シン・フェイン党

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アイルランド、
北アイルランドの政党
シン・フェイン
Sinn Féin
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党首 ジェリー・アダムズ
成立年月日 1905年
本部所在地

44 Parnell Square, Dublin, Republic of Ireland 及び

53 Falls Road, Belfast, Northern Ireland
ドイル・エアラン議席数
23 / 158   (15%)
(2016年)
政治的思想・立場 共和主義左派民族主義
民主社会主義
アイルランド統一
公式サイト www.sinnfein.ie
シンボル 緑色
国際組織 欧州統一左派・北方緑の左派同盟
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シン・フェイン党(シン・フェインとう、アイルランド語:Sinn Féin)は、1905年アーサー・グリフィスらによって結成されたアイルランドナショナリズム政党。現在の党首はジェリー・アダムズ英語版

概要[編集]

「シン・フェイン」とは「我ら自身」(英語:We Ourselves)という意味である。共和主義シン・フェイン党 (Republican Sinn Féin)とは区別される。歴史的にIRA暫定派と関係が深い。「ナショナリスト」と呼ばれるが、これはアイルランド民族主義を意味し、現在はイギリス領の北アイルランドを含めた統一アイルランド国家の建設を主張している。北アイルランドでは、「ユニオニスト」(連合王国派)、「ロイヤリスト」(王党派)と呼ばれるイギリス支配支持派と、長年にわたり抗争を繰り広げている。

2006年セント・アンドルーズ合意を経て、一定の妥協が成立し、2007年の北アイルランド政府再建後、ユニオニスト右派民主連合党(DUP)と連立するに至った。北アイルランド政府では民主連合党が首相を、シン・フェイン党が副首相を分け合い、権限は同格とされた。

2017年1月9日、シン・フェイン党のマクギネス自治政府副首相が辞職した。

2012年より、民主連合党主導で再生可能エネルギー導入計画を進めていたが、制度の欠陥から巨額の損失を出した。シン・フェイン党はアーリーン・フォスター自治政府首相(民主連合党)の責任を追及し、マクギネスが辞職に及んだものである。共同統治のため、フォスターも自動的に失職した[1]。2017年3月に行われた北アイルランド議会選挙は、定数108から90に減らされたが、シン・フェイン党は1議席減の27議席を得た。民主連合党は10議席減の28議席で、両党は伯仲した[2]。両党の膠着状態はその後も続き、北アイルランド政府は機能停止の状態が続いている。

アイルランド下院(ドイル・エアラン)では158議席中23議席、北アイルランド議会では90議席中27議席を占めている。イギリス下院にも7人の当選者を出しているが、エリザベス2世女王への宣誓を拒否して登院せず、議員歳費も受け取っていない[3]

2016年イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票欧州連合(EU)離脱がほぼ確実となったことを受け、デクラン・キアニー英語版幹事長はアイルランド統一の是非を問う住民投票を行うべきだと表明した[4][5]

2017年2017年イギリス総選挙で、与党保守連合党が過半数割れし、民主連合党との閣外協力協議を開始した。そこで、フィアナ・フォイル(アイルランド共和党)フィナ・ゲール(統一アイルランド党)労働党 (アイルランド)から、シン・フェイン党も対抗して登院すべきという批判があがった。アダムズ党首は、「どうしてアイルランドの指導者が、イングランドの女王に忠誠を誓うことができるだろうか」と題して反論した[3]。アダムズは、英国への忠誠を拒否する原則論を再確認した上で、自党が3議席を上積みし、ナショナリスト穏健派(英議会においても登院拒否をしていない)の社会民主労働党が惨敗(現有3議席→0議席)したことを指摘し、「積極的棄権主義」が支持されたことを強調した。

一方で、閣外協力そのものには反対を表明している。6月15日、保守連合党のテリーザ・メイ首相はシン・フェイン党幹部と会談し、理解を求めた[6]

参考文献[編集]

  • 西部邁 「シンフェーンの覚悟」『生と死、その非凡なる平凡』 新潮社、2015年、101-105頁。ISBN 9784103675068

脚注[編集]

関連項目[編集]