西添田駅
西添田駅* | |
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駅東側からホームを望む | |
にしそえだ Nishi-Soeda | |
◄豊前川崎 (3.6 km) (1.2 km) 添田► | |
所在地 | 福岡県田川郡添田町大字庄[1]921 |
所属事業者 | 九州旅客鉄道(JR九州) |
所属路線 | ■日田彦山線 |
キロ程 | 38.3 km(城野起点) |
電報略号 | ニソ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線[1] |
開業年月日 | 1903年(明治36年)12月21日[1] |
備考 |
無人駅[1] * 1942年に添田駅から改称[1]。 |
西添田駅(にしそえだえき)は、福岡県田川郡添田町大字庄にある、九州旅客鉄道(JR九州)日田彦山線の駅。かつては庄貨物駅までの貨物支線が分岐していた[1]。
歴史
- 1903年(明治36年)12月21日 - 九州鉄道の駅として川崎(現・豊前川崎) - 添田間開業と同時に添田駅(初代)として開業[1]。
- 1904年(明治37年)10月25日 - 添田 - 庄間の貨物支線開通。
- 1907年(明治40年)7月1日 - 国有化[2]。
- 1942年(昭和17年)8月1日 - 西添田駅に改称[1][3]。
- 1943年(昭和18年)7月1日 - 当駅 - 庄間の貨物支線休止。
- 1972年(昭和47年)4月1日 - 荷物扱い廃止[4]。旅客の取り扱いについては駅員無配置駅となる[5]。
- 1980年(昭和55年)10月1日 - 貨物取扱廃止[6]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が承継[7]。
- 1993年(平成5年)5月3日 - 駅と公民館オークホールとを結ぶ跨線橋が開通[3]。
- 1994年(平成6年) - 駅舎改築[8]。
駅構造
単式ホーム1面1線を有する地上駅[1]。かつては島式ホーム1面2線であった。
開業当初からの重厚な木造駅舎がJR九州に移管後も残っていたが、その後取り壊され円筒形の入り口を持つ駅舎が建てられた[1][8]。駅舎には喫茶店が入っていたが閉店[1]。のちに福祉作業所が入居し2017年8月時点においても使用しているが、切符などは取り扱っていない。国鉄時代に無人駅となっている。
かつては石炭の積み出しを行っていたが、現在駅にはその名残はほとんどない[1]。
駅周辺
添田町の中心地は駅南側から隣駅となる添田駅の間に広がっている。
- 添田町役場 - 添田駅からのほうがやや近い。
駅東側は炭鉱閉山後も長らくボタ山が残されていたが、現在は造成開発され住宅やスーパーマーケット、公共の文化・スポーツ施設が建ち並ぶ新市街を形成している。
- オークホール(添田町公民館・音楽堂)
- そえだサン・スポーツランド(町営スポーツ施設)
- そえだドーム(添田勤労者体育館)
- 福岡県道95号添田赤池線
バス路線
- 西鉄バス筑豊 - 10番系統が運行されている。最寄のバス停は駅西側の「西添田駅口」。駅東側へ渡る跨線橋先にもバス停「オークホール前」があるが、本数は少ない。上りは川崎経由後藤寺バスセンター(田川市)行き、下りは現在は添田駅経由めんべい添田町工場行きのみ。かつては添田バスセンターを経由し英彦山(豊前坊)方面へ向かう便も設定されていた。
隣の駅
脚注
- ^ a b c d e f g h i j k l 『週刊JR全駅・全車両基地』第07号、朝日新聞出版、2012年9月23日、26頁。
- ^ 鉄輪、p. 65。
- ^ a b 弓削信夫『福岡県JR全駅』葦書房、1993年10月15日、214-215頁。ISBN 4751205293。
- ^ “日本国有鉄道公示第675号”. 官報. (1972年3月28日)
- ^ 「通報 ●北方駅ほか2駅の駅員無配置について(旅客局)」『鉄道公報』日本国有鉄道総裁室文書課、1972年3月28日、4面。
- ^ 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、765頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ 鉄輪、p. 181。
- ^ a b 弓削信夫『福岡鉄道風土記』葦書房、1999年1月16日、167-168頁。ISBN 4751207334。
参考文献
九州鉄道百年祭実行委員会・百年史編纂部会 編『九州の鉄道100年記念誌 鉄輪の轟き』(初版)九州旅客鉄道、1988年。
関連項目
外部リンク
- 西添田駅(駅情報) - 九州旅客鉄道