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スタントマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スタント・パーソンから転送)
スタントマン
生身でガラス窓を突き破るシーンを演じるスタントマン
基本情報
名称スタントマン、スタントウーマン、スタントパーソン、スタントダブル
職種エンターテインメント
職域スタント
詳細情報
就業分野映画テレビ番組アクションゲーム演劇イベント
関連職業アクション監督スタントコーディネーター殺陣師スーツアクター俳優

スタントマン (Stunt man) とは、さまざまなスタントをこなす人物のこと。主に映像作品、舞台やイベントなどにおいて、高度かつ危険なシーンを専門に演じる人物を指す。女性のスタントマンはスタントウーマン (Stunt woman) と呼ばれる。また男女問わずスタントパーソン (Stunt person)、スタントパフォーマー (Stunt performer) ともいう。

概要[編集]

スタントは大まかにボディースタントとカースタントとに分かれており、カースタントを行う人物についてはスタントドライバーと呼ばれスタントマンとはまた違った技能を持つ。ボディースタントではスタントマン本人がドラマの主要人物と戦う格闘シーンや爆破落下などの場面でアザーキャラクターズとして出演することが多い。

他の大きな役割としては、危険な動きや複雑高度な動きを俳優の代理として顔が見えない形で演じることもあり、その場合は“吹き替え”、“スタントダブル”、“替え玉[注釈 1]”とも呼称される[1]

また、このスタントダブルから派生し日本で特に発達した役柄として、特撮ヒーロー番組などで着ぐるみを着用し戦闘アクションを担当するスーツアクターもある。

どの国でも危険なシーンを演じるというのは同じであるが、歴史としてはアメリカが主に西部劇においてハードな乗馬アクションをこなす際の特殊技能や安全装置の開発から始まったのに対し[2]、日本ではチャンバラ映画における殺陣での斬られ役[3]、香港の武侠映画カンフー映画でのやられ役など[4]リアクションを重んじる形で発展してきた役割であった[5]

日本 香港 アメリカ
スタントマン、スタントウーマン 武師 Stunt performer英語版
(スタントパフォーマー)
Stunt person
(スタントパーソン)
Stunt man, Stunt woman
(スタントマン、スタントウーマン)
吹き替え、替え玉
スタントダブル
スーツアクター
替身
替身
皮套演員
Stunt double英語版
(スタントダブル)

アクション撮影においては、スタントマンの上に殺陣師スタントコーディネーター、香港や日本の現場によってはアクション監督といった立場のスタッフがいるが[6][7]、それらのほとんどはキャリアの初めにスタントマンとして活動した経験を持つ者である。

ギャラについては、事務所に差し引かれた後の額しか教えて貰えず正確な単価は本人にもわからない場合が多いという[8]

歴史[編集]

1900年代初頭、プロのスタントパフォーマーは求められておらず、多くが無料で参加していた[9]。最初に賃金が支払われたスタントパフォーマーが登場したのは1908年の『モンテ・クリスト伯』とされている[10]。1910年代から1920年代にかけて連続活劇が発達し、それに応じてスタントパフォーマーの仕事が増えた[11]

また、1910年代のサイレント映画時代のハリウッド初期において、たくさんの女性たちがスタントを行っていた[12]。最初の女性スタントパフォーマー(スタントウーマン)は1914年の『ヘレンの冒険英語版』で活躍したヘレン・ギブソン英語版だと言われている[11]。しかし、映画業界が盛り上がるにつれ、そのスタントの仕事は男性に奪われていき、男性が女性用ウィッグや女性の衣裳を着てスタントをすることさえあった[13]。ドキュメンタリー『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』では、今なおスタントの世界では数多くの女性差別が存在することが指摘されている[12]

歴史(日本)[編集]

戦前には吹き替えに任せず、自ら演じるハヤフサヒデトがいた。戦後には昭和30年代から宍戸大全大映東映で吹き替えをしており、春日太一は宍戸を「日本初のスタントマン」と紹介している[14]

昭和35年には千葉真一が『新 七色仮面』で前任者の波島進が吹き替えに任せていたところを[15]、七色仮面の扮装を着用[16][17]宙返りなどのスタントを千葉は自ら行い、この演技は後にスーツアクターの誕生に繋がっている[16][17]。柔道映画では自分が投げた相手、投げられて飛び込み前転の吹き替えもこなしていた千葉は、人材不足が原因で両方を演じなければならない撮影現場の状況を憂い、昭和45年ジャパンアクションクラブ (JAC) を設立[18]。千葉のような吹き替えに任せずスタントを演じられる俳優・スタントマン・スーツアクターや、殺陣師スタントコーディネーターアクション監督などの製作スタッフを育成し、多くの人材を輩出した[18]

ハヤフサヒデト、宍戸大全、千葉真一のような存在は稀有で、福本清三は「スタントのような危ないシーンは主要な役を演じる俳優ではなく、基本的に大部屋俳優が代わりに演じていた」と証言しており[19]、しばらくはこのような状況が続いていたが、昭和38年に『太閤記 (NHK大河ドラマ)』で「派手に馬から落ちたり迫力ある立ち廻りの為に、危険なシーンを演じてくれるメンバーを揃えてくれ」と依頼を受けた林邦史朗[20]若駒冒険グループという日本初のスタントグループを立ち上げた[21]昭和39年には大野幸太郎大野剣友会を設立し、時代劇・現代劇を問わず、スタントマンやスーツアクターを撮影現場に用意している[22][23]

前述のとおり、千葉真一がジャパンアクションクラブを創設し、昭和51年には倉田保昭倉田アクションクラブを設立した。従来の撮影所主導ではなく、俳優が危機感を覚えて人材を育成し、撮影現場に派遣するプロダクションの役割を新たに担っている。

舞台やカメラの前でアクションを演じるだけでなく、学校などで行われる交通安全教室のデモンストレーション[24]、TV番組での身体を使った危険なゲームの安全確認のテスト[注釈 2]アクションゲームモーションキャプチャーアクターとして格闘シーンの撮影など、様々な現場に参加する事も多い[26]。伊澤彩織は、同じ仕事をしているのに男性と女性で職業の呼称が変わるのは変だとの考えから肩書を「スタントパフォーマー」としている[27]

令和3年1月20日、周知や地位向上、改善を目的にスタント、アクション系団体で一般社団法人JAPAN ACTION GUILDを発足[28]

仕事と能力[編集]

近年CGが発達し、ワイヤーを操作するアクションも多用されるようになったことで、高所からの落下、炎の中からの脱出、クルマに当たるといった危険なスタントのイメージとは異なり、身体を張った命がけのスタントは減少傾向にある[29]

近年のアクション映像は、入り乱れるように同時に何人も相手にするのが主流となっておりアクションが立体的になった。そのためアクションの中心から外れた人間が、そのシーンで立ち止まっているわけにはいかないなど、違った部分で技術的には高度になってきている[30]

日本のアクション監督大内貴仁は、スタントマンは常に役者を「引き立てるよう」に動くことが重要で、タイミングがズレたら待って合わせる、俳優が動きやすい位置に自ら動いていくなど、その場の状況、相手に合わせてフレキシブルに対応する「受け手」としての柔軟性が必要だと語る。受けがまずいと全体の動きが停滞してしまうため、その上手い下手がスタントマンの「実力」になるのだという[29]

また、スタントダブルの場合には、その実力に加え、後ろ向きでも俳優本人に見えるように背中で真似をしないといけないと話す。それには俳優の動きを完全にコピーするくらいの表現力が必要になり、刀の持ち方ひとつにしても、真似をしつつカッコよく見せるというハイレベルな能力が、求められていると解説している[30]

映像撮影では、裏方として俳優のトレーニングに協力したり、俳優に撮影での動きを伝えるなどコミュニケーション能力も重要視される[30]。現場ではワイヤーアクションでのワイヤーの設置や操作、道具の管理、現場の安全確認やそれにともなう準備などを行う[30]。またスタントコーディネーターやアクション監督とともにアクションの設計にも携わり、現在ではアイデアを俳優やスタッフに伝えるためのビデオコンテ(テスト版映像)を制作する事例も増えてきている[31]。しかし日本の現場では、女性のみならず[32]全体的にスタントマンの数は少なく、人材不足、高齢化が懸念されている[33]

保険[編集]

ハリウッド映画と日本映画では、その産業規模の差、組合の有無など[注釈 3]俳優組合(SAG-AFTRA)があり、スタントマンも加入できる。日本には同様の組合は存在しない[35]。環境・条件が異なるのでギャラの形態や[33]傷害保険労災保険などの面での違いがある。長らく労災問題改善に務めてきたアクション監督・殺陣師の高瀬将嗣によると、日本ではスタントマンは危険な職種のため労災が下りないのではなく、スタントマンは個人事業主とみなされるため労災が下りないと言われてきたという。近年は厚生労働省の認識の変化もあり、スタントチームの会社化(スタントマンの社員化)、作品ごとの掛け捨ての保険加入や怪我をした際の労災の申請などにより、条件を整えれば、入院休業補償もされるようになった[35]

前述のJAPAN ACTION GUILDでは「げいのう労災」を発足[36]

死亡事故[編集]

スタントパフォーマーが危険なスタントによって死亡する事故もたびたび起きている。

1987年5月、アラン・バンクス(Alain Vincx、ベルギー出身、1946年生)が、ザントフォールト・サーキットで行われたカースタントショーの演目(乗用車で4台のバスを貫通する)に失敗し死亡。

2017年7月12日、『ウォーキング・デッド』にてスタントマンのジョン・バーネッカーが地上約7メートルのバルコニーからの転落シーンで事故を起こし、死亡した[37]。2017年8月14日には、『デッドプール2』の撮影にてジョイ・ハリスがバイクのスタント中にオフィスビルの窓ガラスに衝突して死亡した[38]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ “替え玉”は一人二役を演じる際、両方が同時に画面に映る場合の代演者なども指す。
  2. ^ 2013年1月26日(土) 00:50~01:25にTBSで放映された「マツコの知らない世界」第55回にゲスト出演した谷垣健治の言葉による[25]
  3. ^ アメリカには業界に対し、加入者の報酬待遇や安全確保などについて強い影響力を持つ[34]

出典[編集]

  1. ^ 世界を股にかけて活躍するエンターテイナーたち〜映画編〜 スタントマン 南博男氏”. qola-la.com. 2015年4月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月22日閲覧。
  2. ^ Stuntmen & Women”. Lone Pine Film History Museum. 2015年4月20日閲覧。
  3. ^ 劇空間キョウト 第2部一芸で食らう”. 京都新聞. 2015年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月20日閲覧。
  4. ^ 點將台:電影業萎縮下的犧牲品──龍虎武師”. 香港文匯報. 2015年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月23日閲覧。
  5. ^ ドニー・イェン (2005). ドニー・イェン アクション・ブック. キネマ旬報社. pp. 137-138. ISBN 978-4873762593 
  6. ^ 跳樓爆破被車撞打架‧龍虎武師向高難度挑戰”. 世華多媒體. 2015年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月20日閲覧。
  7. ^ 谷垣健治 (2013). アクション映画バカ一代. 洋泉社. pp. 2-4. ISBN 9784800301024 
  8. ^ 『スーツアクター高岩成二 先人より継承し、共に創造す』株式会社イースト・プレス、2023年8月16日。 
  9. ^ Gene Scott Freese (30 April 2014). Hollywood Stunt Performers, 1910s-1970s: A Biographical Dictionary. McFarland & Co Inc. ISBN 978-0786476435 
  10. ^ Ilian Simeonow. “The history of the Stuntman”. ActionArtist.de. 2014年6月24日閲覧。
  11. ^ a b A Look at the History of Stunt Performers”. Female Stunt & Precision Car Driver. 2018年5月15日閲覧。
  12. ^ a b 映画史に残るスタントウーマンの軌跡を公開、監督にインタビュー”. Time Out Tokyo (2021年1月21日). 2021年4月2日閲覧。
  13. ^ 『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』感想(ネタバレ)…ガラスの天井にも体当たり!”. シネマンドレイク (2021年3月29日). 2021年4月2日閲覧。
  14. ^ 講演時代劇における忍者像の変遷』「三重大学の忍者・忍術講座」、三重県伊賀市、2018年11月17日。
  15. ^ 京本政樹『京本政樹のHERO考証学』バンダイ、1992年6月、144頁。ISBN 489189234X
  16. ^ a b 全怪獣怪人』上、勁文社、1990年3月24日、48–49頁。ISBN 4-7669-0962-3。C0676。
  17. ^ a b 竹書房 / イオン編 編『超人画報 国産架空ヒーロー40年の歩み』(初版第1刷)竹書房、1995年11月30日、42頁。ISBN 4884758749OCLC 40507555。C0076。 
  18. ^ a b 千葉真一 殺陣の稽古で相手が真田広之だったら真剣を使った”. マイナビニュース. 2016年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月5日閲覧。
  19. ^ 2008年度 わたしの仕事術 WEB.05 福本清三さん”. 生命保険文化センター. 2016年6月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月30日閲覧。
  20. ^ 若駒の歴史”. 若駒. 2016年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月30日閲覧。
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  22. ^ 大野幸太郎氏死去 / 殺陣師”. 四国新聞社. 2016年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年11月1日閲覧。
  23. ^ 中屋敷さんが仮面ライダーな生活になったワケ”. 読売新聞社. 2016年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月17日閲覧。
  24. ^ 交通安全”. 全国共済農業協同組合連合会. 2015年7月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月12日閲覧。
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  26. ^ GameLEXICON / モーションキャプチャ”. ゲーム大辞典. 2015年7月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月12日閲覧。
  27. ^ 【ベイビーわるきゅーれ】 スタントパフォーマー 伊澤彩織のアクションストーリー”. JAPAN ACTION CHANNEL (2021年8月6日). 2021年8月8日閲覧。
  28. ^ Inc, Natasha. “谷垣健治ら発起の団体「ジャパン・アクション・ギルド」がYouTubeチャンネル開設(動画あり)”. 映画ナタリー. 2021年8月8日閲覧。
  29. ^ a b スタントマンについて知りたい。”. わにわにinterview「ウラカタ伝」(朝山実著). 2016年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月15日閲覧。
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  31. ^ ノンフィクションW 日本のアクションを変える男 谷垣健治 〜香港の現場から映画「るろうに剣心」へ〜”. WOWOW. 2014-10-04日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月19日閲覧。
  32. ^ 影のスーパーヒーロー! 知られざるスタントマンの仕事とは”. doda.jp. 2016年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月28日閲覧。
  33. ^ a b 1回落ちて200万円? 日米スタントマンの給料事情や高齢化問題まで アクション監督たちが語りまくる『アクションサミット』レポート後編”. SPICE. 2016年6月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月13日閲覧。
  34. ^ 米ゲーム声優待遇問題、SAG-AFTRAが協定交渉でのストライキ権限を取得”. Game Spark. p. 2. 2016年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月8日閲覧。
  35. ^ a b 1回落ちて200万円? 日米スタントマンの給料事情や高齢化問題まで アクション監督たちが語りまくる『アクションサミット』レポート後編-p2”. SPICE. p. 2. 2016年6月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月13日閲覧。
  36. ^ げいのう労災 芸能従事者のための労災保険”. げいのう労災 芸能従事者のための労災保険. 2021年8月8日閲覧。
  37. ^ 「ウォーキング・デッド」スタントマンが転落死 撮影は休止に”. シネマトゥデイ (2017年7月18日). 2021年4月2日閲覧。
  38. ^ 『デッドプール2』撮影現場で死亡事故…バイクスタント中”. シネマトゥデイ (2017年8月15日). 2021年4月2日閲覧。