アラ・カチュー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

アラ・カチューキルギス語: Ала качуу)とは、キルギスなど中央アジアのいくつかの国で行われている婚姻形態の一つで、誘拐婚の一種。研究者であるクラインバック、アブレゾバ、アイティエヴァの論文によると言葉の定義は広い[1]。狭義には若い男性が友人たちと共に女性を説得し、あるいは力づくで誘拐し、親族の待つ家まで連れていくことを示す[1]。求婚された女性は結婚を承諾するまで、男性の親族である女性たちに部屋に閉じ込められ、説得され続ける[1]。その過程で女性が一晩監禁されたり性的暴行を受けることもある[1]。国民の75%がイスラム教徒であるキルギスでは[2]、処女性は婚姻の際に重視される[3]。そのため、断れば女性はその後結婚できなくなることが多い[2]1994年に法律で禁止された[2]。しかし警察も裁判官も黙認している[4]。そのため依然としてアラ・カチューは続けられ、国際的にも大きな人権問題として取り上げられている[5]。名称の由来はキルギス語で「掴んで逃げる(grab and run)」と言う意味である[6]。元々は古代の穏やかな結婚の形を差す言葉だった(後述)。

概要[編集]

地方を中心に、首都ビシュケクでも行われている。キルギスではソ連の崩壊後、反米主義とそこから来る伝統回帰を求める動きが活発になっている[7]。エポックタイムズによると、2010年の時点で過去半世紀以上に渡ってキルギス国内での問題となり、年々方法は暴力的なものとなっているとされる[8]

フィラデルフィア大学英語版のラッセル・クラインバック名誉教授は既婚女性の35-45%がアラ・カチューによる結婚を強いられていると推定している[4]。68-75%のキルギス国内での結婚は誘拐婚によるものだと、誘拐婚撲滅を目指すNGO設立者のGazbubu Babayarovaは主張している[9]。しかし、本来イスラム教では、女性の合意がない結婚を認められていない[10]。 8割の女性は誘拐された後その家にそのまま嫁ぐ[11]。少なくとも三分の一の既婚女性が自分の意志に反して誘拐されている[12]2011年のThe Advocates for Human Rights の調査結果では、アラ・カチューが以後さらに増加する可能性が指摘された[13]。その正確な数については分かっていない[14]

歴史[編集]

2000キルギス・ソム紙幣に描かれるマナス

研究者であるToursunof及びAbdyldaevaによると、アラ・カチューは元々古代キルギスに見られた、敵の一掃と部族繁栄のために他の部族から結婚できる女性を攫うという慣習を意味した[1]。この慣習では女性は合意の上で婚約者の元に連れていかれ、望めば離婚もできた[1]。研究者のAbramzonは合意のない誘拐はそういった慣習とは異なったものであると指摘している[1]。暴力的な誘拐婚としての風習を正当化する人々の一部は、叙事詩として語り継がれる英雄マナスの時代から存在する風習だと主張するが、叙事詩にその記述は見られない[15][注釈 1]。この風習が広がったきっかけには諸説あり、12世紀にイスラム教が伝わったことや、民族間で馬や女性を奪い合う文化に基づいて生まれたとする指摘もある[12]。クラインバックの指摘によると、この風習が生まれたのはソ連時代に入り、遊牧から定住に生活が大きく変化したことが切っ掛けである[4]。それまで見合い結婚がキルギスでは主流だった。当時の誘拐婚は親の決めた結婚に反対し、駆け落ちするためのものであった[17]。しかしソ連の時代に遊牧生活から定住生活に変化し、男女平等の考え方が広がった結果、自由恋愛によって自分で結婚相手を選びたいと考える人々が増えた[17]。その際、過去に行われた駆け落ちが曲解されて伝わっているケースが指摘されている[18][19]。この風習の大本は、旧ソ連の内コーカサスに伝わる土着のものである[10]。 ソ連時代にアラ・カチューは禁じられ、現在もそれは続いている。しかしソ連からの独立を切っ掛けとして、急激にアラ・カチューは広がった[20]2001年には国会でキルギスにおける男女の平等が受託され、2003年には大統領の署名も得ている[13]。 特に農村部では女性が就学年齢である16歳から被害に遭うことが多い。そのため、2011年に可決した女性の婚姻年齢を引き上げる法案はアラ・カチューから保護するために作られた[21]。また、アラ・カチューを原因とする生活難によって二人の女性が自殺した後、改善を要求する声が両親たちから上がった[22]。 2013年1月の法改正で、女性の誘拐による懲役刑が3-7年だったものが5-10年と罰則が強化された[23]

地域[編集]

元はキルギスの地方における風習であったが、Viceのドキュメンタリーによると2007年に公開された映画『盗まれた花嫁』の影響で、都市でも増加している[18]。一方で首都ビシュケクでも行われていることを知る人間は少ないとされる[23]。キルギス国内以外では、カザフスタンでも行われたケースが確認されている[24]

プロセス[編集]

1.花婿の家庭で結婚式の準備を行う
花嫁のいない状態で、料理や誘拐の手順などの準備を行う[18]。誘拐は花婿を含む複数で行われる。誘拐の前に親族からの祝福を受け、彼らは花嫁の誘拐に乗り出す。誘拐の対象となるのは17-25歳の女性である[25]。これは女性の平均寿命の関係や[注釈 2]、女性が積極的に結婚に合意を示すことが風習として好ましくないものと考えられるなどの理由が挙げられる[18]。しかし、実際は対象となる女性に結婚不可とされる年齢の女性も含まれる[27]。この際花嫁が情報を入手したために逃亡することもあるため、短期間で計画を練ることが多い[28]。また、男性が誘拐する予定の女性を変えることも多々ある[29]
2.花婿とその仲間が花嫁を攫う
花婿と花嫁の関係は大きく2パターンに分かれる。一つは花婿と花嫁が互いに知り合いである場合で、もう一つは花婿のみが花嫁を知っているケースである。どちらの場合にも諸々の理由により、アラ・カチューは発生しうる。女性が一人で歩いている時や家にいる時を狙って、花婿たちは誘拐を起こす。花嫁の友人が誘拐の助けに入ることもある[18]。ここでは知り合い同士であっても女性が逃げようとするケースが多い。この時点で結婚を拒む女性は泣き叫び、抵抗するが押さえつけられる。花婿側は涙は幸せな結婚になる予兆として考えている[8]。警察や裁判官は家庭内の問題であるとして、関わりを持とうとしないことが多い[4]。稀に女性が自分が処女でないことを伝えた結果、誘拐が止められたケースも存在する[30]。また、中には女性の合意を得て連れ去る男性もいるが[4]、これについては後述する。ちなみにこの際、暗黙のルールとして誘拐された女性が結婚を拒否し続けた場合、家に帰さなくてはならないというものが存在する[31]。需要の関係で外国の旅行者などが誘拐される可能性はないとジャーナリストの林典子は主張している[32]
3.花婿の家庭の女性が花嫁に結婚を迫る
花婿たちが女性を誘拐すると、今度は彼女を自分の家に連れて帰る。そこで今度は花婿の親族の女性たちがコショゴと呼ばれる幕のほうに連れていき[33]、花嫁となる女性を囲って捕え、ジュールクという白いスカーフを被せられる。これを被った女性は婚約者がいると認識されるため、結婚を了承したと認識される[11]。ここで結婚を拒む女性は数時間から数日に渡って抵抗する[18]。スカーフを被せられると結婚したと認識され、花婿の家族として花嫁は迎えられる。ここで84%もの女性が結婚を承諾するとされている[34]
4.花婿の家族が花嫁の家族に結婚の事後承諾を得る
盗人として花嫁を盗んだ場合、一度実家の了承を得るケースと、そうでないケースがある[18][11]。多くの女性の家庭では花嫁を家族が引き取ることがない。これはキルギスではすでにアラ・カチューが風習として染みつき、結果娘が穢れたものとされると後の結婚相手を得ることができず、村八分にされるからである[23]。例え取り返したとしても、親戚や周囲の人間に風習を理由に娘を元に戻すよう言われ、結婚してしまうケースもある[18]。例え結婚したあと戻ってきたとしても、家庭内に居場所がなく[8]、売春に走るケースもある[18][注釈 3][注釈 4]。場合によっては花婿の家族が償いとして、花嫁の家族に仔牛や羊、酒や菓子などの贈り物が贈られることがある[37]
5.正式な結婚の手順を行い、夫婦になる
法律的な権限はないものの、ニカという結婚式を行い、その中でイスラムの聖職者であるムラーの認可を得る。それにより結婚は正当なものと認識される[18][21]。その後お祝いと初夜を経て二人は夫婦となる。この際酒や料理が振る舞われ、夫婦が一晩過ごした後のシーツが女性の純潔を示すものとして外に晒される[6]。花嫁は花婿の一族に認められる必要があるため、労働に駆り出される[18]

行われる理由[編集]

キルギスの伝統的な移動式テントであるユルト。この中でニカが執り行われる。

社会的要因[編集]

貧困による結婚の資金難
正当な結婚には金が掛かるため、貧しい人々は結婚することができない。そこで非正規のアラ・カチューを行うことで、結婚に掛かるコストを下げ、労働力として女性を家庭に入れることができる[8]ニューヨーク・タイムズによると、普通の婚姻では大体牛一頭に800ドル程の金銭的負担を強いられる[12]。キルギス全体の平均年収は2010年の時点で平均2150ドルであり、さらに経済的に停滞している南部だとその半額以下となるため[38]、その金額を用意することは難しい。1999年国際労働機関の調査によると、人口の55.3%が貧困と呼べる状態にあり、さらに地方ではその割合が80%にまで上昇する[39]
女性の権利の低さ
旧ソ連より以前の時代から、この地域の女性に求められたものは性的、及び社会的役割である子供の出産と育成、そして夫への服従であり、元々女性の地位が極端に男性のそれより低かった[40]。前述の通り2013年1月の法改正で、女性の誘拐による懲役刑が3-7年だったものが5-10年に変わり、羊の窃盗と同等の刑罰を受けるようになった[23]。それまで女性の価値は羊よりも軽いものと判断されていた[21][41][注釈 5]。これらのことは、女性の地位が男性のそれよりも著しく低いことを示しており、アラ・カチューの広まる一つの要因となっている。キルギスでの性差は、2013年の法案にも反映されるなど[43]、現代でも男性優位は変わらない。一方で前述のプロセスにも記載がある通り、花嫁の説得には女性の力が必要とされるとして、単純な男尊女卑だけではないとする考えをジャーナリストの林は主張している[44]
社会的抑圧
社会的抑圧は男女両方に適応される。女性の場合は年配の人々から、伝統としてアラ・カチューによる結婚を望まれることが多い。男性は金銭的問題及び一定の年齢で結婚することを家族から望まれることが多い[37]。また、一部の男性は男性らしさの象徴として、アラ・カチューの正当性を主張することもある[8]。また、キルギスでは年配の女性を敬う風習があるとされ[45]、その中でアラ・カチューを望まれることがある。これにより、女性が結婚を断れずに受けるということがある。実際に女性が被害に遭遇した後、狭すぎるコミュニティが原因となり、女性が風評被害を被りそれが村中に広がることもあるという[46]
外部からの抑圧に対する反発
キルギスは元来部族や氏族の繋がりが強く、また伝統的なウズベク族との対立から、キルギスへの帰属意識も強い[47]ガーディアンによると、この慣習がソヴィエトの支配への抵抗、そして国家のアイデンティティのシンボルとして捉えられていることが指摘されている[37]
モータリゼーション
1960年から1970年頃に発生したキルギスでの自動車の普及により、複数人で女性を車に押し込めて誘拐する手口となったことが、ジャーナリストの林により指摘されている[48]

個人的要因[編集]

成立の容易さ
前述の資金面とも繋がるが、求婚より誘拐婚の方が結婚できる可能性が高い[12]
他の誘拐婚の防止
知り合いで既に結婚の約束をしているケースに挙げられる[30]。国内で都心部でも誘拐婚が増加していることや、また知らない人間に恋人が取られるケースも存在する[18]

第三者の認識[編集]

国家機関による暗黙の容認
前述の通り、周囲の人間や国家警察である警察官、裁判官ですら、この風習を止めることは限られている。警察に関しては2010年キルギス騒乱などに見られるように、キルギスの政権の不安定さや、警察機構の麻痺など[49][注釈 6]、政府のシステム自体にも問題がある。国際連合開発計画(UNDP)のジェンダー・コーディネーターであるウムタイ・ドレトワは、2017年のUNDPによる調査では誘拐婚に関する刑事事件のおよそ70%が曖昧な扱いとされていることを述べている[51]
社会の認識
キルギスでは本来、暴力的な誘拐婚は伝統ではない[52]。しかしこの事実が年齢が下るにつれて認識が薄くなり、その結果暴力的な誘拐婚が伝統であると誤認されていることが指摘されている[48]。また国内の知識人の中でも意見は割れている。例えば教員の中には、この風習を実行しようと計画する人もいる[53]
NGOの対応の問題
現地のNGOでさえ、救援の要請があったとしても経済的なものなど適当な理由を付けて救助を拒んだりと、必要な時に機能しないケースもある[54]

弊害[編集]

離婚
生活の変化に耐えきれず、結婚生活が破綻するケースも多い[18][8]。場合によっては結婚そのものが拒否されたり、最悪殺人事件を引き起こすこともある[55]
女性のレイプ被害
ビシュケクに本部を置く女性組織によると、年間11,800人が誘拐され、内2000人がレイプ被害に遭っていると報告されている[41]
家庭内暴力
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査によると女性は結婚前とその後多大な暴力被害を受けるとされている[56]
自殺
誘拐婚の数か月後に二人の女性が自殺してしまったことから、アラ・カチューが中央アジアの国で批判されることとなった[9]。しかし、結婚ができない場合男性も社会的に認められないことが原因で自殺してしまうケースも存在する[8]。キルギスの自殺者の割合は2009年の時点で10万人中男性が14.1人、女性が3.6人となっている[57]2012年の時点で男女合わせて10万人中8.8人と、世界で49位となっている[58]。一番年代として多いのは男性で25歳から34歳、女性で15歳から24歳となっている[59]
経済の停滞
大学で学びやがて社会で働こうとする女性にとっては、アラ・カチューでの結婚により、教育を続けて受けることが難しくなる[60]。これは個人の問題だけでなく、社会としても労働者が減るため、経済の停滞の原因となる。これを示唆する事実として、成人女性の識字率が99%であるにも関わらず、女性の就労率が55%となっている[13]
社会的孤立
女性がこの結婚を拒否すると、処女性が失われたにも関わらず戻ったという理由により、周囲から受け入れられないことが多い。これを苦にして自殺したケースもある[8]
法的保護からの除外
アラ・カチューによって結婚した女性やその後生まれた子供は、法の保護から外れる。これはアラ・カチュー自体が違法行為であるため、多くの場合役所に対して婚姻届けが提出されないことが原因である[21]。その結果夫婦が婚姻状態でなくなったとしても、女性に慰謝料や保障を求めることができない[21]

批判[編集]

キルギス内部

近年の暴力的なアラ・カチューは伝統ではないとする批判もある[34]。またキルギス内でもこの風習を根絶させようとする動きがみられる[22]

諸外国の反応

西洋諸国や女性団体からは女性の人権侵害であるとして批判されている[61]。日本では複数のテレビ番組で取り上げられた[62][63]。しかしテレビではセンセーショナルな話題ばかりにスポットライトが当てられ、問題の複雑さや難解さに焦点が当てられないといった指摘がある[32]金沢大学法学類教授の仲正昌樹は、完全な人権侵害とするには中途半端な印象があり、抑制的な一面があることを指摘している[64]

駆け落ちとしてのアラ・カチュー[編集]

これまで上記ではいわゆる犯罪に当たる誘拐婚に焦点を当ててきたが、一方でアラ・カチューには両者の合意の上での駆け落ちとしての側面も存在する。これまで上記ではいわゆる犯罪に当たる誘拐婚に焦点を当ててきたが、一方でアラ・カチューには両者の合意の上での駆け落ちとしての側面も存在する。かつて許嫁と結婚することが一般的だった際に、恋人同士で合意の元に駆け落ちすることも、アラ・カチューと呼ばれた[65]。あらかじめ結婚に同意の上で女性が男性の家に入ったのちに、女性の親への報告がなされる結婚も、誘拐結婚と呼ばれる場合もある[66]。これが行われる理由には以下のものが挙げられる。

保守的な家庭環境によるお見合い結婚の回避
キルギスの保守的な家庭は親が娘の意思を尊重せずに結婚相手を決めてしまうことがある。これに対して女性はその婚約を破棄し、かつ親との衝突を避けるために恋人に誘拐結婚を持ち掛けることがある[67]
婚礼前の儀式でのコストの削減
若いカップルの間で見られ、儀式にかかる多額の費用の回避のために誘拐結婚を利用する[67]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 研究者の中西は、旧ソ連から独立後のキルギスの国歌、国旗、紙幣について検討した結果、当時の大統領であったアスカル・アカエフたち政治的エリートはキルギス人の民族復興のため『マナス英雄叙事詩』を国民の統合の象徴にしようとしたことを指摘している[16]
  2. ^ 2013年1月の時点で、キルギス人女性の平均寿命は20年間変わらず、72歳である[26]
  3. ^ キルギスでは売春宿や売春の斡旋は非合法だが、売春は合法である[35]
  4. ^ キルギスの売春の規模はウズベキスタンなどから売春のために人間が流れているなど、地域における一つのメッカとなっていることが指摘されている[36]
  5. ^ 一方でイスラム教徒であるキルギスの人々にとって、それだけ羊が生活に重要であるということも事実である[42]
  6. ^ 外務省の海外安全ホームページによると、官憲による外国人観光客に対する現金抜き取りや賄賂の要求などのトラブルが存在する[50]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g Kleinbach, Russell; Ablezova, Mehrigiul; Aitieva, Medina (2005年6月). “Kidnapping For Marriage (Ala Kachuu) In A Kyrgyz Village” (英語). Central Asian Survey (Oxfordshire United Kingdom: Taylor & Francis) 24 (2). http://faculty.philau.edu/kleinbachr/2004_study.htm 2016年10月10日閲覧。. 
  2. ^ a b c Lom, Petr (2004年3月). “Kyrgyzstan-The Kidnapped Bride, March 2004” (英語). FRONTLINE. 2016年5月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  3. ^ Hecker, Jurgen (2007年8月16日). “【動画】キルギスにいまだ残る風習、「誘拐婚」” (英語). AFP BB NEWS. 2014年8月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  4. ^ a b c d e 林典子 (2013年7月1日). “さらわれて花嫁に…キルギス女性が恐れる「誘拐婚」の実態”. National Geographic 日本版. 2013年8月25日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年7月21日閲覧。
  5. ^ 山根那津子 (2013年4月26日). “DAYSから視る日々”. DAYS JAPAN. 2016年6月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  6. ^ a b Kurian, Anila (2012年6月7日). “Marriage In Kyrgyzstan-‘Eliminating’ Dowry Through Kidnapping” (英語). Youth Ki Awaaz. 2014年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  7. ^ 宮田律 (2006年8月10日). “第五章 中央アジアにおけるイスラム勢力の台頭と米国 (PDF)”. 公益財団法人 日本国際問題研究所. pp. 47-48. 2014年8月2日閲覧。
  8. ^ a b c d e f g h Bride Kidnapping Prevalent in Kyrgyzstan One third of all Kyrgyz brides are kidnapped by their future husbands” (英語). The Epoch Times (2010年11月22日). 2014年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  9. ^ a b Najibullah, Farangis (2010年5月21日). “Bride Kidnapping: A Tradition Or A Crime?” (英語). Radio Free Europe Radio Liberty. 2016年1月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  10. ^ a b 菊池由希子 (2012年2月28日). “何百年も続く慣習「誘拐婚」って?コーカサスの人々が考える幸せとは”. 日経ビジネスONLINE. 2013年7月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月4日閲覧。
  11. ^ a b c 女子大生、今なお残る「誘拐婚」の風習の犠牲者に - キルギスタン”. AFP BB News (2007年3月9日). 2013年9月27日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年7月21日閲覧。
  12. ^ a b c d Smith, Craig S. (2005年4月30日). “Abduction, Often Violent, a Kyrgyz Wedding Rite” (英語). The New York Times. 2014年8月2日閲覧。
  13. ^ a b c The Advocates for Human Rights (2011年6月). “Violence Against Women in Kyrgyzstan” (英語). The Advocates for Human Rights. 2016年4月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  14. ^ Chung, Christine (2016年9月7日). “Little Is Being Done To End Kyrgyzstan’s Bride Kidnapping Crisis”. The World Post. TheHuffingtonPost.com. 2017年3月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月23日閲覧。
  15. ^ Thomas Morton(出演) (2013年7月11日) (英語). キルギスタンの誘拐婚 - Bride Kidnapping in Kyrgyzstan. VICE.. 該当時間: 3:33. オリジナルの2016-10-04時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/watch?v=5hW-Waz-CNM 2016年10月4日閲覧。 
  16. ^ 中西健 『中央アジア・クルグズスタン―旧ソ連新独立国家の建設と国民統合』 明石書店2011年10月、49頁。ISBN 978-4-750-33476-9 
  17. ^ a b 林典子 (2013年7月). “キルギス 誘拐婚の現実”. National Geographic 日本版. 2015年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年3月11日閲覧。
  18. ^ a b c d e f g h i j k l m Morton, Thomas (2013年7月11日). “誘拐婚 ―キルギスタンの恐るべき伝統―” (日本語). VICE Japan. 2013年3月9日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年7月21日閲覧。
  19. ^ キルギスの社会問題―花嫁泥棒 - ウェイバックマシン(2016年3月5日アーカイブ分)
  20. ^ Handrahan, L.M. (2007年1月27日). “International Human Rights Law and Bride Kidnapping in Kyrgyzstan” (英語). EURASIANET.org. 2016年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  21. ^ a b c d e クリス・リックルトン (2013年7月21日). “キルギス 花嫁誘拐禁止法、一夫多妻主義者の妨害で否決”. IPS Japan. 2013年9月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  22. ^ a b Dugan, Emily (2011年10月9日). “'Bridenapping': a growing hidden crime” (英語). インデペンデント. 2016年3月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月21日閲覧。
  23. ^ a b c d Kalybekova, Asel (2013年5月10日). “Kyrgyzstan: Bride Kidnapping Not Just a Rural Phenomenon” (英語). EURASIANET.org. 2016年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  24. ^ Gayle, Damien (2014年10月14日). “Kidnapped and dragged to a forced wedding: Kazak bride screams as she is bundled out of car at new husband's home... as wedding music plays in background”. デイリー・メール. 2016年5月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月7日閲覧。
  25. ^ 島津秀泰 (2010年7月3日). “誘拐婚のある国”. 〜放送作家 島津秀泰のブログ〜. 2016年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  26. ^ 在外公館医務官情報 キルギス”. 外務省 (2013年1月). 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  27. ^ Bride Kidnapping and Land Rights in Rural Kyrgyzstan” (英語). Thomson Reuters Foundation (2013年5月16日). 2014年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  28. ^ 林 2014a, p. 208.
  29. ^ 林 2014a, pp. 202-205.
  30. ^ a b キルギスの奇習「誘拐婚」 ①”. シネマの舞台裏 (2007年2月23日). 2013年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  31. ^ 無理やり連れ去られる女性 結婚相手は「誘拐犯」 キルギスの誘拐結婚(前編)”. 日本経済新聞 (2014年7月13日). 2015年2月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  32. ^ a b 佐藤優. “右肩下がりの君たちへ”. FILT. 2016年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月10日閲覧。
  33. ^ Hayashi, Noriko. “Unholy Matrimony” (英語). Panos Pictures. 2016年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  34. ^ a b NORIKO HAYASHI/PANOS (2011年4月13日). “Grab and Run: Kyrgyzstan's Bride Kidnappings” (英語). Newsweek. 2015年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年5月13日閲覧。
  35. ^ 100 Countries and Their Prostitution Policies” (英語). ProCon.org (2013年12月23日). 2016年3月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月17日閲覧。
  36. ^ Babakulov, Ulugbek (2010年2月12日). “Kyrgyzstan Becoming Regional "Sex Capital"” (英語). Institute for War & Peace Reporting. 2014年9月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月17日閲覧。
  37. ^ a b c Mathews, Jackie Dewe (2010年3月27日). “Take this woman to be your wife” (英語). The Guardian. 2014年7月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  38. ^ ブライアン・パーマー (2010年6月15日). “キルギスで民族間衝突が起きるワケ”. Newsweek. 2016年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  39. ^ Child labour in Kyrgyztan ILO (pdf)” (英語). 国際労働機関 (2001年). 2016年7月7日閲覧。
  40. ^ Fanon, Frantz (2000年). “The Social and Political Status of Kyrgyz Women: the Historical Heritage of the Soviet Union and Negative Tendencies in Post-Communist Kyrgyzstan 1 (PDF)” (英語). Institute of Asian Culture and Development. p. 3. 2014年8月3日閲覧。
  41. ^ a b Nogoibaeva, Saikal (2012年11月23日). “キルギスタン:後を絶たない花嫁誘拐に厳罰を”. GlobalVoices. 2015年4月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  42. ^ 名倉 (2011年4月27日). “羊飼いの仕事も楽じゃない(キルギス)”. 添乗見聞録. 2016年6月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  43. ^ Tursunbekova, Asel (2013年4月25日). “女たちよ、キルギス出国を禁ず”. GlobalVoices. 2015年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  44. ^ 新納翔. “単なる男尊女卑ではない ― キルギスの誘拐結婚を追った写真家林典子に聞いた「アラ・カチュー」”. 知的好奇心の扉 トカナ. p. 3. 2016年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月30日閲覧。
  45. ^ 「誘拐」された女性が、結婚を受け入れる本当の理由 キルギスの誘拐結婚(後編)”. 日本経済新聞 (2014年7月20日). 2015年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  46. ^ 新納翔. “単なる男尊女卑ではない ― キルギスの誘拐結婚を追った写真家林典子に聞いた「アラ・カチュー」”. 知的好奇心の扉 トカナ. p. 3. 2016年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月5日閲覧。
  47. ^ 中央アジア(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス)援助研究会報告書 現状分析編 (PDF)” (日本語). 国際協力事業団. pp. 7-11 (2001年3月). 2014年8月3日閲覧。
  48. ^ a b 高橋盛男 (2014年). “第1回 誘拐の場面に遭遇して”. National Geographic 日本版. p. 4. 2014年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  49. ^ キルギス (PDF)”. 外務省 (2011年). 2014年8月3日閲覧。
  50. ^ 在留邦人向け安全の手引き キルギス”. 外務省 (2013年1月10日). 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  51. ^ AFPBB News (2018-08-11), キルギスの「誘拐婚」 女子医学生刺殺事件で批判高まる, AFP BB, オリジナルの2018-09-30時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20180930131942/http://news.line.me/issue/oa-afpbb/31d9f4c3bdc2?utm_source=Twitter&utm_medium=share&utm_campaign=none&share_id=aSp34075030392 2018年9月30日閲覧。 
  52. ^ 林 2014b, p. 130.
  53. ^ Kyrgyzstan: The Kidnapped Bride. (2004年3月25日). 該当時間: 12:58. http://www.pbs.org/frontlineworld/watch/player.html?pkg=303_kyrgyz&seg=1&mod=0 
  54. ^ 林 2014a, pp. 241-245.
  55. ^ New law in Kyrgyzstan toughens penalties for bride kidnapping”. UNWOMEN (2013年2月6日). 2016年6月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  56. ^ Kyrgyzstan Reconciled to Violence (PDF)” (英語). Human Rights Watch (2006年9月). 2014年8月3日閲覧。
  57. ^ Suicide rates per 100,000 by country, year and sex (Table)” (英語). World Health Organization (2013年). 2013年10月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  58. ^ 自殺率の国際比較(2012年段階の最新データ)”. 社会実情データ図録 (2012年). 2016年5月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月3日閲覧。
  59. ^ Suicide rates (per 100,000), by gender, Kyrgyzstan, 1981-2009 (PDF)” (英語). Human Rights Watch (2009年). 2014年8月3日閲覧。
  60. ^ Swanson, David (2006年2月22日). “KYRGYZSTAN: Bride kidnapping hampers women’s education prospects” (英語). IRIN humanitarian news and analysis. 2015年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年5月13日閲覧。
  61. ^ ACCESS TO JUSTICE FOR VICTIMS OF BRIDE KIDNAPPING IN KYRGYZSTAN (PDF)” (英語). Forum of Women's NGOs of Kyrgyzstan (2011年). 2014年8月3日閲覧。
  62. ^ ザ・裏ワイドSHOW 関係者が選ぶ事件FILE ホントの事全部教えますSP”. TBS (2016年9月14日). 2016年9月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月27日閲覧。
  63. ^ 誘拐と闘う世界の人々に密着取材。『世界誘拐ファイル カメラが見た!犯行&救出の決定的瞬間 3時間スペシャル』”. フジテレビ (2015年9月17日). 2015年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月27日閲覧。
  64. ^ 鈴木洋史 (2014年8月24日). “中央アジアのキルギス 女性の3割が今も「誘拐結婚」と推定”. NEWSポストセブン. pp. 1-2. 2016年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月24日閲覧。
  65. ^ 新納翔 (2014年11月11日). “単なる男尊女卑ではない ― キルギスの誘拐結婚を追った写真家林典子に聞いた「アラ・カチュー」”. キルギス誘拐婚を追った写真家林典子. TOCANA. p. 2. 2016年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月4日閲覧。
  66. ^ 林 2014b, p. 66
  67. ^ a b 在日キルギス共和国大使館による「花嫁誘拐」いわゆる「誘拐婚」の伝統に関する解説”. Facebook. 在日キルギス共和国大使館. 2016年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月24日閲覧。

参考文献[編集]

  • 林典子 『キルギスの誘拐結婚』 日経ナショナルジオグラフィック社、2014年6月ISBN 978-4-863-13281-8 
  • 林典子 『人間の尊厳 いま、この世界の片隅で: フォト・ドキュメンタリー』1471巻 岩波書店〈岩波新書 新赤版〉、2014年2月ISBN 978-4-00-431471-4NCID BB14861135 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]