アデノウイルス

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アデノウイルスの構造。正20面体の頂点に位置する12個のペントンカプソマー(スパイク,1)と、各面に配置された総数240個のヘキソンカプソマー(2)とで構成されたカプシド、およびそれに覆われたウイルス核酸(線状二本鎖DNA, 3)からなる

アデノウイルスは、二重鎖直鎖状DNAウイルスで、カプシドは直径約80nmの正20面体の球形粒子をしており、エンベロープは持たない。アデノウイルスは、ライノウイルス等とともに、「風邪症候群」を起こす主要病原ウイルスの一つと考えられている。

ゲノム[編集]

アデノウイルスのゲノムは、単一の二重鎖直鎖状DNAからなる。DNA両側の5'末端にTPタンパク質が共有結合しており、これがDNA複製の際にプライマーとして機能する点が特徴的である。標準的には長さ26-46 kbpで23-46のタンパク質コード遺伝子を含んでおり、[1]基本的な構造や機能は全てのアデノウイルスに共通している。ここではヒトアデノウイルスEを例として説明する。

転写単位[編集]

ヒトアデノウイルスEの転写単位(緑)と、タンパク質(赤)およびその他(青)の遺伝子

ヒトアデノウイルスEには転写単位が17個あり、それぞれが1から8個のタンパク質遺伝子を含んでいる。[2] またそれぞれの転写単位から選択的スプライシングによって複数の異なったmRNAが生じる場合もある。

E1A, E1B, E2A, E2B, E3, E4の6つの転写単位はウイルスの増殖サイクルの初期に順次転写される。ここに存在する遺伝子から翻訳されたタンパク質は、主にウイルスゲノムの複製や転写の制御と、宿主の感染応答の抑制に関与する。[3]

転写単位L1-L5は増殖サイクルの後期になって転写され、主にウイルスのカプシド形成に関わる。これらは単一のプロモーター領域で制御されており[4]、ひとつの転写開始点から転写を開始し、下流にある5つの転写終結点のいずれかでランダムに転写終結して5種類のmRNA前駆体を生じ、さらに選択的スプライシングによって様々なタンパク質をコードするmRNAになる。

タンパク質[編集]

以下の表にヒトアデノウイルスEのタンパク質コード遺伝子38を示す。[5][6]

名前 RefSeq ID 転写単位 開始位置 終了位置 アミノ酸数
control protein E1A YP_068018.1 E1A 576 1441 + 257
control protein E1B 19K YP_068019.1 E1B 1600 2115 + 171
control protein E1B 55K YP_068020.1 E1B 1905 3356 + 483
capsid protein IX YP_068021.1 IX 3441 3869 + 142
encapsidation protein IVa2 YP_068022.1 IVa2 3930 5554 - 448
DNA polymerase YP_068023.1 E2B 5033 13773 - 1193
protein 13.6K YP_001661328.1 L1 7814 9476 + 139
terminal protein precursor pTP YP_068024.1 E2B 8404 13773 - 642
encapsidation protein 52K YP_068025.1 L1 10765 11937 + 390
capsid protein precursor pIIIa YP_068026.1 L1 11961 13736 + 591
penton base (capsid protein III) YP_068027.1 L2 13815 15422 + 535
core protein precursor pVII YP_068028.1 L2 15426 16007 + 193
core protein V YP_068029.1 L2 16055 17080 + 341
core protein precursor pX YP_068030.1 L2 17103 17336 + 77
capsid protein precursor pVI YP_068031.1 L3 17413 18141 + 242
hexon (capsid protein II) YP_068032.1 L3 18248 21058 + 936
protease YP_068033.1 L3 21082 21702 + 206
single-stranded DNA-binding protein YP_068034.1 E2A-L 21774 23312 - 512
hexon assembly protein 100K YP_068035.1 L4 23341 25716 + 791
protein 33K YP_068036.1 L4 25439 26252 + 214
encapsidation protein 22K YP_068037.1 L4 25439 25978 + 179
capsid protein precursor pVIII YP_068038.1 L4 26321 27004 + 227
control protein E3 12.5K YP_068039.1 E3 27005 27325 + 106
membrane glycoprotein E3 CR1-alpha YP_068040.1 E3 27279 27911 + 210
membrane glycoprotein E3 gp19K YP_068041.1 E3 27893 28417 + 174
membrane glycoprotein E3 CR1-beta YP_068042.1 E3 28449 29111 + 220
membrane glycoprotein E3 CR1-delta YP_068043.1 E3 29440 30264 + 274
membrane protein E3 RID-alpha YP_068044.1 E3 30273 30548 + 91
membrane protein E3 RID-beta YP_068045.1 E3 30554 30994 + 146
control protein E3 14.7K YP_068046.1 E3 30987 31388 + 133
protein U YP_068047.1 U 31481 31632 - 50
fiber (capsid protein IV) YP_068048.1 L5 31649 32926 + 425
control protein E4orf6/7 YP_068049.1 E4 33022 34169 - 141
control protein E4 34K YP_068050.1 E4 33270 34169 - 299
control protein E4orf4 YP_068051.1 E4 34072 34440 - 122
control protein E4orf3 YP_068052.1 E4 34449 34802 - 117
control protein E4orf2 YP_068053.1 E4 34799 35188 - 129
control protein E4orf1 YP_068054.1 E4 35236 35610 - 124

それぞれの機能の概略は以下の通りである:[4]

  • protein II, III, IIIa, IV, VI, VIII, IX(カプシド)、V, VII, X(コア)、末端タンパク質TPは構造タンパク質である
  • IVa2, 52K, L1, 100Kはカプシド形成に関わる
  • L3プロテアーゼは前駆体タンパク質pTP, pVI, pVII, pVIII, pIIIaを切断し成熟させる
  • E1Aは転写活性化因子
  • E1B 19Kは宿主のBcl-2タンパク質をミミックしてアポトーシスを抑制する。
  • E1B 55Kは宿主の転写制御因子p53に結合して機能を抑制し、アポトーシスを抑制する。
  • E2AおよびE2B転写単位にコードされる3つのタンパク質はいずれもウイルスDNAの複製に関与する。RNAではなくDNA末端に結合しているTPタンパク質をプライマーとして複製を開始する。
  • E3 RIDαおよびβは膜タンパク質で、アポトーシス抑制に寄与している[7]
  • CR1βは糖鎖修飾膜タンパク質で、宿主の免疫応答を調節する。[8]
  • E3 gp19Kは宿主細胞膜へのMHCクラスIタンパク質挿入を阻害し、T細胞により認識されないようにしている[9]
  • E3 14.7Kは宿主の抗ウイルス応答からウイルスを守る[10]
  • E4転写単位のタンパク質群はウイルスDNAからの転写調節に関与している[11]

ウイルスの増殖[編集]

B群以外のアデノウイルスは免疫グロブリンスーパーファミリーに属するCARタンパク質をレセプターとして宿主細胞内に取り込まれる。そしてE1Aの転写をきっかけとして各種の初期遺伝子が活性化され、ウイルスのDNAポリメラーゼやDNA結合タンパク質、感染細胞のアポトーシスを抑制する物質が合成される。さらにE1AはウイルスのDNA複製に都合のよいS期に誘導する。その後、ウイルスDNAの複製が始まると後期遺伝子が発現され、カプシドなどが合成され成熟したウイルスとなる。

アデノウイルス感染症[編集]

透過型電子顕微鏡による撮影像

人に感染するアデノウイルスは現在49種類(分類によっては51種類)が知られており、A~Fの6群に分類され、それぞれのウイルスに番号が付けられている。どの種類がどんな病気を起こすのか、ある程度判明している。

多くのアデノウイルスは、潜伏期は5~7日で、感染経路は便、飛沫、直接接触による。感染した場合、アデノウイルスは扁桃腺やリンパ節の中で増殖する(アデノとは扁桃腺やリンパ節を意味する言葉)。免疫がつきにくく、また、亜種多様の為、何回もかかる場合がある。

肺炎[編集]

主として3・7・21型による。

特に7型は重症の肺炎を起こす。乳幼児がかかることが多く、髄膜炎脳炎心筋炎などを併発することもある。だらだらと長引く発熱、咳、呼吸障害など重症になることがあり、時に致命的なことがある。

咽頭結膜熱(プール熱)[編集]

主として3・4型による。

1日の間に39~40度の高熱と、37 - 38度前後の微熱の間を、上がったり下がったりが4~5日ほど続き、扁桃腺が腫れ、のどの痛みを伴う。その間、頭痛、腹痛や下痢を伴い、耳介前部および頸部のリンパ節が腫れることがある。両目または片目が真っ赤に充血し、目やにが出る。夏にプールを介して流行することがあるため、プール熱とも呼ばれているが、プールに入らなくても飛沫や糞便を通して感染する。うがい、手洗い、プールの塩素消毒などで、ある程度予防できる。症状がインフルエンザに似ているため、「夏のインフルエンザ」と呼ばれることもある。

咽頭結膜熱学校保健安全法上の学校感染症の一つであり、主要症状がなくなった後、2日間登校禁止となる。

流行性角結膜炎(EKC)[編集]

主として8型による。

目が充血し、目やにが出るが、咽頭結膜熱のように高い熱はなく、のどの赤みも強くはない。結膜炎経過後に点状表層角膜炎を作ることが多く、幼小児では偽膜性結膜炎になることがある。

流行性角結膜炎は学校保健安全法上の学校感染症の一つで、伝染の恐れがなくなるまで登校禁止となる。

出血性膀胱炎[編集]

主として11型による。

排尿時痛があり、真っ赤な血尿が出る。排尿時の痛みと肉眼的血尿が特徴で、これらの膀胱炎症状は2 - 3日で良くなり、尿検査での潜血も10日程度で改善する。

急性濾胞性結膜炎[編集]

主として1・2・3・4・6・7型による。

眼の痛み、羞明、涙目、目やにを訴え、結膜に小さなぶつぶつができる。

胃腸炎[編集]

主として31・40・41型による。

乳幼児期に多く、腹痛、嘔吐、下痢を伴うが、発熱の程度は軽い。

感染対策[編集]

消毒剤への抵抗性が強く、塩素消毒が有効であるとされている。皮膚や環境表面から除去することは困難なため、患者に接触する場合は、手袋、マスク、眼鏡等により感染を防御する。

  • 手指は、石けんによる十分な洗浄に加え、アルコール擦式手指消毒剤の使用で追加効果が期待できる。ただし80%エタノールによる不活化時間は2分との報告がある[12]
  • 器具類は、高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)やエチレンガス滅菌が有効。滅菌できない器具は、グルタルアルデヒド次亜塩素酸ナトリウム(0.1%、30分間)、消毒用エタノール(10分間)などに浸漬して消毒。
  • リネン類は、85℃10分間以上の洗濯、または水洗後に次亜塩素酸ナトリウム0.1%での消毒。
  • ドアノブなど患者が触れたものは、消毒用エタノールで二度拭き。
  • プール水は、離残留塩素濃度が0.4mg/L以上、1.0mg/L以下となるよう消毒。

ベクターとしての利用[編集]

ウイルスの増殖に必要なE1領域を欠失させ代わりに外来の遺伝子を組み込んだアデノウイルスは、遺伝子を組み込むベクターとして用いられる。レトロウイルスの場合は細胞の染色体に組み込まれるが、アデノウイルスの場合は染色体に組み込まれない。ただ、欠点としては免疫系に認識され炎症反応がおき、遺伝子を導入した細胞が排除されてしまうことである。

脚注[編集]

  1. ^ Viruses – Complete Genomes”. NCBI. 2013年1月17日閲覧。
  2. ^ Human adenovirus E overview”. NCBI. 2013年1月17日閲覧。
  3. ^ Adenoviruses”. MicrobiologyBytes. 2013年1月17日閲覧。
  4. ^ a b Branton, Philip; Marcellus, Richard C. (2011). “23”. In Nicholas H. Acheson. Adenoviruses (2 ed.). John Wiley & Sons, Inc.. 
  5. ^ Protein Details for Human adenovirus E”. NCBI. 2013年1月17日閲覧。
  6. ^ Russell, WC (Jan 2009). “Adenoviruses: update on structure and function”. Journal of General Virology 90: 1–20. doi:10.1099/vir.0.003087-0. http://vir.sgmjournals.org/content/90/1/1.long 2013年1月17日閲覧。. 
  7. ^ PHA3612: receptor internalization and degradation protein alpha”. NCBI. 2013年1月17日閲覧。
  8. ^ PHA3620: CR1 beta membrane glycoprotein”. NCBI. 2013年1月17日閲覧。
  9. ^ PHA3615: E3 gp19K protein”. NCBI. 2013年1月17日閲覧。
  10. ^ PHA3613: E3 14.7K protein”. NCBI. 2013年1月17日閲覧。
  11. ^ PHA3605: control protein E4orf4”. NCBI. 2013年1月17日閲覧。
  12. ^ 野田伸司 他:感染症学雑誌 55(5), 355‑365, 1981。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]