ストラングラーズ

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ストラングラーズ
The Stranglers
The Stranglers in Brighton 2014-03-06 a.JPG
イングランド・ブライトン公演 (2014年3月)
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド
サリー州ギルフォード
ジャンル パンク・ロック
ニュー・ウェイヴ
ポストパンク
アート・ロック
オルタナティヴ・ロック
活動期間 1974年 - 現在
レーベル ユナイテッド・アーティスツ
EMI/Liberty
エピック
Psycho
When!
Absolute/Ear Music
公式サイト www.stranglers.net
メンバー ジャン=ジャック・バーネル
バズ・ウォーン
旧メンバー ヒュー・コーンウェル
ジェット・ブラック
デイヴ・グリーンフィールド
ほか 別記参照

ストラングラーズThe Stranglers)は、イングランド出身のロックバンド

1970年代パンク・ムーヴメントから台頭したグループの一つ。以来、解散することなく活動している[1]。当時のパンクスと比較して、既にキャリアのある練達者の集団でもあり、独特の耽美的とインテリジェンスな音楽性で評価を受けた。

来歴[編集]

デビュー・オリジナルラインナップ(1985年)

スウェーデン生物学の研究のかたわら「Johnny Sox」というバンドで活動をしていたヒュー・コーンウェルギターボーカル)は、1974年イギリスに戻り、ジャン=ジャック・バーネルベース、ボーカル)、ジェット・ブラックドラムス)、デイヴ・グリーンフィールドキーボード)らを誘いストラングラーズを結成した。後にヒュー・コーンウェルは、音楽に生きるよう「神の啓示」を受けたと語っている。

活動開始当時はハードロックプログレッシブ・ロックが主流であり、仕事にありつきたければ髪を伸ばすこと、長いギターソロを弾くこと、ベルボトムを穿くことを要求されるようなこともあった時代であり、ストラングラーズの過激な演奏と言動、ファッションはそれらとははっきりと異質のもので、なかなか仕事を得られなかった。しかしその非ハードロック的な硬質の攻撃性と非プログレ的でラディカルな知性の混淆する新奇な音楽は次第に支持を広げ、イギリス全土を股にかけて毎日のようにライブを行うまでになった。

人気と共に右翼団体との間に軋轢を生じ(当人たちは「俺たちは右翼でも左翼でもない、ニュー・ウィングだ」と韜晦していた)、またザ・クラッシュと乱闘騒ぎを起こしたこともあった[2]。さらにはトラブルから大御所ローリング・ストーンズの楽屋を襲撃したことがあり、知性を伴った隙のない暴力性や狂気を恐れられる時期もあった。

メジャー・デビュー後(1977年 - 1989年)[編集]

フランス・パリ公演(1979年)

メジャー・デビューを果たしてからは、初期4枚のアルバム『夜獣の館』『ノー・モア・ヒーローズ』『ブラック・アンド・ホワイト』『レイヴン』をUKチャートのトップ5に送り込み、代表的なパンクバンドとして、あるいはニュー・ウェイヴの旗手としてイギリスの若者に大きな影響を与えるようになった。

1979年2月、初来日公演。

1980年代に入ってからは『メニンブラック』『ラ・フォリー』『黒豹』『オーラル・スカルプチャー』『夢現』とコンスタントにアルバムを発表した。これらのアルバムでは狭義で言うところのパンク的な要素は影を潜め、プログレやアート・ロックゴシック・ロックなどからの影響を感じさせるインテリジェンスとリリシズム、ヨーロッパ的湿潤と陰翳に富む内省的なアプローチが目立ちはじめた。

この頃から当初のパブリックイメージとのズレからか、日本での一般的な人気は下降線をたどったが、本国イギリスでは深い精神性と耽美的なメロディが高く評価され、ヒットチャートにも入り続けた[3]。イギリスにおいては、この時期以降のアルバムは、初期のアルバムよりもむしろ高い評価を受けている。

コーンウェル脱退〜以降(1990年 - 現在)[編集]

1990年に、バンドとしての方向性に限界を感じたヒュー・コーンウェルが、10thアルバム『10』を最後に脱退。新たにジョン・エリスとポール・ロバーツがメンバーとして加入し、『ストラングラーズ・イン・ザ・ナイト』『アバウト・タイム』『リトゥン・イン・レッド』『コープ・デ・グレイス』という4枚のアルバムを発表。

フランス・エルヴィル=サン=クレール公演(2007年)

1992年、単独来日公演。2007年に「サマーソニック」、2010年にも「パンクスプリング」に出演のため来日している。

2000年、ジョン・エリスが脱退。新たにバズ・ウォーンが加入。

2004年、6年ぶりのアルバム『ノーフォーク・コースト』を発表。

2006年、ポール・ロバーツが脱退。

2007年ジェット・ブラックが心房細動に罹っていることが報告される。長時間の移動が必要な場所での演奏では、代役にイアン・バーナードを起用[4]

2012年、アルバム『ジャイアンツ』を発表。

2015年、年齢的事情により、ジェット・ブラックが事実上の降板。

2019年、27年ぶりの単独来日公演を開催[5]

2020年、長年在籍の中心メンバー、デイヴ・グリーンフィールドが、心臓疾患と新型コロナウイルスの影響で死去[6]。6月10日、残されたバンドメンバーは、グリーンフィールドの死の直前にストラングラーズが録音したアルバムのミキシング作業を行っていたことを発表し、グリーンフィールドに敬意を表して2020年秋にファイナル・ツアーを行うことを発表した[7]

メンバー[編集]

※2020年5月時点

現ラインナップ[編集]

サポート

  • ジム・マコーリー (Jim Macaulay) - ドラムス (2013年- )

旧メンバー[編集]

ディスコグラフィ[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

  • 『夜獣の館』 - Rattus Norvegicus (1977年)
  • 『ノー・モア・ヒーローズ』 - No More Heroes (1977年)
  • 『ブラック・アンド・ホワイト』 - Black and White (1978年)
  • 『レイヴン』 - The Raven (1979年)
  • 『メニンブラック』 - The Gospel According to the Meninblack (1981年)
  • 『ラ・フォリー』 - La Folie (1981年) ※旧邦題『狂人館』
  • 『黒豹』 - Feline (1983年)
  • 『オーラル・スカルプチャー』 - Aural Sculpture (1984年)
  • 『夢現』 - Dreamtime (1986年)
  • 『10』 - (1990年)
  • 『ストラングラーズ・イン・ザ・ナイト』 - Stranglers in the Night (1992年)
  • 『アバウト・タイム』 - About Time (1995年)
  • 『リトゥン・イン・レッド』 - Written in Red (1997年)
  • 『コープ・デ・グレイス』 - Coup de Grace (1998年)
  • 『ノーフォーク・コースト』 - Norfolk Coast (2004年)
  • 『スイート・シックスティーン』 - Suite XVI (2006年)
  • 『ジャイアンツ』 - Giants (2012年)

ライブ・アルバム[編集]

  • 『ライヴ:Xサーツ』 - Live (X Cert) (1979年)
  • 『オール・ライヴ』 - All Live and All of the Night (1988年)
  • Live at the Hope and Anchor (1992年)
  • The Early Years '74 '75 '76 Rare Live and Unreleased (1992年)
  • Saturday Night, Sunday Morning (1993年)
  • Death and Night and Blood (1993年)
  • The Stranglers and Friends - Live in Concert (1995年)
  • Access All Areas (1996年)
  • 『13日の金曜日 - ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール』 - Friday the Thirteenth (1997年)
  • 『ライヴ・アット・ハマースミス・オデオン'81』 - Live at the Hammersmith Odeon '81 (1998年)
  • 『ファイヴ・ライヴ・ゼロワン』 - 5 Live 01 (2001年)
  • Apollo Revisited (2003年)
  • Coast to Coast: Live on Tour (2005年)
  • Themeninblackinbrugge (2008年)
  • Live at the Apollo 2010 (2010年) ※DVD & CD

脚注[編集]

外部リンク[編集]