ガルミッシュ=パルテンキルヒェン
| 紋章 | 地図 |
|---|---|
| |
| 基本情報 | |
| 連邦州: | バイエルン州 |
| 行政管区: | オーバーバイエルン行政管区 |
| 郡: | ガルミッシュ=パルテンキルヒェン郡 |
| 標高: | 海抜 708 m |
| 面積: | 205.66 km² |
| 人口: |
27,149人(2016年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 132 人/km² |
| 郵便番号: | 82467 |
| 市外局番: | 08821 |
| ナンバープレート: | GAP |
| 自治体コード: | 09 1 80 117 |
| 市庁舎の住所: | Rathausplatz 1 82467 Garmisch-Partenkirchen |
| 公式ウェブサイト: | www.gapa.de |
| E-Mail: | rathaus@garmisch-partenkirchen.de |
| 行政 | |
| 市長: | ジーグリート・マイアーホーファー(SPD) |
ガルミッシュ=パルテンキルヒェン(Garmisch-Partenkirchen)はドイツ連邦共和国のバイエルン州に属する都市である。1936年冬季オリンピック、ガルミッシュ=パルテンキルヒェンオリンピックが開催されたことでも知られる。人口は約27,000人である。
地勢・産業[編集]
オーストリアとの国境近く、ツークシュピッツェ山の北麓に位置する。約80キロ北東にミュンヘン、約35キロ南東にオーストリアのインスブルックがある(ただし直線距離)。ミュンヘン、ツークシュピッツェ、インスブルック、ロイッテに鉄道が通じる。
鉄道のガルミッシュ=パルテンキルヒェン駅と線路を隔てて、東がパルテンキルヒェン、西がガルミッシュである。パルテンキルヒェンをパルトナッハ川が、ガルミッシュをロイナッハ川が流れており、街の北で合流する。ガルミッシュ=パルテンキルヒェン始発のバイエルン・ツークシュピッツ鉄道で、ツークシュピッツェ山の山頂付近まで登ることができる[2]。途中駅のアイプ湖からはリッゲンバッハ式鉄道になる。終点駅からはロープウェーで山頂まで到達できる。
歴史[編集]
中世より水運の要所であった。この近辺での物資の積み替えは、アウクスブルクに拠点をおくフッガー家が担っていた。17世紀の三十年戦争では多大な被害を受けた。19世紀にバイエルン王国の領土となり、同世紀末にミュンヘンと鉄道で結ばれ、一大リゾート地として発展することになった。
街の名前が長いのは、もとはガルミッシュとパルテンキルヒェンは別の街であったためである。この地に1936年開催予定の冬季オリンピックを時のナチス政府が誘致しようとしたところ、街の規模が小さく開催地の基準に満たなかったことから、基準を満たすように2つの街を合併したものである。合併に際しては住民の多くは反対であったようであるが、政府の強力な主導で1935年、冬季オリンピック開催を前に、ガルミッシュとパルテンキルヒェンが合併して現在の街となった。
文化[編集]
作曲家リヒャルト・シュトラウスが、その晩年をこの地で過ごした。名誉市民の称号も受けており、街にはリヒャルト・シュトラウス博物館もある。また、「はてしない物語」などの代表作で知られるミヒャエル・エンデの出生地でもある[3]。
かつての冬季オリンピック(1936年)、アルペンスキー世界選手権(1978年、2011年)の開催地であり、現在もスキージャンプ週間第2戦の開催地でもあることで、ウィンタースポーツが盛んな場所として世界的に知られている。
人物[編集]
出身者[編集]
- ミヒャエル・エンデ - 児童文学作家
- ミリアム・ゲスナー - バイアスロン選手
- ハンス=ヨアヒム・スタック - レーシングドライバー
- マグダレナ・ノイナー - バイアスロン選手
ゆかりの人物[編集]
- フェリックス・ノイロイター - アルペンスキー選手。ミュンヘンで生まれ、同市で育った。
脚注[編集]
- ^ バイエルン州統計・データ管理局 — 人口状況
- ^ 『世界で一番美しい山岳鉄道』 エクスナレッジ、2015年、61頁。ISBN 978-4-7678-2045-3。
- ^ 『ペーターのドイツ鉄道旅行案内』 2012, p. 52.
参考文献[編集]
- ペーター・エンダーライン 『ペーターのドイツ鉄道旅行案内 ライン川と七つの街道を行く』 平凡社〈平凡社新書〉、2012年。ISBN 978-4-582-85642-2。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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