アードバーク (レーベル)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アードバーク
AARD-VARK
親会社ヤマハ音楽振興会
設立1972年
現況2000年、ヤマハがヤマハミュージックコミュニケーションズレーベル設立を機に廃止
販売元キャニオン・レコード
→ポニーキャニオン
ジャンルJ-POP
フォークソング
ニューミュージック
日本の旗 日本

アードバーク(AARD-VARK)は、映像・音楽ソフトメーカー、ポニーキャニオン(旧:キャニオン・レコード)にかつて存在した社内レーベルの一つ。

沿革[編集]

キャニオン・レコードは1970年(昭和45年)に第1回作品を発売したが、設立当初は大手芸能事務所とのコネクションの希薄さや音楽制作スタッフの層の薄さから、ヒット作品を思うように生み出せなかった。芳しくない業績立て直し策のひとつとして、アルバムの発売が中心だったエレックレコードと同社が所有する原盤の作品をシングルとして発売する契約を結び、その発売用レーベルとして誕生した。

1972年5月5日、レーベル第1弾作品佐藤公彦「通りゃんせ」を発売。

1972年にヤマハ原盤でCANYONレーベルから発売したもとまろサルビアの花」が大ヒット。ヤマハから信頼を得たキャニオン・レコードは、1973年以降、ヤマハ原盤のシングル・アルバムをアードバークからリリース。特に1970年代後半から1980年代前半の同社の業績に大きく貢献した。

2000年、ヤマハがヤマハミュージックコミュニケーションズを設立したのを契機に、アードバークを使用した新譜は発売されておらず、それ以降では旧譜の発売時にレーベル名が表記されるのみとなっている。

アードバークから発売された主なシングル[編集]

基本的に、キャニオン・レコード(ポニーキャニオン)に原盤権のないフォークロック系の作品をリリースするレーベルとして機能したが[注 1]、同社が原盤権を保有するはずの岡崎ひとみ「ひとこと言えば」や松山千春旅立ち」はアードバークから発売されている。例外的に、ヤマハに所属していた小林千絵チェッカーズは本レーベルを使用せず、CANYONから作品を発表した。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ キャニオン・レコードが原盤を保有するフォーク・ロック系の作品は、メイン・レーベルのCANYON(後のPONY CANYON)のほか、F-LABELやSEE SAW、T・E・N・Tなどからも発売された。

出典[編集]