成功、スマートな体型であった。

しかし、大統領選が終わったあとは、現在に至るまで再び肥満になってしまっている。

先代:
ジム・ガイ・トゥッカー
アーカンソー州知事
1996 - 2007
次代:
マイク・ビービー
先代:
マーク・ウォーナー
全米知事協会会長
2005 - 2006
次代:
ジャネット・ナポリターノ

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]