グギ・ワ・ジオンゴ

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グギ・ワ・ジオンゴ
Ngũgĩ wa Thiong'o
Ngugi wa Thiong'o - Festivaletteratura 2012.JPG
グギ・ワ・ジオンゴ(2012年) 
ペンネーム ングギ・ワ・ジオンゴ、ジェームス・グギ、ジェームス・ングギ[注 1]
誕生 (1938-01-05) 1938年1月5日(78歳)
Flag of British East Africa.svg ケニア植民地英語版
職業 作家
言語 英語キクユ語
国籍 ケニアの旗 ケニア
活動期間  
代表作 『したい時に結婚するわ』
主な受賞歴 朴景利文学賞(2016)
デビュー作 『黒人の救世主』
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グギ・ワ・ジオンゴ(Ngũgĩ wa Thiong'o, 1938年1月5日 - )は、ケニアの作家。当初は植民言語である英語を使用していたが決別し、現在は母語であるキクユ語を用いる。小説に始まり、戯曲、児童文学、映画、論文、批評まで幅広く手掛ける。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

ナイロビの西方約40キロに位置するリムルにあるカミリズ村付近の貧しい農家に生まれた。母ワンジクは父ドゥーシュの三番目の妻で、グギには異母を含めると兄弟姉妹が全部で28人いた。第二次世界大戦直後に両親は離婚。母は強制収容所に入れられ、同母の長兄ムアンギはケニア独立を求めたマウマウ団の乱に参加した。

文学活動の開始[編集]

東アフリカで当時最高峰の東アフリカ大学マケレレ大学)の英文科に在学中、創作活動を始め、1962年、「英語で書くアフリカ人作家会議」でチヌア・アチェベラングストン・ヒューズらの知遇を得る。1964年に『泣くな、わが子よ英語版』(「夜が明けるまで」とも)を発表。この当時はキリスト教徒としてJames Ngũgĩを名乗っていた。同年、大学を卒業。記者活動を経て、

英国留学[編集]

1965年から3年間、英国大使館奨学金を得てリーズ大学に留学し、主に西インド文学を専攻した。1965年、en:The River Betweenを発表。

帰国[編集]

帰国した1967年ナイロビ大学その他で教鞭を執った。1969年にナイロビ大の学生ストに対する大学当局の措置に抗議し、辞職した。マケレレ大学で教えた。

渡米[編集]

1971年から1年間、米国のノースウェスタン大学に招聘され、アフリカ文学を講義した。

帰国[編集]

帰国後は再びナイロビ大学文学部に勤め、のち文学科長となった。1973年ロータス賞受賞。

拘禁[編集]

1977年、『血の花びら』en:Petals of Blood (1977年)が反体制的であるとして、副大統領モイから母語であるキクユ語による民衆劇『したい時に結婚するわ』 Ngaahika Ndeenda (1977年10月)の上演禁止処分を受け、政治的な拘禁に遭う。拘禁中にはトイレットペーパーにキクユ語で小説『十字架の上の悪魔』 Caitaani mutharaba-Ini1980年発表)を書くなどしており、「闘う反体制作家」との評価がある(土屋哲『現代アフリカ文学案内』)。翌1978年にケニア初代大統領ジョモ・ケニヤッタが歿したため、1年間で釈放されたが、ナイロビ大学への復職は拒否された。逮捕を機に英語と決別し、真のアフリカ文学はアフリカ民族諸言語で書かれるべきとの信念を持ち、キクユ語作家となった。自身はこの転身を「過去との認識論的断絶」と表現している。

渡英[編集]

1982年8月に起きた空軍クーデター未遂事件英語版以降、英国からケニアに帰国できず、ロンドンを拠点に活動。

渡米[編集]

1989年から米国イェール大学客員教授。現在ニューヨーク大学カリフォルニア大学アーバイン校等で比較文学と演劇を教える。

来日[編集]

1976年1980年1992年に来日している。

著作[編集]

日本語訳
  • 一粒の麦 : 独立の陰に埋もれた無名の戦士たち / 小林信次郎訳. -- 門土社, 1981.3[15]
  • アフリカ人はこう考える : 作家グギ・ワ・ジオンゴの思想と実践 / 宮本正興編 ; アフリカ文学研究会訳. -- 第三書館, 1985[16]
  • 精神の非植民地化 : アフリカのことばと文学のために / 宮本正興, 楠瀬佳子訳. -- 第三書館, 1987.6[17]
    • 精神の非植民地化 : アフリカ文学における言語の政治学 / 宮本正興, 楠瀬佳子訳. -- 第三書館, 2010.6, 増補新版[18]
  • 夜が明けるまで : 動乱に蹂躙される小さき魂 / 松田忠徳訳. -- 門土社, 1989.4[19]
  • 川をはさみて / 北島義信訳. -- 門土社, 2002.7[20]
  • 泣くな、わが子よ / 宮本正興訳. -- 第三書館, 2012.1[21]

脚注[編集]

  1. ^ 新語時事用語辞典. http://www.breaking-news-words.com/2014/10/blog-post_74.html. 
  2. ^ Ngũgĩ wa Thiongʼo 1938-, Overview”. 2016年11月4日閲覧。
  3. ^ Ngũgĩ wa Thiongʼo (1964). Weep Not, Child. Nairobi: East African Educational Publishers. OCLC 85991434. 
  4. ^ Ngugi Wa Thiong'o (1965). The River Between. African writers series. London: Heinemann. OCLC 422146415. 
  5. ^ Ngugi wa Thiong'o (1965). The river between : [unparalleled as a chronicler of elementar change' the Gardian]. Oxford ; Portsmouth (N.H.). Ibadan, Nigeria: Heinemann, cop. 
  6. ^ James Ngugi (1967). A Grain of Wheat. Heinemann. OCLC 59028345. 
  7. ^ James Ngugi (1977-07-27). Petals of blood. Heinemann Educational Publishers. OCLC 714093442. 
  8. ^ Ngũgĩ wa Thiongʼo; Ngũgĩ wa Mĩrii (1980) (Kikuyu). Ngaahika ndeenda: ithaako ria ngerekano. Nairobi: Heinemann Educational Books. OCLC 7932380. 
  9. ^ Ngũgĩ wa Thiongʼo (1980) (Kikuyu). Caitaani mũtharaba-inĩ. Nairobi: Heinemann Educational Books. OCLC 7931777. 
  10. ^ Devil on the cross. African writers series. London: Heinemann. (1982). OCLC 802459718. 
  11. ^ Ngugi wa Thiong'o (1981). “Free thoughts on toilet paper”. Index on Censorship (SAGE Journals|volume=10 (June)) (3): 41-46. ISSN 0306-4220. http://online.sagepub.com/search?fulltext=Free+thoughts+on+toilet+paper&x=0&y=0&src=hw&andorexactfulltext=and&submit=yes 2016年11月4日閲覧。. 
  12. ^ Ngũgĩ wa Thiongʼo (,1981). Detained: A Writer's Prison Diary. Nairobi: :Heinemann. 
  13. ^ 復刻版Ngugi wa Thiong'o (1983年1月1日). “Detained: A Writer's Prison Diary (eBook)”. U.S.A.: eScholarship, University of California. 2016年11月4日閲覧。
  14. ^ Ngũgĩ wa Thiongʼo (2006). Wizard of the Crow. London: Methuen Drama. 
  15. ^ グギ・ワ・ジオンゴ 『一粒の麦 : 独立の陰に埋もれた無名の戦士たち』 小林信次郎 (訳)、門土社、1981年OCLC 672644106
  16. ^ グギ・ワ・ジオンゴ 『アフリカ人はこう考える : 作家グギ・ワ・ジオンゴの思想と実践』 宮本正興 (編)、アフリカ文学研究会 (訳)、第三書館、1985年OCLC 834503741
  17. ^ グギ・ワ・ジオンゴ 『精神の非植民地化 : アフリカのことばと文学のために』 宮本正興 (訳)、楠瀬佳子 (訳)、第三書館、1987年OCLC 6762556821
  18. ^ グギ・ワ・ジオンゴ 『精神の非植民地化 : アフリカ文学における言語の政治学』 宮本正興 (訳)、楠瀬佳子 (訳)、第三書館、2010年OCLC 703464249
  19. ^ グギ・ワ・ジオンゴ 『夜が明けるまで : 動乱に蹂躙される小さき魂』 松田忠徳 (訳)、門土社、1989年OCLC 673524728
  20. ^ グギ・ワ・ジオンゴ 『川をはさみて』 北島義信 (訳)、門土社、2002年OCLC 676618696
  21. ^ グギ・ワ・ジオンゴ 『泣くな、わが子よ』 宮本正興 (訳)、第三書館、2012年OCLC 774270998

注釈[編集]

  1. ^ 別名は多数使い分けていた。資料によってングギ・ワ・ジオンゴ、ジェームス・グギ、ジェームス・ングギ、Ngũgĩ wa Thiong'o (Ngugi wa Thiongo、Ngugi wa Thiong'o)、James Ngugi (James Thiong'o Ngugi)[1]を示すもの、あるいはさまざまな言語に翻訳されたことから、欧文に限っても表記はさまざまである。ʾEngugi wā Teyongon、James Ngugi、Kūki vā Tivāṅkō、Ngugi, Džeimss、Ngugi, Džejms、Ngũgĩ, James、Ngugi, James Thiongʼo、Ngugi Thiongʼo、Ngugi va Thyongo、Ngugi va Tiongo、Ngugi Va Tkhiongo、Ngugi wa Thiiong'o[2]
  2. ^ 初版はキクユ語[8]
  3. ^ 獄中、トイレットペーパーに書き後日『Caitaani mũtharaba-inĩ』として出版[9]。英語版の単行本『十字架の上の悪魔』Free thoughts on toilet paper[10]に先立ち、前年の1981年に同名の小説の翻訳版を掲載した雑誌は表現の自由を守る主張で知られ[11]、前後して獄中の様子を記した『拘留—ライターの刑務所日記』(Detained: A Writer's Prison Diary) を発表[12][13]

参考文献[編集]

  • 民族・歴史・文学 : アフリカの作家グギ・ワ・ジオンゴとの対話 / アフリカ文学研究会編. -- 三一書房, 1981.12

外部リンク[編集]