フェルミ準位

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

フェルミ準位とは電子の全化学ポテンシャル(または電子の電気化学ポテンシャル)のことで、通常 µ または EF と表記される[1]。物質のフェルミ準位は熱力学的な量であり、その意味は1つの電子を物質に与えるのに必要な熱力学的仕事である(電子を取り除くのに必要な仕事は考慮していない)。

バンド構造が電子的性質の決定にどのように関係しているか、電子回路において電圧と電荷の流れがどのように関係しているか、といったフェルミ準位の正確な理解は、固体物理学の理解に本質的である。固体のエネルギー準位を解析するために固体物理学で用いられるバンド構造理論においてフェルミ準位は、電子の仮想的なエネルギー準位だと考えることができ、熱力学的平衡においてこのエネルギー準位は「いかなる時間でも占有されている確率が50%」である。バンドエネルギー準位に関連するフェルミ準位の位置は、電子特性を決める重要な因子である。フェルミ準位は現実のエネルギー準位に必ずしも対応しておらず(絶縁体でのフェルミ準位はバンドギャップの中にある)、バンド構造の存在も必要としない。それにも関わらず、フェルミ準位は厳密に定義された熱力学的な量であり、フェルミ準位の差は電圧計で簡単に測定することができる。

フェルミ準位と電圧[編集]

電圧計電気素量で割ったフェルミ準位の差を測定する

電流は静電ポテンシャルガルバニ電位)の差が駆動力であると言われることがあるが、厳密には正しくない[2]。その反例として、pn接合などのマルチ材料デバイスは平衡において内部静電ポテンシャル差を持っているが正味の電流は生じず、電圧計を接続しても 0 V である[3]。明らかに静電ポテンシャルは物質中の電荷の流れを決める因子の一つに過ぎず、パウリ反発、キャリア濃度勾配、電磁誘導、熱的効果なども重要な役割を果たしている。

実際、電子回路で測定される「電圧」と呼ばれる量は、電子の化学ポテンシャル(フェルミ準位)と単純な関係にある。電圧計のリード線が回路中の2点に接続されたときに表示される電圧は、単位電荷が一方の点からもう一方の点に移動したときに移動する「全」仕事の測定値である。単純なワイヤーが電圧の異なる2点間に接続されたとき(短絡が起きる)、電圧が正から負の方向に電流が流れ、仕事が熱に変換される。

物質のフェルミ準位は、電子をつけ加えるのに必要な仕事、または電子を取り除いたときに得られる仕事を表す。よって電子回路中の2点 A, B 間の測定される電圧差 VAVB は、フェルミ準位で対応する化学ポテンシャル差 µAµB と次の式で厳密に関係づけられる[4]

ここで e電気素量

上記の議論から、電子は単純な経路が与えられたとき µ が高い点(低電圧)から低い点(高電圧)に移動することがわかる。この電子の流れは、低い µ を(帯電またはその他の反発効果により)増加させ、同様に高い µ を低下させる。その結果、2つの物質の µ は同じ値に落ち着く。このことは、次の電子回路の平衡状態に関する重要な事実を与える。

熱力学的平衡にある電子回路において、接続された全ての部分は一定のフェルミ準位を持つ[誰によって?]

このことは、平衡状態では(電圧計で測定される)2点間の電圧はゼロであることも意味している。ここでの熱力学的平衡は、回路が内部で接続されており、バッテリーやその他の電源を含んでおらず、温度の変動も無い必要があることに注意。

フェルミ準位とバンド構造[編集]

熱力学的平衡状態にある様々な材料における電子状態の占有率を示した図。ここで、高さはエネルギーに対応し、横幅はその材料のそのエネルギーにおける状態密度に対応する。色の濃さはフェルミ・ディラック分布に従う(黒: 完全占有、白: 完全非占有)。金属半金属ではフェルミ準位 EF は少くとも一つのバンドの内部にある。絶縁体および半導体ではフェルミ準位はバンドギャップ中にある。ただし、半導体ではバンドがフェルミ準位の十分近くにあり、そのバンドを電子または正孔が熱占有する。
50K ≤ T ≤ 375Kでの様々な温度におけるμ = 0.55 eVでのフェルミ分布 vs. エネルギー

固体のバンド理論では、電子は ε でラベル付けされる1粒子エネルギー固有状態から構成される一連のバンドを占有すると考える。この1粒子描像は近似ではあるが、電子のふるまいの理解を容易にし、正しく適用すれば一般的に正しい結果を与える。

フェルミ分布 f(ε) は(熱力学的平衡において)エネルギー ε の状態が電子に占有される確率を与える[5]

ここで T絶対温度kボルツマン定数である。フェルミ準位に状態があれば (ε = µ)、その状態は50%の占有される確率を持つ。分布のプロットを左図に示す。f が 1 に近づくほど、この状態が占有される確率は高くなる。f が 0 に近づくほど、この状態が空になる確率は高くなる。

物質のバンド構造中の µ の位置は、物質の電気的ふるまいを決定する上で重要となる。

  • 絶縁体では、µ は大きなバンドギャップの中にあり、電荷担体の存在しうる(有限の状態密度を持つ)バンドから遠く離れている。
  • 金属や半金属、縮退した半導体では、µ は非局在バンドの中にある。µ 近くの多数の状態は熱的に活性で、容易に電流を運ぶ。
  • 真性半導体やわずかにドープされた半導体では、µ はバンド端の十分近くにあり、バンド端近くに熱的に低濃度の励起したキャリアが存在する。

半導体や半金属においてバンド構造に対する µ の位置は、ドーピングやゲーティングによってかなりの程度コントロールすることができる。これらのコントロールは電極によって固定されている µ を変えるわけではなく、全体のバンド構造を上下している(時にはバンド構造の形も変える)。半導体のフェルミ準位についての詳細は、[6]などを参照。

局所伝導帯基準、内部化学ポテンシャル、パラメータ ζ[編集]

バンド端のエネルギー εC に対して測定された電子エネルギー準位を示すために記号 を使うこととすると、一般的に = εεC を得る。また、パラメータ ζ [7]をバンド端を基準としたフェルミ準位 ζ = μεC と定義する。

すると、フェルミ分布関数は次のように書ける。

金属のバンド理論は、その基礎にある熱力学と統計力学に多大な注意を払ったゾンマーフェルトが1927年に発展させた。紛らわしいがいくつかの文脈ではバンド基準量 ζ は「フェルミ準位」「化学ポテンシャル」「電気化学ポテンシャル」と呼ばれ、大域的に基準を決めたフェルミ準位の曖昧さにつながる。この記事では ζ を示すために「伝導帯基準フェルミ準位」や「内部化学ポテンシャル」という言葉を使うことにする。

GaAs/AlGaAsヘテロ接合高電子移動度トランジスタバンド図における伝導バンド端ECの変化の例

ζ は活性な電荷キャリアの数とその運動エネルギーと直接的に関係している。よってそれらは(電気伝導率など)物質の局所的特性に直接関与している。このため単一で均一な導電性物質での電子の特性に集中するとき、ζ の値に焦点を当てるのが一般的である。自由電子のエネルギー状態との類似性より、状態の はその状態の運動エネルギーであり、εCポテンシャルエネルギーである。この点を考慮して、パラメータ ζ は「フェルミ運動エネルギー」と名前をつけることもできる。

μ とは違い、熱平衡状態においてもパラメータ ζ は物質中で一定ではない。εC は物質の質や不純物/ドーパントのような因子によって変化するため、物質中の位置によって μ は異なる。半導体や半金属の表面近くでは、電界効果トランジスタのように、ζ は外部から加えられた電場によって強く支配される。マルチバンド材料では、ζ は単一の場所でも複数の値をとり得る。たとえばアルミニウム金属片では、フェルミ準位を横切る2つの伝導バンドが存在する(その他の材料では更に多くバンドが存在する)[8]。各バンドに対応してそれぞれ異なるバンド端エネルギー εC と異なる ζ が存在する。

絶対零度での ζ の値は広くフェルミエネルギーと呼ばれており、ζ0 と書くことがある。しかし、紛らわしいことに「フェルミエネルギー」という言葉が絶対零度でないときの ζ を示すときに使われることもある。

脚注・参考文献[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ Kittel, Charles. Introduction to Solid State Physics, 7th Edition. Wiley. 
  2. ^ I. Riess, What does a voltmeter measure? Solid State Ionics 95, 327 (1197) [1]
  3. ^ Sah, Chih-Tang (1991). Fundamentals of Solid-State Electronics. World Scientific. p. 404. ISBN 9810206372. 
  4. ^ Datta, Supriyo (2005). Quantum Transport: Atom to Transistor. Cambridge University Presss. p. 7. ISBN 9780521631457. 
  5. ^ Kittel, Charles; Herbert Kroemer (1980-01-15). Thermal Physics (2nd Edition). W. H. Freeman. p. 357. ISBN 978-0-7167-1088-2. https://books.google.com/books?id=c0R79nyOoNMC&pg=PA357. 
  6. ^ Sze, S. M. (1964). Physics of Semiconductor Devices. Wiley. ISBN 0-471-05661-8. 
  7. ^ Sommerfeld, Arnold (1964). Thermodynamics and Statistical Mechanics. Academic Press. 
  8. ^ 3D Fermi Surface Site”. Phys.ufl.edu (1998年5月27日). 2013年4月22日閲覧。