ジェーナス (駆逐艦・2代)

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HMS ジェーナス
公試中のJ級駆逐艦ジェーナス。煙突の白線2本は第7駆逐艦戦隊所属を示す。 (1939年8月5日撮影)
公試中のJ級駆逐艦ジェーナス。煙突の白線2本は第7駆逐艦戦隊所属を示す。
(1939年8月5日撮影)
基本情報
建造所 スワン・ハンター
運用者  イギリス海軍
級名 J級駆逐艦
艦歴
発注 1937年3月25日
起工 1937年9月29日
進水 1938年11月10日
就役 1939年8月5日
最期 1944年1月23日に戦没
要目
基準排水量 1,690 英トン (1,720 トン)
満載排水量 2,330 英トン (2,370 トン)
全長 356.6 ft (108.66 m)
最大幅 35.9 ft (10.9 m)
吃水 12.6 ft (3.81 m)
機関 蒸気タービン、2軸推進 44,000 shp (33 MW)
最大速力 36ノット (67 km/h)
航続距離 5,500海里 (10,200 km)
15ノット(28km/h)時
乗員 士官、兵員183名(旗艦時218名)
兵装 45口径12cm連装砲×3基
39口径40mm4連装機銃×1基
62口径12.7mm4連装機銃×2基
7.7mm連装機銃×2基
53.3cm5連装魚雷発射管×2基
爆雷投射機×2基
爆雷投下軌条×1基
爆雷×20発
ソナー 124型 探信儀 (ASDIC)
その他 ペナント・ナンバー:F53 (1937–1940)
G53 (1940–1944)
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ジェーナス (HMS Janus, F53/G53) は、イギリス海軍駆逐艦J級。艦名はローマ神話の神であるヤーヌス英語読みである。「ジェーナス」の名を持つ艦としては六代目。艦名について日本ではジェイナス[1][2]ジャヌス[3]ジャナス[4]などの表記もある。

艦歴[編集]

ジェーナスは1936年度建艦計画に基づき1937年3月25日にスワン・ハンター・アンド・ウィガム・リチャードソン英語版に発注され、1937年9月29日に起工、1938年11月10日に進水し1939年8月5日に初代艦長ジョン・アンソニー・ウィリアム・トットヒル(John Anthony William Tothill)少佐の指揮の下就役した[5]

北海[編集]

就役後はフィリップ・ジョン・マック英語版大佐率いる旗艦ジャーヴィス以下J級駆逐艦からなる本国艦隊第7駆逐艦戦隊(7th Destroyer Flotilla)に配属され、1939年9月に第二次世界大戦が勃発した後は戦隊の僚艦と共に北海で活動した。9月6日にはドイツから引き揚げるイギリス外交官らを乗せた客船バタヴィア(Batavia)を護衛している[6]

1940年2月2日にジャッカルと衝突事故を起こしたスウェーデン船ストルフォルス(Storfors)の乗員を救助した。3月19日、ジャーヴィスとジャベリンと共にイミンガムからロサイスへ向かっていた際に、ジャーヴィスがスウェーデン船トーア(Tor)と衝突事故を起こし大破したため救援活動を実施している[7]

1940年4月になると、ジェーナスはノルウェーの戦いに派遣された。4月17日、ジェーナスはドイツ軍に制圧された飛行場の砲撃に向かった重巡洋艦サフォークを護衛した(ダック作戦)が、サフォークは空襲で大破したため撤退するサフォークの援護を行った。4月30日、スループビターン英語版が空襲を受け炎上したため、生存者を救助後にビターンを雷撃処分している[6]

5月初めにナムソスからの撤退作戦に従事した後、ジェーナスはベルギーオランダ沿岸部に派遣され現地のイギリス陸軍部隊の支援や撤退を行った。北海での活動期間でジェーナスは合わせて20以上の船団を護衛した[6]

地中海[編集]

旗艦を務める嚮導艦であるジャーヴィスは衝突事故による損傷の修理中であったため、マック大佐は旗艦を一時的にジェーナスに移し、1940年5月中旬に地中海艦隊第14駆逐艦戦隊(14th Destroyer Flotilla)の指揮下に入るため地中海へ移動した。ジェーナスのペナントナンバーはこの頃にG53へ変更されている。地中海に到着後は、主に船団護衛や地上のイタリア軍部隊への砲撃に従事した[6]

1940年7月にジェーナスはカラブリア沖海戦に参加、さらに11月11日にはタラント空襲(ジャッジメント作戦)を行う空母イラストリアスらを護衛している。12月にはマルタ島への船団護衛やアルバニアヴァロナ英語版砲撃を行うMC2作戦とMC3作戦の護衛に参加。作戦中の12月22日に触雷のため損傷した駆逐艦ハイペリオンを雷撃処分している[6]

1941年1月、ジェーナスはマルタ島への輸送作戦MC4作戦(エクセス作戦)に護衛として参加、さらに作戦中に空襲で損傷したイラストリアスをアレキサンドリアまで護衛した。3月にジャーヴィスら僚艦とマタパン岬沖海戦に参加、4月21日にはトリポリを砲撃する戦艦ウォースパイトバーラムヴァリアント軽巡洋艦グロスターを護衛した[6]

4月16日、タリゴ船団の戦いにおいてジェーナスは僚艦と共にイタリアの輸送船団を攻撃。輸送船5隻を護衛の駆逐艦3隻もろとも全滅させる功績をあげた。4月28日には哨戒中に発見したイタリアの武装商船エグレオ(Egreo)を沈めている[6]

5月9日、ジェーナスは大規模な輸送作戦であるMD.4作戦(タイガー作戦)の護衛に参加。その後クレタ島の戦いに派遣されたジェーナスは、5月21日にイタリア海軍水雷艇ルポに護衛された兵員輸送船団を発見して攻撃、ルポを損傷させ小型船10隻を沈めた[6]

6月、ヴィシー政権を支持していたフランス委任統治領シリアレバノンオーストラリア軍を中心とする英連邦軍が侵攻した(シリア・レバノン戦役)ため、ジェーナスは支援砲撃やヴィシー側艦艇への警戒に向かった。しかし6月9日、ジャッカル、ホットスパー[8]と共にフランス海軍の大型駆逐艦ヴァルミ英語版及びゲパールと交戦したジェーナスは3発の命中弾を受け、ボイラー室や艦橋に大きな損傷を負う。ジェーナスはこの戦闘で死者13名・負傷者13名を出した[6]

ジェーナスは1941年8月から1942年2月まで、南アフリカ連邦サイモンズタウンで修理を行った。この間、ジェーナスは1941年11月にウォーシップ・ウィーク英語版のキャンペーンに参加している[5]

修理完了後は再び地中海東部で船団護衛に従事した。4月15日、ジェーナスはギリシャ海軍の駆逐艦ヴァシリッサ・オルガと共にトブルクへ向かう輸送船を護衛中にイタリア空軍のCa.135雷撃機2機に雷撃された。しかし幸運にも、2本の魚雷はジェーナスの艦底を通過していったため無事であった[9]。ジェーナスは以降も護衛や対潜哨戒任務を継続したが、6月4日に触雷によって再び大きな損害を出した。ジェーナスはスエズで一時的な修理の後、喜望峰経由でイギリス本国へ帰国し1943年7月まで本格的な修理を行った[6]

北極海[編集]

修理完了後はスカパ・フローで本国艦隊第10駆逐艦戦隊(10th Destroyer Flotilla)に加わり、10月14日にはスピッツベルゲン島の守備隊へ補給を行うギヤボックスIII作戦に戦艦アンソンやカナダ海軍の駆逐艦ハイダ、イロコイなどと共に参加している[6]

地中海[編集]

1943年12月にジェーナスは再び地中海で第14駆逐艦戦隊に配属されることになり、デヴォンポート海軍基地HF/DF搭載などの改装を受けた。その後地中海へ移動したジェーナスは12月26日に戦隊へ編入され、翌日には旗艦ジャーヴィスと共にブリンディジへ向かった[6]

年が明けた1944年1月上旬、ジェーナスはジャーヴィスと共にアドリア海沿岸のイタリア各地を砲撃し、敵の陣地や鉄道を破壊したほかスクーナー3隻を沈めた。さらにイタリア西部のナポリへ移動し、1月18日にはジャーヴィス、軽巡洋艦オライオン、駆逐艦フォークナーラフォーレイと共にガエータを砲撃している[6]

最期[編集]

1月22日にアンツィオの戦い(シングル作戦)が始まると、ジェーナスもアンツィオへの上陸援護に参加した。ジェーナスとジャーヴィスの2隻は22日・23日の二日間で500発以上の主砲弾を敵陣地に向けて発射し、地上部隊の前進を助けた[10]

翌23日の午後、アンツィオ橋頭堡の沖合で警戒活動を行っていたジェーナスとジャーヴィスは、ヨアヒム・ヘルビッヒ中佐指揮下のドイツ空軍LG 1/第1(爆撃)飛行隊による空襲に見舞われた。両艦はDo 217から発射された対艦ミサイルHs293による攻撃[11]を受け被弾し、第2弾薬庫が誘爆したジェーナスは大爆発を起こし沈没した。一方のジャーヴィスも艦首を吹き飛ばされたが、死傷者はなく自力でナポリまで後退できた[12]

ジェーナスの生存者94名がジャーヴィスとラフォーレイ、曳船ウィーゼル(HMT Weasel)に救助されたが、艦長ウィリアム・ブラバゾン・ロバート・モリソン(William Brabazon Robert Morrison)少佐を含む158名が戦死した[6][10][13][14]

現在、ジェーナスの紋章(バッジ)が南アフリカ共和国サイモンズタウンにあるセルボーン乾ドック英語版の壁に描かれている[10]

栄典[編集]

  • ジェーナスは生涯で10個の戦闘名誉章(Battle Honour)を受章した。

Atlantic 1939・Norway 1940・Calabria 1940・Libya 1940・Meditrranean 1940-44・Matapan 1941・Sfax 1941・Malta Convoys 1941・Adriatic 1944・Anzio 1944[6]

参考文献[編集]

  • 「世界の艦船 1994年2月号増刊・イギリス駆逐艦史」(1994) 海人社刊 ISBN 978-4905551478
  • ロジャー・ヒル(著), 雨倉孝之(訳) 「死闘の駆逐艦」(1991) 朝日ソノラマ刊 ISBN 978-4257172345
  • 岡部いさく(著) 「英国軍艦勇者列伝」(2012) 大日本絵画刊 ISBN 978-4499230865
  • Colledge, J. J.; Warlow, Ben (2006) [1969]. Ships of the Royal Navy: The Complete Record of all Fighting Ships of the Royal Navy (Rev. ed.). London: Chatham Publishing. ISBN 978-1-86176-281-8. OCLC 67375475.
  • G.G.Connell, Mediterranean Maelstrom: HMS Jervis and the 14th Flotilla (1987) ISBN 0-7183-0643-0
  • English, John (2001). Afridi to Nizam: British Fleet Destroyers 1937–43. Gravesend, Kent: World Ship Society. ISBN 0-905617-64-9. 
  • Friedman, Norman (2006). British Destroyers & Frigates: The Second World War and After. Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 1-86176-137-6. 
  • Hodges, Peter; Friedman, Norman (1979). Destroyer Weapons of World War 2. Greenwich: Conway Maritime Press. ISBN 978-0-85177-137-3. 
  • Langtree, Charles (2002). The Kelly's: British J, K, and N Class Destroyers of World War II. Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 1-55750-422-9. 
  • Lenton, H. T. (1998). British & Empire Warships of the Second World War. Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 1-55750-048-7. 
  • March, Edgar J. (1966). British Destroyers: A History of Development, 1892–1953; Drawn by Admiralty Permission From Official Records & Returns, Ships' Covers & Building Plans. London: Seeley Service. OCLC 164893555. 
  • Rohwer, Jürgen (2005). Chronology of the War at Sea 1939–1945: The Naval History of World War Two (Third Revised ed.). Annapolis, Maryland: Naval Institute Press. ISBN 1-59114-119-2. 
  • Whitley, M. J. (2000). Destroyers of World War Two: An Illustrated Encyclopedia. London: Cassell & Co.. ISBN 1-85409-521-8. 
  • Winser, John de D (1999). B.E.F. Ships Before, At and After Dunkirk. Gravesend: en:World Ship Society. ISBN 0-905617-91-6. 

脚注[編集]

  1. ^ 岡部(2012), p61
  2. ^ 海人社(1994), p16 先代のA級駆逐艦 (初代)Janusの表記。
  3. ^ 海人社(1994), p82
  4. ^ ヒル(1991), p299他
  5. ^ a b HMS Janus (F 53)”. uboat.net. 2018年8月11日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o HMS Janus (F.53) – J-class Destroyer”. www.naval-history.net. 2018年8月11日閲覧。
  7. ^ Connell(1987), p44 - p48
  8. ^ Charles (2002), p119
  9. ^ Charles (2002), p142
  10. ^ a b c HMS Janus (F53)”. www.hmscavalier.org. 2018年8月11日閲覧。
  11. ^ Charles (2002)や岡部(2012)ではジェーナスが被弾したのは航空魚雷であるとしており、また岡部(2012)はDo 217ではなくHe 111による雷撃としている。
  12. ^ Connell(1987), p227 - 228
  13. ^ HMS LAFOREY (G 99) - L-class Flotilla Leader”. www.naval-history.net. 2019年8月31日閲覧。
  14. ^ Connell(1987), p227

外部リンク[編集]

関連項目[編集]