相互確証破壊

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相互確証破壊(そうごかくしょうはかい、: Mutual Assured Destruction, MAD)は、核戦略に関する概念で、核兵器を保有して対立する陣営のどちらか一方が相手に対し戦略核兵器を使用した際に、もう一方の陣営がそれを確実に察知し、報復を行うことにより、一方が核兵器を使えば最終的に双方が必ず破滅する、という状態のことを指す。互いに核兵器の使用をためらわせることを意図している。

相互確証破壊成立の要件と生残性追求方法の推移

「一方の先制核攻撃でもう一方の核戦力が壊滅してしまう状況」では相互に本土に届く核ミサイルを持っていても相互確証破壊が成立しているとはいえない。そのため「いかにして敵の先制攻撃で破壊されずに発射するか(生残性)」が問題となる。

数量競争の時代

キューバ危機時代は、相互の数量が少なかったうえ技術も未熟だったため、互いに相手の固定大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射基地に向けてを投射し、数が多いほうが残存した核で都市攻撃を行うという恫喝を通じて相手を屈服させることができた。ソ連ロシアが対同等の数量に拘ってきた裏には、数の劣勢のために屈服を余儀なくされたキューバ危機の記憶があるためと思われる。

即応性向上の時代(冷戦期)

数が少なくても、相手の核ミサイルが着弾する前に発射してしまえば、破壊されることはない。冷戦期はGPSもなく慣性航法装置も誤差が大きく、潜水艦や移動式ミサイルは発射時に正確な現在自己位置が判らず着弾誤差が大きくて敵ICBMサイロ至近に精密に着弾させるのが困難であった。(また戦略ミサイル搭載原子力潜水艦は高価だったし、当初は射程が短すぎた。)そのため固定式陸上発射ICBMの即応性を向上し、着弾前に発射することに大きな努力が払われた。しかし液体酸素を用いる液体燃料ロケットから非対称ジメチルヒドラジン固体燃料式(ロケットエンジンの推進剤参照)への切り替えはともかく、着弾前に自動発射するシステムの整備は「事故による偶発発射かどうか」、「自国への発射かどうか」確認する時間の喪失をも意味していたので冷戦期は偶発核戦争の脅威が高まった時代でもあった。

また、核弾頭の小型化で1本の核ミサイルで3-18発の核弾頭を投射できるようになったため(MIRV)、冷戦期には核弾頭数が激増した。その結果、生残性は増したが、米ソともに数万の核弾頭を配備し、核戦争がおこった場合の惨禍も想像を絶するものになってしまった。

移動式の時代(現代)

GPSの開発やレーザーリングジャイロの開発で移動式発射機や潜水艦の自己位置が精密に計測できるようになり、東側では潜水艦より安価に済む車載式発射機の普及が進んでいる。

また、平均誤差半径(CEP)の向上によって威力半径の狭い小型軽量の核弾頭でも充分に成果を挙げられるようになったため、東側のICBMも40t前後に小型化しつつあることも車載式を可能にした理由の一つであろう。一方米国では潜水艦発射ミサイルのCEPが向上し多弾頭化が進んだので、少数の潜水艦で充分な数の核弾頭を発射可能となり潜水艦発射ミサイルのコストパフォーマンスが向上したので潜水艦発射ミサイルへの依存を強めている。

中国の核戦力近代化

近年中華人民共和国の経済成長によって中国の軍事費はロシアの2.2倍に達しており、中国は核戦力の近代化に熱心であるが、今のところロシア程は数に拘って居らず生残性向上に集中している。(東風-31A晋型原子力潜水艦を開発)

中国の東風-5は液体燃料固定式であり、燃料注入中に米ミニットマンの先制核攻撃で破壊される可能性が高く、対米相互確証破壊は極めて不完全であった。しかし、2007年後半から固体燃料移動式の東風-31Aが配備される。ICBM/SLBMは発射してから着弾するまで12-30分かかり、着弾点が変更不能なため、移動式弾道弾は核弾頭の威力圏外に逃避可能であるほか、そもそも擬装されていると発見自体が困難であるため固定式とは比較にならない生残性があるとされている。また、中国の核ミサイル原潜の夏型原子力潜水艦は1隻しかない上にJL1ミサイルは改良型でも射程4000km以下であり、ハワイ以東に進出しないとロサンゼルスさえ射程に収める事ができない上、騒音対策も未熟で発見されやすく、発射する前に撃沈される可能性大であった。2007年から2010年にかけて晋型原子力潜水艦が5隻配備される見込みであり、アメリカ本土を攻撃できる12基の巨浪二型(JL-2)(射程8,000km以上)を運用可能で、生残性と即応性が大幅に向上したとされている。これらにより、将来、中国は対米相互確証破壊を迎え、ロシアに続いて中国についても米国の核の傘が消滅する可能性があるとの見方がある。

観測から報復まで

核兵器の発射は主に早期警戒衛星で観測する。平時の情報収集により敵方のミサイルサイロの位置はマークされているため、早期警戒衛星はそのような場所から発射に伴う爆発炎など兆候を監視している。相互確証破壊を成立させる上では、相手方による発射を検出してから、それらが着弾するまでに応酬用の核兵器を発射できる態勢を整えねばならない。

一般的に、射程距離が10,000キロメートル級のICBMでは、発射から着弾までの時間は30分程度とされている。地上に設営されたミサイルサイロではなく、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の場合は、発射の検出に時間がかかるため、事態はいっそう切迫する。このわずかな時間内に意思決定を行い、ミサイルサイロに指示を伝達し、発射にかかるすべての作業を完了させなければならない。相互確証破壊を実現するには、数や威力の上で核武装を充実させることが大切ではあるが、それ以上に即応性が求められる。

即応性を向上させるために様々なシステムが考案された。

旧ソビエト連邦の自動報復システム

旧ソビエト連邦およびロシアでは、米国の先制核攻撃により司令部が壊滅した場合に備え、自動的に報復攻撃を行えるよう「Dead Hand(死者の手)」と呼ばれるシステムが稼動している。

これはロシア西部山中の基地に1984年から設置されているもので、ロシアの司令部が壊滅した場合、特殊な通信ロケットが打ち上げられ、残存している核ミサイルに対し発射信号を送ることで米国に報復するものである。

冷戦期を振り返ると

米ソおよび双方の同盟国における冷戦期において両陣営がこの状態を維持した結果、核兵器が使われず、平和を保つことができたとする説のことを核抑止説と言う。核兵器開発のために巨額の資金や労力を注入しつづけたことは、結果的には「ひとたび核兵器を使えば確実かつ完全に報復されてしまう」という状況を作った。米ソ双方による核抑止で平和が保たれたのは実際には米ソをはじめとする大国のみであって、その周辺国では代理戦争が行われていたために実際には世界は平和ではなかった。相互確証破壊能力を持つことで平和が保たれるのであれば、核武装する資格のあるすべての国が核兵器を保有することこそが理想ということになる。

何度かの戦略核兵器の削減交渉が行われ、ミサイルの配備数を減じる要求を相互に提示した。しかし双方とも相互確証破壊の維持を大前提とし、この状態を崩す削減要求は受け入れないか、名目上の同意だけで実質的な削減を行わなかった。

核拡散の時代において

米ソ間の冷戦が終結し、これらに関わった国家では核兵器の廃棄が進んでいるのに対して、新たに核武装を行う国家が現れた。それらの国家が新たに核武装を行ったり核兵器保有量を増強したりする理由の中にも、相互確証破壊の考えがある。それらの国家は想定する敵対国の核攻撃に対して確実な応酬ができるようにすることを掲げ、ミサイル技術などの開発に注力している。

しかしながら、こうした新規の核保有国は核弾頭や運搬手段の開発には注力していても、早期警戒システムの開発・整備についてはどの程度進捗しているかは、伺い知れない。相互確証破壊は即応性とともに、敵からの攻撃を「間違いなく」探知できる正確性があってこそ成立するものであり、エラー(誤認、誤探知)は許されない。かつての米・ソ間には着弾まである程度の時間的余裕が存在し、ホットラインの設置など、エラーを補正するシステムも用意されていた。しかし、敵対関係にあって相互の意思疎通もままならず、早期警戒システムも未熟な隣国同士が互いに核武装して対峙した場合(例えば、インドパキスタンなど)、着弾し報復不能になるまでごく短時間しか余裕が無く、相手が本当に発射・攻撃したか確認できないまま「報復」に踏み切ってしまう、すなわち、抑止どころか、偶発核戦争のリスクを高めてしまう可能性さえ存在する。核拡散の時代においては、相互確証破壊による核戦争の抑止は、機能しないと言える。

相互確証破壊を描いた作品

ソ連の自動報復装置である「皆殺し装置」が登場。放射能半減期が50年に及ぶ強力な放射性降下物で地球全体を汚染する構造。
アメリカの自動報復システム「ARS」と、名称は不明だがソ連の自動報復装置が登場。ARSはホワイトハウス地下の管理センターから起動する。ARSが地震の揺れを核攻撃と認知する可能性があるため、主人公たちはシステムを止めるべくワシントンへ向かったが・・・
核実験の失敗で滅亡したアトランティスの自動報復装置「ポセイドン」が登場。海底火山の噴火を核攻撃と認知して再稼動し、大量破壊兵器「鬼角弾」の発射準備に突入する。
明言されていないが、米ソ片方に隕石が落下したことにより相互確証破壊装置が作動。全面核戦争が勃発する。

関連項目