破壊的技術

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破壊的技術(はかいてきぎじゅつ、: disruptive technology)とは、従来の価値基準のもとではむしろ性能を低下させるが、新しい価値基準の下では従来製品よりも優れた特長を持つ新技術のことである。また、このような技術・製品・ビジネスモデル等がもたらす変化を破壊的イノベーション破壊的革新という[1]1995年に、クレイトン・クリステンセンがJoseph Bowerとの共著論文にて考案した[2]

持続的技術と破壊的技術

持続的技術とは主流市場の主要顧客が評価する性能指標(すなわち、従来の価値基準)のもとで性能を向上させる新技術のことである。持続的技術がもたらす変化を、持続的イノベーションという。

破壊的技術とは、従来の価値基準の下では従来製品よりも性能を低下させるが、新しい異なる価値基準のもとでいくつかの優れた特長を持つ新技術のことである。いくつかの優れた特長は低価格・シンプル・使い勝手のよさなどであることが多い。破壊的技術は優れた特長を有しながらも従来の価値基準では性能的に劣るので主流市場では地位を得られない。かわりに破壊的技術の優れた特長を高く評価する、小規模で新しい市場を創出することになる。

新たな価値基準の下で顧客を得た破壊的技術は持続的技術により少しずつ従来の価値基準で評価される性能をも進化させていく。破壊的技術の性能が進歩し、主流市場の主要顧客の要求する性能的水準を満たすようになると、破壊的技術によって従来技術が代替される。この間、従来技術も持続的技術により性能を進歩させるが、それらはしばしば顧客の要求水準をはるかに上回る状態におちいる。そのため、顧客の要求水準を十分に満たし、かつ従来技術にはない優れた特長を有する破壊的技術が性能的に優れる従来技術を代替することになる。

破壊的技術と優良企業の凋落

ある時期に市場をリードする優良企業が新技術への対応に失敗して地位を失う現象はイノベーション研究のテーマの一つである[3]。例えばHenderson & Clark(1990)は、企業の組織構造は部品(モジュール)レベルの製品開発に特化されているがゆえに、製品アーキテクチャの変化をもたらすような新技術へは対応しづらくなると論じている[4]

だが、クリステンセンは、ハードディスクドライブ業界などにおいては、アーキテクチャの変化をもたらすような複雑な技術変化に問題なく対応できた優良企業であっても技術的には単純な新技術の対応に失敗して凋落する現象を観察した。優れた経営を行う企業がしばしば新技術への対応に失敗して凋落する理由として、クリステンセンは優れた経営を行っているがゆえに破壊的技術への投資が正当化されないからであると考えた[5]。ここでいう優れた経営とは、顧客の声をよく聞き、それに丁寧にこたえることを指す。この優れた経営の推進が破壊的技術に対応する際には企業をジレンマに(イノベーションのジレンマ)陥らせるとクリステンセンは論じた。

なぜなら、以下のような理由があるからである。[6]

  • 企業は収益を高め顧客と投資家を満足させなければならないため収益性の低い案件には投資しにくい。破壊的技術はその初期の段階では新しく小規模な顧客しか得られないうえに、従来の価値基準では性能的に劣るために投資を正当化しづらい。また、「顧客の声をよく聞く」という主要顧客を対象とした調査方法では新たな顧客の需要をつかむことも難しい。
  • 従来技術に対して最適化された組織の能力が状況が変化した際に足かせになってしまう。特に、インプットをアウトプットに変える組織的プロセスや投資案件の優先順位をつける際の価値基準は状況の変化に応じて容易に変えることはできない。

代表例

製品

iPhoneApple
携帯電話が高度に進化したことによって、既存の市場・製品のあり方に大きな影響を与えた。電話だけでなく、カメラ、音楽プレーヤー、パソコン、カーナビ、紙媒体などがその代表例として論じられる[7]
2007年6月にクリステンセンが立てた「iPhoneは破壊的イノベーションではなく成功しない」という推論は、同氏の予想のなかで最も恥ずかしいものとされる[8]

ビジネスモデル

Uber(Uber)
モバイルアプリを活用してドライバーとの契約に基づく情報サービスを提供することにより、既存のタクシー業に大きな影響を及ぼしたとされる[9]
動画配信
ネット配信技術によって、テレビ業界やレンタルビデオのシェアが奪われた[10]

訳について

「破壊的」は"disruptive"の訳である。disruptiveの動詞形disruptには「破壊する」という意味のほか、「秩序を乱す」「混乱をもたらす」などといった意味がある[11]。そのため、「破壊」という訳では誤解を招きかねないとする意見も存在する[12]

その他破壊的イノベーションの例

破壊的技術  陳腐化した技術 ノート
蒸気機関内燃機関 動力としてのや人間 それぞれの開発には世紀を要したが、以前よりも大規模な生産活動を可能ならしめた。動力としての動物や人力を駆逐した。
自動車 輸送のための 初期の道路は自動車ではなく馬のために設計されていたが、自動車がもたらす信頼性とスピードの便益は大きく、多数の政治的・技術的な障壁が存在したにも拘らず道路網は自動車用に再設計された。
油圧ショベル ケーブルによって作動する掘削機 露天掘炭鉱などで使われる超大型機ではケーブル式が主流である。
ミニ製鉄所 統合化された製鉄所 主として地域的に利用可能なスクラップと電源を使う電炉などによって、小規模だが費用対効果の高い製鉄所が実現された。
オフィスコンピュータ メインフレーム メインフレームはオフィスコンピューターによってニッチ市場へと追いやられ、小規模な市場で現在まで生き残っている。なお、オフィスコンピュータはやがてパーソナルコンピュータという破壊的技術によって陳腐化された。
コンテナ船海上コンテナ 貨物船 荷物を貨物船に積み下ろしするのには大変な労力を要した。だが、コンテナに荷物を入れてそれを機械で船に積み下ろしすることで効率化を実現した。陸揚げしたコンテナはそのまま鉄道やトラックで運ぶことが可能であり(インターモーダル輸送)、他システムとの親和性も高かった。また、盗難の危険性を低下させることにも成功した。
DTP 出版 初期のデスクトップ・パブリッシングシステムは機能や品質でハイエンドのプロフェッショナルシステムに劣っていた。しかしながら、DTPは出版業へ参入するコストを下げることに貢献した。DTPの市場規模は次第に拡大し、やがてDTPは従来のプロフェッショナルシステムを機能的に追い越すようになった。
デジタルカメラ 銀塩カメラ写真フィルム 初期のデジタルカメラの画質と解像度は悪く、シャッター遅れも長いなど銀塩カメラと比較して機能的に大きく劣っていた。だが、他のデジタル機器との接続性が高かったため(ケーブル1本でコンピュータと接続することができた)、小規模ながら市場を得ることに成功した。その後の技術開発により画質や解像度は劇的に上昇し、シャッター遅れも改善された。また、SDカードのような小さな記憶装置に何千枚もの写真も保存できるようになった。デジタルカメラは銀塩カメラと写真フィルムの市場を破壊した。
パーソナルコンピュータ オフィスコンピュータワークステーション オフィスコンピュータはパーソナルコンピュータによって完全に駆逐された。ワークステーション市場は未だに存在するが、パーソナルコンピュータの高性能化にともない差別化の程度は弱まっている。
半導体 真空管 半導体で構成された電子システムは真空管で構成された電子システムに比べて、より小さく、必要なエネルギーも少ない。
蒸気船 帆船 [13]
ディーゼル船、ガスタービン 蒸気船 蒸気(タービン)船は、原子力艦、LNGタンカー等の少数派となった。
電話FAX、(広義の)電子メール 電報
(広義の)電子メール FAX
携帯電話 固定電話

脚注

  1. ^ Googleスカラー「"破壊的革新" イノベーション OR innovation」
  2. ^ Bower, Joseph L. & Christensen, Clayton M. (1995). "Disruptive Technologies: Catching the Wave" Harvard Business Review, January-February 1995.
  3. ^ Tushman, M.L. & Anderson, P. (1986). Technological Discontinuities and Organizational Environments. Administrative Science Quarterly 31: 439-465.
  4. ^ Henderson, R. and Clark, K.(1990) "Architectural innovation: the reconfiguration of existing product technologies and the failure of established firms", Administrative Science Quarterly, 35, pp. 9-31.
  5. ^ Christensen, Clayton M.;Raynor, Michael E. (2003). The Innovator's Solution. Harvard Business School Press. ISBN 1-57851-852-0.(玉田俊平太監修・伊豆原弓訳(2001)『イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社)
  6. ^ イノベーションのジレンマ 《要約》”. 2021年3月9日閲覧。
  7. ^ http://www.sankei.com/smp/gqjapan/news/140718/gqj1407180001-s.html
  8. ^ http://japan.zdnet.com/article/35019196/
  9. ^ http://www.circu.co.jp/x_book_magazine/526
  10. ^ 大西宏. “テレビもDVDもツタヤも、「終わり」始めている 定額動画サービスの脅威”. ビジネスジャーナル/Business Journal. 2022年11月6日閲覧。
  11. ^ wikt:disrupt
  12. ^ 山口栄一(2006)『イノベーション 破壊と共鳴』NTT出版
  13. ^ “『イノベーションのジレンマ』早わかり講座」”. Biz/Zine (翔泳社). (2014年11月15日). http://bizzine.jp/article/detail/111 

参考文献

  • Bower, Joseph L. & Christensen, Clayton M. (1995). "Disruptive Technologies: Catching the Wave" Harvard Business Review, January-February 1995.
  • Christensen, Clayton M. (1997). The Innovator's Dilemma. Harvard Business School Press. ISBN 0-87584-585-1 
  • Christensen, Clayton M.;Raynor, Michael E. (2003). The Innovator's Solution. Harvard Business School Press. ISBN 1-57851-852-0.
  • Christensen, Clayton M., Anthony, Scott D., & Roth, Erik A. (2004). Seeing What's Next. Harvard Business School Press. ISBN 1-59139-185-7 
  • Christensen, Clayton M. & Overdorf, Michael. (2000). "Meeting the Challenge of Disruptive Change" Harvard Business Review, March-April 2000.
  • Christensen, Clayton M., Bohmer, Richard, & Kenagy, John. (2000). "Will Disruptive Innovations Cure Health Care?" Harvard Business Review, September 2000.
  • Christensen, Clayton M., Baumann, Heiner, Ruggles, Rudy, & Sadtler, Thomas M. (2006). "Disruptive Innovation for Social Change" Harvard Business Review, December 2006.
  • Mountain, Darryl R., Could New Technologies Cause Great Law Firms to Fail?
  • Mountain, Darryl R. (2006). Disrupting conventional law firm business models using document assembly, International Journal of Law and Information Technology 2006; doi: 10.1093/ijlit/eal019
  • Tushman, M.L. & Anderson, P. (1986). Technological Discontinuities and Organizational Environments. Administrative Science Quarterly 31: 439-465.

関連項目

外部リンク