ティム・ポーレンティー

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ティム・ポーレンティー
Tim Pawlenty
Tim Pawlenty official photo.jpg
生年月日 (1960-11-27) 1960年11月27日(57歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミネソタ州セントポール
出身校 ミネソタ大学
現職 弁護士
所属政党 共和党
配偶者 メアリー・アンダーソン
子女 アンナ
マラ
サイン Tim Pawlenty signature.svg

第39代ミネソタ州知事
在任期間 2003年1月6日 - 2011年1月3日

ミネソタ州下院多数党院内総務
在任期間 1999年1月3日 - 2003年1月3日

ミネソタ州下院議員
第38区選出
在任期間 1993年1月3日 - 2003年1月3日
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ティモシー・ジェームズ「ティム」ポーレンティーTimothy James "Tim" Pawlenty1960年11月27日 - )はアメリカ合衆国弁護士政治家、元ミネソタ州知事である。所属する宗教は福音派バプティスト教会、妻にメアリー・ポーレンティー夫人、アンナとマラの2人の娘がいる。現在イーガン市在籍。

経歴[編集]

ミネソタ州セントポールカトリックの家庭で5人いる子供の1人として生まれ、サウスセントポールで育った。父親は牛乳の輸送トラックの運転手だった。16歳の時、母親がで死亡している。高校時代はアイスホッケーのプレイヤーとして地元高校のホッケーのジュニア代表として活躍もしていた。1983年ミネソタ大学で政治学の文学士の学位を獲得し、1986年には同大学のロー・スクールで法学の学位も獲得した。1987年に同大学の法学部で学んでいた時に、同じ法学部を学んでいた同級生のメアリー・アンダーソンと出会い結婚した。ポーレンティーの家庭はカトリックだったが、福音派バプティスト教会に属するメアリーとの結婚後、福音派バプティスト教会に改宗した。そして結婚および大学卒業後はイーガン市に移り住み、夫婦でミネアポリスライダー・ベネット法律事務所で労働法の弁護士として働く。その後は非公開のソフトウェアのコンサルティング会社Wizmoの副社長として働いた。

政治家へ[編集]

1989年、28歳の時にイーガン市の市議会議員に当選する。そして、1992年に共和党からミネソタ州下院議員に出馬し初当選。その後5回再選している。また1999年に下院の院内総務に選出され、中央政界でも実績を積んでいく。

ミネソタ州知事へ[編集]

2002年、ミネソタ州知事のジェシー・ベンチュラの後任として選出される。保守的な立場から中絶反対の活動をした後、ミネソタ州は45億ドルの財政赤字に陥っていたため、財政再建の経済政策を行う。議会の経済計画では増税なしで財政赤字を州の財政赤字を削減する法案を採用し、2003年1月6日にミネソタ州知事に正式に就任した。2004年にポーレンティーはミネソタ州を「アメリカの再生可能燃料の中心地」とする計画も発表。2005年に同州の財政赤字を削減するため、増税の公約を破ることなく、予算のバランスの取れた政策を行った。2006年に僅かの差でミネソタ州知事選で勝利を果たし再選した。再選の終わりの年に45億ドルの赤字を22億ドルの黒字に削減する事に成功したと発表した。その後、福祉の改革に向けて法律に署名した。

2007年2008年全米知事協会の会長を務める。また、アメリカ大統領選挙に向けて活動を行うジョン・マケイン上院議員を支持するため、マケインの選挙キャンペーンの共同議長となった。大統領選での共和党候補にマケインが選ばれると、48歳という若さと州知事としての実績、イラク戦争での米軍増派による成功を評価している事などの理由から、有力な副大統領候補の1人として注目を集めていた。結果的に副大統領候補にはサラ・ペイリンが選ばれた。

2010年9月17日、ミネソタ州産業の日本でのマーケット拡大を狙って、ミネソタ州経済ミッション団と共に初来日している。ミネソタ州企業の3M住友スリーエムが期間限定でオープンしている「3Mストア」の表参道店を視察した[1]

なお、2009年にポーレンティーは2010年のミネソタ州知事選で3選を目指さないとして、出馬を拒否した。3選拒否の理由は「州行政を引っ張る新たな人材が必要」との事だったが、元々ミネソタ州は民主党の地盤(2006年の知事選でも僅差の勝利だった)であり、自身の支持率も低下しており、次の民主党候補に苦戦を強いられる可能性があるためと憶測もある。一方で、2012年の大統領選に出馬するためだとも言われている。しかし、共和党の大統領候補の中では、他の候補者と比べて支持率が低く、本人は「2012年になってから大統領選に出馬するかどうか決める」と語っていた。

州知事退任、大統領候補予備選[編集]

ミネソタ州知事を退任した後、2011年1月11日に『Courage to Stand』という自伝を出版。3月21日には他の候補よりいち早く、次期大統領選の2012年アメリカ合衆国大統領共和党予備選挙出馬に向けた検討委員会の設立意向を表明した。そして、5月22日に正式に共和党の大統領候補者指名争いへの出馬表明をした[2]ものの、8月13日にアイオワ州で行われた模擬選挙でミシェル・バックマンらに敗れ3位にとどまったことを受け、翌14日に大統領選挙からの撤退を表明した[3]。撤退後、ミット・ロムニー候補の支持を表明した。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

ミネソタ州下院英語版
先代:
アート・シーバーグ
ミネソタ州下院議員
第38区選出

1993年 - 2003年
次代:
リン・ワードロウ
先代:
テッド・ウィンター
ミネソタ州下院多数党院内総務
1999年 - 2003年
次代:
エリック・ポールセン
党職
先代:
ノーム・コールマン
共和党ミネソタ州知事候補
2002年, 2006年
次代:
トム・エマー
公職
先代:
ジェシー・ベンチュラ
ミネソタ州知事
2003年 - 2011年
次代:
マーク・デイトン
先代:
ジャネット・ナポリターノ
全米知事協会会長
2007年 - 2008年
次代:
エド・レンデル