フィナ・ゲール

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アイルランド共和国の政党
フィナ・ゲール
Fine Gael
党首 エンダ・ケニー
成立年月日 1933年
本部所在地 51 Upper Mount Street, Dublin 2
ドイル・エアラン議席数
70 / 166   (42%)
(2014年)
シャナズ・エアラン議席数
18 / 60   (30%)
(2014年)
政治的思想・立場 キリスト教民主、中道
公式サイト www.finegael.ie
シンボル 青色
国際組織 中道民主インターナショナル
欧州人民党
欧州人民党グループ
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フィナ・ゲールアイルランド語:Fine Gael)は、アイルランドの政党。2011年の総選挙で第一党に躍進した。統一アイルランド党などと訳される。

政党の起源はアイルランド独立の戦いとマイケル・コリンズに始まるアイルランド内戦の際の英愛条約肯定派にある。

党史[編集]

結党と自由国草創期の「野党」[編集]

結党時に制定された党旗

1923年以来、アイルランドの政治は英愛条約賛成派のウィリアム・コスグレイヴ率いるゲール同盟が中心となり、 アイルランド自由国の国家建設を進めてきたが、1926年以降、デ・ヴァレラを中心とした条約反対派の支持が強まり、議会にてゲール同盟の 政治的優位を脅かすようになると、条約賛成派の大同団結と統一党派結成が必要であるという議論が高まった。 1932年の総選挙でフィアナ・フォイルが与党となると、その勢いはますます盛んとなった。

1933年、ゲール同盟は国民中央党(中道右派を標榜し、富農を支持基盤とした)と国民防衛軍(前陸軍戦友協会、俗に青シャツ隊)と 合同し、新政党「フィナ・ゲール」を結党した。初代党首のオーエン・オダフィは国民保守主義と連邦制による統一アイルランドを唱えた。

2010年代[編集]

エンダ・ケニー内閣

2011年総選挙[編集]

2011年2月25日に行われたアイルランド下院(ドイル・エアラン)総選挙にて、それまで最大野党だった同党が76議席を獲得し第1党となった。結党して以来、はじめて第一党となり[1]、中道左派の労働党と連立政権を組み、同党の党首であるエンダ・ケニーが第19代アイルランド共和国首相(Taoiseach)に就任し、内閣を組織した。

エンダ・ケニー内閣[編集]

発足当時の内閣は金融危機の後始末と経済再建が主な課題であった。

2015年、同内閣のヌーナン財務相が2016年度予算は2年連続で少額の減税と歳出増加[2]を中心とすることを明らかにした。

党首[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]