認知バイアス

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認知バイアス(にんちバイアス、: Cognitive bias)は、認知心理学社会心理学での様々な観察者効果の一種であり、非常に基本的な統計学的な誤り、社会的帰属の誤り、記憶の誤り(虚偽記憶)など人間が犯しやすい問題である。認知バイアスは、事例証拠法的証拠の信頼性を大きく歪める。

概要

認知バイアスは生活、忠節、局所的な危険、懸念など様々な要因で発生し、分離して成文化することは難しい。今日の科学的理解の多くは、エイモス・トベルスキーダニエル・カーネマンらの業績に基づいており、彼らの実験によって人間の判断と意思決定合理的選択理論とは異なった方法で行われていることが示された。そこからトベルスキーとカーネマンはプロスペクト理論を生み出した。トベルスキーとカーネマンは、認知バイアスの少なくとも一部は心的なショートカットまたは「ヒューリスティクス」を用いて問題を解決しようとするために起きると主張した。例えば、頻繁に(あるいは最近)経験したことは、即座にあるいは鮮明に思い浮かべやすい。他のバイアスは別の実験で示されており、例えば確証バイアスはPeter C. Wasonが示した。

一部の科学者は、全てのバイアスが誤りなのかという疑問を持っている。David FunderとJoachim Kruegerは、バイアスと呼ばれるものの一部は「近似ショートカット」であり、情報が不足しているときに人間が物事を予測することを助けるものだと主張している。例えば偽の合意効果を、他人がある人の意見に合意しているという誤った信念と見るのではなく、その意見しか提示されていない段階での少ない情報に基づいた妥当な予測と見るのである。

分類

認知バイアスは様々な観点から分類される。例えば、集団状況に固有なバイアスもあれば(例えば、リスキーシフト)、個人レベルのバイアスもある。

一部の認知バイアスは、選択肢の好ましさを考慮した意思決定に影響を与える(コンコルド効果など)。錯誤相関Illusory correlation)などは、事象の発生しやすさや因果関係の判断に影響を与える。ある種のバイアスは記憶に影響を与える[1]。例えば、一貫性バイアスは、ある人物の過去の態度や行動が現在の態度により近いものだったと記憶させる。

一部の認知バイアスは主体の「動機づけ」を反映している[2]。例えばポジティブな自己像に対する欲求が自己中心性バイアス[3]を生み、当人にとって不快な認知的不協和を防ぐ。他のバイアスは、脳が知覚し記憶を形成し判断を行う方法に起因する。この区別は、「熱い認知Hot cognition)」と「冷たい認知」とも呼ばれ、動機づけられた認知と覚醒の状態を関係づける。

「冷たい」バイアスはさらに次のように分類される。

  • 「適切な情報を無視する」ことに起因するもの。例えば、事前確率無視
  • 「不適切な情報に影響される」ことに起因するもの。例えばフレーミング効果Framing)では、全く同じ問題でも記述の仕方によって受け取られ方が異なる。
  • 問題の中でも重要ではないが突出した部分に「過大な重み付け」を与えることに起因するもの。例えば、アンカリングAnchoring)。

一部の認知バイアスが動機づけを反映しているという事実と、特にその動機づけが自身に対するポジティブな態度を持つためであるという事実[4]から、多くの認知バイアスが利己的で自発的であるという事実が説明できる(例えば、Illusion of asymmetric insight自己奉仕バイアス投影バイアス)。認知バイアスは、主体が内集団または外集団を評価する方法によっても分類される。すなわち、ある集団を恣意的に定義して、その集団が多くの点で他の集団より多様で「良い」と評価する(内集団バイアスIngroup bias)、外集団同質性バイアス)。

そのほかに次のような認知バイアスがある。

  • あと知恵バイアスHindsight bias):過去の事象を全て予測可能であったかのように見る傾向。
  • 確証バイアスConfirmation bias
  • 根本的な帰属の誤りFundamental attribution error):状況の影響を過小評価し、個人特性を過大評価して人間の行動を説明する傾向。ただし、近年の研究では疑問視されている。
  • 正常性バイアスNormalcy bias):自然災害火事山火事放火など)、事故事件テロリズム等の犯罪、ほか)などといった何らかの被害が予想される状況下にあっても、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」などと過小評価したりしてしまう人の心の特性[1]。「正常化の偏見」、「恒常性バイアス」とも言う。
  • アンカリング(anchoring and adjustment):ある事象の評価が、ヒントとして与えられた情報に引きずられてしまうこと。追認バイアス(confirmation bias)は、いったんある決断をおこなってしまうと、その後に得られた情報を決断した内容に有利に解釈する傾向をさす。保守性(conservation)は、人間が新しい事実に直面したときに、それまで持っていた考えに固執してその考えを徐々にしか変化させられない傾向をさす。

実際上の重要性

多くの社会集団や社会制度、政策は、個々人が理性的な判断をすることを前提としている。例えば裁判員制度では、裁判員が事件の不適切な特徴(例えば、被告人が魅力的であるなど)を無視し、適切な特徴を適切に扱い、常に別の可能性がないかを考え、誤謬に陥ることなく、公平で合理的な判断することを求められる。しかし認知バイアスに関する様々な心理学的実験によれば、人間はこれら全てについて失敗しうると考えられる。認知バイアスについて体系的に解明されていれば、どういう方向に失敗するかを予測し、失敗を回避する方策を立てることができる。

参考文献

  • Facione, P and Facione, N(2007) Thinking and Reasoning in Human Decision Making: The Method of Cognitive and Heuristic Analysis. [2]
  • Eiser, J. R. and Joop van der Pligt(1988) Attitudes and Decisions London: Routledge. ISBN 978-0415011129
  • Hoorens, V.(1993) "Self-enhancement and Superiority Biases in Social Comparison" in European Review of Social Psychology 4, W. Stroebe and Miles Hewstone(Ed.), Wiley
  • Kunda, Z.(1990) "The Case for Motivated Reasoning" Psychological Bulletin Vol. 108, No. 3, 480-498
  • Schacter, D. L.(1999) "The Seven Sins of Memory: Insights From Psychology and Cognitive Neuroscience" American Psychologist Vol. 54. No. 3, 182-203
  • Stuart Sutherland(2007). Irrationality: The Enemy Within Second Edition(First Edition 1994) Pinter & Martin. ISBN 978-1905177073
  • Haselton, M. G., Nettle, D. & Andrews, P.W.(2005). The evolution of cognitive bias. In D. M. Buss(Ed.), Handbook of Evolutionary Psychology, (pp. 724-746). Hoboken: Wiley. Full text
  • Fine, Cordelia(2006) A Mind of its Own: How your brain distorts and deceives Cambridge, UK: Icon Books. ISBN 1-84046-678-2
  • Kahneman D., Slovic P., and Tversky, A.(Eds.)(1982) Judgment Under Uncertainty: Heuristics and Biases. New York: Cambridge University Press ISBN 978-0521284141
  • Massimo Piatelli-Palmarini(1994). Inevitable Illusions: How Mistakes of Reason Rule Our Minds New York: John Wiley & Sons. ISBN 0-471-15962-X
  • Nisbett, R., and Ross, L.(1980) Human Inference: Strategies and shortcomings of human judgement. Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall ISBN 978-0134451305
  • Carol Tavris and Elliot Aronson(2007). Mistakes Were Made(But Not by Me): Why We Justify Foolish Beliefs, Bad Decisions and Hurtful Acts Orlando, Florida: Harcourt Books. ISBN 978-0-15-101098-1

注釈

  1. ^ Schacter 1999
  2. ^ Kunda 1990
  3. ^ Hoorens 1993
  4. ^ Hoorens 1993

関連項目

外部リンク