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ホーエンリンデンの戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ホーエンリンデンの戦い

ホーエンリンデンの戦い
戦争イタリア戦役
年月日1800年12月3日
場所バイエルン選帝侯領ミュンヘン東部近郊ホーエンリンデン
結果:フランスの勝利
交戦勢力
フランス共和国(第一共和政) オーストリア帝国の旗 ハプスブルク帝国
バイエルン選帝侯領
指導者・指揮官
フランスの旗 ジャン・ヴィクトル・マリー・モロー オーストリア帝国の旗 ヨハン・バプティスト・フォン・エスターライヒ
戦力
41,990, 野砲99門 46,130, 野砲214門
損害
2,500, 野砲鹵獲1門 4,600, 捕虜8,950, 野砲鹵獲76門
フランス革命戦争

ホーエンリンデンの戦い(ホーエンリンデンのたたかい、: Bataille de Hohenlinden: Schlacht bei Hohenlinden)は、ナポレオン戦争における戦闘の一つである。1800年12月3日バイエルン選帝侯領ミュンヘン東部近郊の町ホーエンリンデン英語版 で、 ジャン・ヴィクトル・マリー・モロー率いるフランス軍が、ヨハン・バプティスト大公率いるハプスブルク(オーストリア)軍に対して勝利を収めた。マレンゴの戦い1800年6月14日)とホーエンリンデンの戦いの勝利により、フランスは、ラインラントの割譲を迫り、1801年2月9日、フランスとオーストリアはリュネヴィルの和約を締結した[1]

脚注

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  1. ^ Battle of Hohenlinden European history”. Britannica. 2025年12月3日閲覧。

参考文献

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外部リンク

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