エリック・ゼムール

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エリック・ゼムール (フランス語:Éric Zemmour、1958年8月31日 - )はフランス作家ジャーナリストセーヌ=サン=ドニ県モントルイユ出身。フィガロ紙やフィガロ・マガジンでコラムを執筆している。また、テレビ番組フランス2やラジオ・ルクセンブルク(RTL)などにも出演している。またパリ・プルミエールでも番組をもつ[1]


経歴[編集]

1958年8月31日セーヌ=サン=ドニ県モントルイユアルジェリアユダヤ人の家庭に生まれた[2][3]アルジェリア戦争の際に一家はフランスに渡った[4]。祖先は1000年もの間アラブ人と共存してきたベルベル系ユダヤ人であるという[2][5]。父はロジェはコ・メディカルで、エリックはドランシ、パリ区域のシャトールージュで青年期を過ごした[6]。父は家庭にしばしば不在で、母と祖母から男らしさを教わった[7]

パリ政治学院卒業後, フランス国立行政学院を二度受験した[8]。1986年、新聞 Le Quotidien de Parisで政治部記者、Info-Matin紙で社説を担当、1996年にフィガロ紙で政治記者となった[9]。2009年にフィガロ・マガジンでウィークリーコラムを執筆。政治記者としての活動を評価され、2006年にフランス国立行政学院アドミッション委員になった[10]

作家活動

エドゥアール・バラデュールジャック・シラクの評伝や小説を書いた。

2006年にはLe Premier sexeで社会の女性化について論じた。2010年の「フランスの憂鬱」では「政治的過誤賞(Prix du livre incorrect)」を受賞した[11]

テレビ

2003年以来、I-Télé局の番組で毎週出演。Canal+フランス2の番組にも出演。フランス2On n'est pas couchéでは、ローラン・リュキエ、ミシェル・ポラック、エリック・ノローとともに「正直な批判」を本、映画などについて論じた[12]。ケーブルネットワークHistoireの番組Le grand débatにも出演[13]。2010年以来、ラジオ・ルクセンブルク(RTL)でZ comme Zemmourを毎週月曜日と金曜日に放送[14]


ジャン=マリー・ル・ペンは、評価できるジャーナリストはエリザベス・レヴィ、セルジュ・モアティ、エリック・ゼムールの三人だけだと述べた[15]。ゼムールは、ル・ペンの発言はユダヤ系のジャン・ピエール・エルカバック、イヴァン・ルバイを批判したスキャンダルを踏まえたもので、同じユダヤ系の自分を入れるのは皮肉だとし、そんなことはみんな分かっていることだと述べた[16]


2009年、ラッパーのユスーファが歌詞でゼムールを黙らせろといったり、また侮蔑したことに対して、犯罪的で公然たる人身攻撃であると批判した[17]。ユスーファは殺害予告や攻撃ではなく、ゼムールを黙らせるというのは、彼を彼の居場所に戻すということだと反論した[18]。2011年、裁判でゼムールは勝訴し、EMIフランスは賠償金を支払った[19]

発言[編集]

新自由主義批判[編集]

ゼムールは政治的スペクトルでは右派であると自称しているが、左翼右翼で選挙することには批判している[20][21]。ゼムールはゴーリスト(ド・ゴール主義)で、ボナパルティストの伝統にあると称している[21][22][23]。ゼムールは社会的なイシューについては保守主義的なスタンスであり、経済的なイシューについては反リベラリズムであり、家族伝統など社会秩序を変革することは間違った結果となると主張し、個人を過剰に自由にさせることは孤立や消費者という地位のみに限定することになると主張している[24]。また、現在、学術文化やメディアなどで支配的な左派・進歩派の勢力による既存の秩序への批判については、そうした批判が秩序や規範を強化することを構成しているため要求することは不可能だと批判している[24]

また欧州連合(EU)によって、右派も左派も「同じ経済政策、社会的リベラリズムまたはリベラルな社会主義」を受け入れざるを得なくなり、協力することができなくなっていると指摘している[25]

人権[編集]

ゼムールは反人権派であり、人権派政治家のベルナール・クシュネルや、作家のベルナール=アンリ・レヴィを批判し、人道的介入政策は新植民地主義であると批判している[26]

移民[編集]

フランスの同化政策を支持するゼムールは、移民や、過度に寛容な移民を統合する現在の政策モデルには強く反対している[27]。移民は「人口学的な津波」であると述べた[28]。ゼムールは、ティエリー・マリアニに賛同して、家族的再統合のための適切な遺伝的な試験を要求している[29]

人種についての発言[編集]

ゼムールは、黒人白人はそれぞれ異なる人種に属しており、これはヒエラルキーでランキングすることなく、皮膚の色によっても識別できる、また、メラネシア人アンティル諸島人は同じ人種であると述べ、「もしこうした人種がなければ、混ざり合うこともなかった」「ナチス時代の人種の神聖視は人種の否定でもあった。こうした議論は双方ともばかばかしいことだ」と述べた[30]

またゼムールは、白人の労働者は、若い白人女性をセクシャルに誘惑するための派手に着飾った男らしさを持つ黒人やアラブ人との競争では、全く無力なものとなっていると嘆いた[31]

反人種主義[編集]

ゼムールは、1980年代の反人種主義の運動は判定されねばならないとものべている[32]。反人種主義とフェミニズムの運動は「フランスとヨーロッパの疑似エリート」から引き出されたものだとした[4]。反人種主義の進歩主義共産主義の後継者であり、1930年代のコミンテルンによって発展した全体主義的に方法にもとづいているとした[33]。反人種主義は1983年に左翼が経済的リベラリズム転向したことを忘れさせるためにフランソワ・ミッテランが開始した戦略であり、自らの共産主義幻想を諦めたかつての左翼の心の隙間をうめるイデオロギーであり、彼らにとって移民は革命的な人民の代わりとして見つけられたのだ、と論じた[4]

裁判[編集]

ゼムールが2010年5月6日、Salut les Terriens番組で自著『フランスの憂鬱』を紹介した際に、「移民の背景を持つフランス人は警察から検査を受けるべきで、なぜなら麻薬密売人は黒人とアラブ人だからだ、これは事実だ」と述べたことに対して、「レイシズムと反ユダヤ主義に対抗する国際リーグ(LICRA) は法的な手続きで対抗することを決定した[34]。また同日、ゼムールは「雇用者は黒人とアラブ人を拒否する権利がある」とものべた[35]。クラブアヴェロエス[36]とNGOのMRAPは視聴覚最高評議会に訴えた[37][38]

LICRAによる法的手続きがはじまると、国境なき記者団の創設者ロベール・メナールはゼムールを支持した[39]

2010年3月23日にゼムールがLICRAに送った手紙[40]で、元老院のクリスティアン・デロルムの見解を紹介した[41]。また、ファルハド・コスロクハヴァールの「刑務所におけるイスラム」を引用し、司法省の調査では、受刑者の70 〜 80%がイスラムの受刑者であるとのべた。L'EXPRESS紙は、コスロクハヴァールの評価は、センシティブな区域におけるもので、政府公式の統計ではないと評した[42]

MRAPは、社会の周縁化、ある地域における貧困の集中、ゲットー化でなく、民族的な背景と犯罪がむずびつけられることに抗議した[43]。ベノイスト・フレルは、皮膚の色と犯罪は現実には無関係であるとし、ゼムールをプロトファシストだと非難した[44]

他方、裁判官フィリップ・ビルジェはゼムールの意見は適切で、多くの密売人が黒人とアラブ人であると述べた[45][46]

2010年3月30日、NGOのSOSレイシズムの要請に応じてゼムールは2010年6月29日の法廷にたち、人種的名誉毀損や煽動という訴えについては答えを持っているとのべた[47]。この日の最高裁17回法廷は、反人種主義組織によるシビル・アクションの過激化によって、延期が決定された[48][49]。裁判中ゼムールは、ロベール・メナールや、エリック・ノーロー、デニス・ティリニャック、政治家のクロード・ゴアスゲン、サビエ・ローファーらの協力を得た[50]

2011年2月18日の第17回パリ犯罪法廷の判決では、テレビでの発言は「中傷」ではなくショッキングなものであったとされたが、不適切であったとして€2,000の支払いが命じられた。第一判決では損害賠償 €1,000と法的費用€2,000を三つの団体に合計€9,000の賠償金、第二判決では計€1,502の支払いがゼムールに命じられた[35][51]

2011年3月2日、エルヴェ・ノヴェリの招待で[52]ゼムールは国民運動連合(UMP)の議員によって熱烈な歓迎をうけた[53]。UMPでの会合で、ゼムールは人種差別禁止法や記憶法の廃止、反人種差別組織による告発を一掃すること、そうした組織への活動助成金などを廃止することを提案した[54]

2011年3月5日フランス・テレビジョンCEOのレミー・フリムリンはフランス2番組にゼムールが参加することを停止した[55]。 SOSレイシズムのドミニク・ソポがレミー・フリムリンにゼムールへの制裁を求めた[56]。労働組合の一般労働連合もレミー・フリムリンに対策を求めた[57]

フェミニズム、ゲイ批判[編集]

ゼムールは20世紀の社会では脱男性化現象が進展し、女性や同性愛者ははかつては相対的過剰人口であったが、消費者として現代の資本主義の要求を満足させる存在となったと主張している[58][59]。また、フェミニストはフランス社会の歴史を否定し拒絶して、ポリティカル・コレクトネスになろうとするデマゴーグであると主張している[60]。また、「ゲイイデオロギー」は、男性を女性のように行動することを奨励していると指摘している[22]。 小説Petit Frèreでは「伝統的な社会においてはや秘密があった。人生への尊敬があり、死への恐怖があった」と登場人物が語っている。

こうしたゼムールの見方は、フランス保守派のClub de l'Horlogeにとって価値あるものだと指摘されている[61]

著書[編集]

ノンフィクション[編集]

  • 1995年 : Balladur, immobile à grands pas, Éditions Grasset
  • 1998年
    • Le Livre noir de la droite, Grasset et Fasquelle
    • Le Coup d'État des juges, Grasset et Fasquelle
    • Une certaine idée de la France, collectif, France-Empire
  • 2000年 : Les Rats de garde, en collaboration avec Patrick Poivre d'Arvor, Stock
  • 2002年 : L'Homme qui ne s'aimait pas, Éditions Balland
  • 2006年 : Le Premier Sexe, Denoël
  • 2010年 : Mélancolie française, Fayard /Denoël. republished Le Livre de poche, 2011年.
  • 2011年 : Z comme Zemmour, Le Cherche midi éditeur
  • 2012年 : Le Bûcher des vaniteux, Albin Michel
  • 2013年 : Le Bûcher des vaniteux 2, Albin Michel

小説[編集]

受賞歴[編集]

  • 自由の表現賞 (Prix de la Liberté d'expression) 2010 (Enquête & Débat)
  • 不正な本賞 (Prix du livre incorrect) 2010
  • リシュリュー賞(Prix Richelieu) 2011 (フランス語の防衛に関して)

参考文献[編集]

  • Chems-Eddine Hafiz, De quoi Zemmour est devenu le nom, Éditions du Moment, Paris, 2010
  • Mohamed Sifaoui, Éric Zemmour, une supercherie française, Armand Colin, Paris, 2010

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Zemmour et Naulleau : les snipers du PAF à l'antenne le 23 septembre
  2. ^ a b Les Grandes Gueules, January 7, 2008, video: "I come from North Africa. My ancestors were Berber Jews. ... They lived with the Arabs for 1,000 years."
  3. ^ According to the January 7, 2008, Grande Geules program, published on the blog of Grandes Geules, Éric Zemmour was invited at 1 pm to present his book Petit Frère
  4. ^ a b c Nicolet, Laurent (July 14, 2008), “Entretien Éric Zemmour”, Migros Magazine 
  5. ^ Éric Zemmour: "I am not asking for the francization of surnames", Article in L'Express by Laurent Martinet, published on March 11, 2010: "I was born in Montreuil in Seine-Saint-Denis. I am therefore not an immigrant ... and my parents were French. But my origins are indeed Berber and my name does indeed mean 'olive' in Berber."
  6. ^ Monnier, Vincent (February 7, 2008), “Éric Zemmour: passé recomposé”, Le Nouvel Observateur 
  7. ^ Klein, Klara (June 10, 2006), “Le mâle être”, Le Soir 
  8. ^ Mpome, Suzanne, Interview d'Éric Zemmour (seconde partie), http://www.surlering.com/article.php/id/4646 
  9. ^ Who's Who in France
  10. ^ Éléments d’information sur les membres du jury 2006, http://prepena.sciencespobordeaux.fr/IMG/doc/infojuryENA2006.doc 
  11. ^ Talk with the author by Christophe Dickès, Éric Zemmour : Mélancolie française ou l’idéal romain dans notre Histoire, on Canalacademie.com, uploaded March 18, 2010.
  12. ^ [1] Ruquier : " Pourquoi je me sépare de Naulleau et Zemmour ", leparisien.fr, 2011
  13. ^ [2]Le grand débat,2009
  14. ^ [3]Eric Zemmour : " Je ne suis pas un provocateur ",January 4, 2012,Aurelie Demarcy,toutelatele
  15. ^ Dufay, François (June 7, 2002), “La fronde des intellos”, Le Point 
  16. ^ Le Bohec, Jacques (2004). L'Harmattan. ed. L'implication des journalistes dans le phénomène Le Pen. p. 103. ISBN 978-2-7475-7020-6. 
  17. ^ April 21, 2009, edition of Le Monde
  18. ^ Interview with the singer Youssoupha in Le Parisien on March 21, 2009
  19. ^ E.Zemmour fait condamner un rappeur”. Le Figao.fr (2011年10月26日). 2013年8月9日閲覧。
  20. ^ On n'est pas couché on September 8, 2007.
  21. ^ a b Éric Zemmour answer questions online on L’Express
  22. ^ a b Interview with Éric Zemmour by Nicky Depasse on Nostalgie Belgique on June 17, 2007.
  23. ^ Jean Sévillia, « Zemmour. Feu sur les idées reçues », Le Figaro, February 26, 2010
  24. ^ a b Zemmour, Éric (October 12, 2007), “Immigration: le réel interdit”, Le Monde .
  25. ^ Ça se dispute, i>Télé, September 2007
  26. ^ Zemmour, Éric (November 11, 2007), “Nicolas Sarkozy ou le soixante-huitard malgré lui”, Le Figaro 
  27. ^ Fabrice Madouas, « Éric Zemmour : "La droite a perdu ses repères" », Valeurs actuelles, March 25, 2010.
  28. ^ Interview in Le Choc du mois no. 27, November 2008.
  29. ^ Ripostes, France 5, September 23, 2007.
  30. ^ Arte on November 13, 2008。Paris/Berlin : le débat, transcript of the November 13, 2008, show.
  31. ^ Cypel, Sylvain. "Deciphering the Quenelle." New York Times. 23 January 2014. 23 January 2014.
  32. ^ Interview with Éric Zemmour by Monique Atlan on the show "Quelle étagère...", January 14, 2008
  33. ^ Éric Zemmour, Immigration : le réel interdit, Le Monde, October 12, 2007.
  34. ^ La LICRA va poursuivre en justice Éric Zemmour, March 16, 2010, on lemonde.fr
  35. ^ a b Eric Zemmour condamné pour provocation à la discrimination raciale
  36. ^ AFP, « Respects veut voir Zemmour en banlieue »,Le Figaro, March 12, 2010
  37. ^ AFP, «Zemmour : le MRAP en appelle au CSA », Le Figaro, March 9, 2010.
  38. ^ AFP, « Propos d'Éric Zemmour: le CSA saisi », Le Figaro, March 11, 2010.
  39. ^ « Robert Ménard défend Eric Zemmour dans l’émission « C’ à dire » sur France 5 », Novopress.info, March 29, 2010.
  40. ^ lettre à la LICRA
  41. ^ AgoraVox Et si l’affaire Zemmour faisait réfléchir ?
  42. ^ Eric Zemmour: "Je ne demande pas la francisation des noms" – L'EXPRESS
  43. ^ MRAP
  44. ^ Affaire Zemmour-Bilger : "des propos aberrants" on the website of TF1.
  45. ^ Philippe Bilger, « Éric Zemmour ou le trublion officiel », March 17, 2010
  46. ^ « Un haut-magistrat défend les propos controversés de Zemmour », leParisien.fr, 24 mars 2010.
  47. ^ Éric Zemmour assigné le 29 juin par SOS Racisme, leparisien.fr
  48. ^ « Le procès Zemmour renvoyé au mois de janvier » on the website FranceAntilles.fr
  49. ^ French Provocateur Enters Battle Over Comments in The New York Times on February 11, 2011.
  50. ^ 2ème jour du procès d'Eric Zemmour : place aux soutiens de Zemmour, Enquête & Débat, 14 janvier 2011
  51. ^ “Eric Zemmour condamné pour provocation à la discrimination raciale”, 20 minutes.fr, (February 18, 2011), http://www.20minutes.fr/article/672603/societe-eric-zemmour-reconnu-coupable-provocation-discrimination-raciale 
  52. ^ L'invitation de Zemmour à un débat de l'UMP indigne SOS Racisme
  53. ^ Eric Zemmour ovationné par les élus UMP
  54. ^ Zemmour expose sa liberté d'expression à l'UMP
  55. ^ Rémy Pflimlin ne désavoue pas Éric Zemmour.
  56. ^ SOS racisme attends des sanctions contre Zemmour
  57. ^ Lettre ouverte de la CGT
  58. ^ Vincent Cespedes (2006), “Mais pourquoi est-elle si méchante ?”, Compte-rendu du philosophe, http://www.vincentcespedes.net/fr/articles/mais-pourquoi-est-elle-si-mechante-13.php 2008年8月25日閲覧。 
  59. ^ Laure Joanin (2006), “Interview de Eric Zemmour”, Actualite du Livre, http://archive.wikiwix.com/cache/?url=http://www.actualitedulivre.com/interview.php?sur=Eric%2520Zemmour&title=Interview%20d%27%C3%89ric%20Zemmour .
  60. ^ Cali Rise (April 6, 2006), “Interview Éric Zemmour”, Impudique Magazine, http://www.impudique.net/2006/04/interview-eric-zemmour/ 
  61. ^ Caroline Fourest, « Les petits calculs d'Eric Zemmour », Le Monde, March 26, 2010.