田舎

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風光明媚な田舎(福井県大野市)
都市化しつつある田舎(山口県山口市)

田舎(いなか、: Rural area)または(ひな)とは、農村・漁村・山村のように、人口や住宅が疎で辺鄙な地域を指す概念・用語である。対義語は、都市都会など。

村落は学術的に用いられることが多いのに対して、田舎はよりくだけた俗語・日常用語である。また、生まれ(育ち)故郷を指す場合もある。

概説

田舎の概念は、都市の発生に伴って登場した。日本では、飛鳥時代から奈良時代にかけて、藤原京平城京などの大規模な都市が初めて建設されたが、貴族層を中心として、これらの都市の住民の中に都市住民としてのアイデンティティが形成され、その裏返しとして、都市以外の地域や住民に対する優越意識が生まれたことが、『万葉集』などから読みとれる。これにより、都市以外の地域を別世界、すなわち「田舎」と捉える概念が発生したと考えられている。『日本国語大辞典』によると、中古は平安京の外側すべてが田舎とされていた。

鎌倉時代の文書に「叡山、園城、高野、京中、田舎」(『鎌倉遺文』12620号)と見え、重要な地域以外はすべて田舎と称されていたことがわかる。また、同時期の他文書によれば、京郊外や鎌倉、在地の荘園も田舎と認識されていた。17世紀初頭に成立した『日葡辞書』は五畿内以外を一般に田舎と呼ぶとしている。

田舎の概念は、その後も京都江戸その他の都市住民に受け継がれていった。中世の頃からは、田舎の住民の一部(主に武士層)に田舎住民としての意識(アイデンティティ)が生まれ、近世には、生活の安定に伴って、より広い住民層にもその意識が拡がっていった。

明治維新に伴い、京都から東京首都機能が遷されると、第二次世界大戦までの時代には、主に行政面で東京一極集中が進んだ。特に高度経済成長期以降は、経済面で東京および太平洋ベルトへの激しい集中が進み、様々な分野で、東京および太平洋ベルトの大都市と地方との間に大きな格差を招いた。そのため、1970年代頃までは、東京や横浜,京阪神などの住民の中に、他の地方を「田舎」として否定的にとらえる意識が見られ、同様に、他の地方の住民にも、自らを田舎住民として卑下する傾向が見られた。

しかし、1980年代以後は価値観の多様化やインフラ面や情報インフラの発展に伴い、田舎と都会を区別する意識は以前よりも弱まっていき、1990年代以後は田舎と都市を性格が異なるだけで同等の存在とする考えが次第に一般的となり、そのことを背景として、都市住民の間に田舎を指向する動きも見られ始めた(→#現代的意義を参照)。

地域範囲

古民家と田園風景

一般に、人口や住宅の少ない地域が田舎とされているが、田舎の指し示す地域範囲は必ずしも一定ではない。田舎と都市の境界を示す指標は、各個人の主観による所が大きく、田舎及び都市の地域範囲を規定する客観的基準は成立しがたい。

例えば、日本の県庁所在地は大半の場合、その都道府県最大の都市であり、当該都道府県内では都会との評価を得ていることが多いが、東京や、名古屋大阪などの大都市の住民からは田舎と見られる傾向が強い。市街地の中でも、が点在する地域は、田舎と呼ばれることがある。

人口や住宅が少ない場合でも、全く人間の営みが感じられない地域(砂漠山岳森林地帯など)を田舎と呼ぶことは少ない。人間の生活圏の中で、人間活動が比較的まばらとなっている地域が田舎とされるのであり、どの程度まばらであれば田舎となるかは、主観に基づくこととなる。

語源

田舎という熟語は、文字が示す通り、(農地)の(建物)、即ち農耕を営む為の建物や農家を意味する語であった。日本書紀万葉集に「田舎」の語が現れており、大半が本来の意味で使われている。

「いなか」という言葉の語源については、次のような説がある。

  • を作るための家、すなわち「稲家」(いなか)から由来したとする説。
  • 田や住居が混在する有様を「田居」(たい)と呼び、田居が広がる地域を「田居中」(たいなか)と呼んでいた。その後、田居中を表すために「田舎」が仮借されることとなり、語頭の「た」も略された。とする説。
  • 田を新たに拓くための建物を「田居」(たい)といい、田居が立ち並ぶさまを「田居中」(たいなか)と呼んだ。いずれ、田舎の文字が当てられ、語頭の「た」がとれた。とする説。

定説はないが、上記のうち最後の説が多くの支持を集めている。

という語は、訓読みでは「ひな」と読まれることが一般的で、「鄙びた地域」「鄙にはまれな」というように用いられている。また、「都鄙」というように、都市(都、みやこ)と田舎(鄙、いなか)を対比する時には、「鄙」の字が用いられることが多い。

文化

日本に限らず、都会(都市)は先進的・開明的・洗練的な地域であり、田舎(村落)は無変化・閉鎖的・素朴である。人口が都市に集中するのと同様、優れた文化・芸術活動も都市に集中することとなる。そのため、文化面では都市の方が注目を受ける度合いが非常に高い。国際的にも、都市における文化をその国家や民族の代表的文化として紹介する傾向が大きい。

しかし、ある国(民族)の文化基層(思考様式や行動様式、食生活など)が残存しているのは、都市よりも田舎である場合が多いことも事実である。都市は、肯定的な面も多いが、物事の変遷が激しく、文化面では優れたものも多い反面、一時的で表層的になりがちである。

田舎は、閉鎖的で変化が少ない代わりに、伝統的な思考や行動がよく保存されている。多くの国家や地域において、田舎文化は、自文化の基層・基盤であると考えられ、都会の住民の憬れの的となったり、次代に受け継ぐべき重要な遺産として扱われている。

現代的意義

日本では、1980年代以前より、都市から田舎へ回帰するUターン現象が提唱されてはいたが、その動きはごく一部にとどまっており、全体として田舎から都市への人口流出は止まらず、田舎の衰退が危惧されていた。

しかし、1980年代後半頃から、価値観の多様化が急速に進展し、それまで否定的な面ばかりが強調されていた田舎を見直す風潮が現れた。それが具現化したのは、1990年代後半頃から顕著となったグリーンツーリズムの動きである。これは、田舎の生活を一部体験する旅行を指しており、都会に流れた人口を、移住という形ではなく、観光という形で田舎へ呼び返そうという試みである。このような交流によって、変化に乏しく閉鎖的な田舎へ刺激を与えようという意図も含まれている。都市住民においても、多忙な都市生活から抜け出して、田舎を指向する傾向が強まってきており、十分に需要が存在している。

ヨーロッパでは、都市住民が夏季に長期休暇(バカンス)を取得し、田舎で暮らすという生活様式が定着している。日本のグリーン・ツーリズムは、こうしたヨーロッパの生活様式を導入しようという動きである。

しかし、現在は田舎のライフスタイルも都市化しており、田舎の魅力のひとつとされる伝統的な生活習慣の多くが既に失われ、都市住民が持つ田舎のイメージと現状が極めて乖離している。特に交通機関については現在の田舎では完全に車社会となっており、自家用車が一人一台となっている。消費活動においても大都市郊外とあまり変わるところはなく、大型店に自家用車で乗りつけ、そのまま自家用車に積んで持ち帰るといったライフスタイルが一般的である。

また、都市部で生活している人々が、自分の出身地とは別の田舎に移り暮らそうという動きも一部で見られる。Iターン現象という。例えば、定年退職者で定年後に田舎を永の住居として本格的に農業を営みつつ暮らす人や、30~50代のうちに田舎で林業の仕事を始めつつ暮らす人、漁師の仕事を始める人、農業を始める人などがいる。最近では、人口減に悩む地方自治体が、全国のIターン希望者を視野に入れつつ、様々な好条件(新築で現代的な鉄筋コンクリートの町営住宅などの格安提供や数年間の無料提供、医療の無料化、学校・教育費などの無料化、子育て支援費など)を提示しつつ、そのような生活を希望する人を募集することが行われるようになっている。NHKなどの番組で、そうした企画に応募したことで、都会で暮らしていた時よりもかなりクオリティ・オブ・ライフが向上した家族などが紹介されている。若干給与が下がるにしても、その分、住宅費は都会よりもはるかに安く、他の諸出費も減ることにより、可処分所得はさほど減らないことや(かえって増える場合もある)、都会のストレスから開放されること、田舎の仕事は概して都心での仕事にくらべて時間の流れがゆったりしていて、いろいろな意味で精神的なストレスが少ないことなどが指摘されている。子供を産み子育てをするライフステージの家族などに特に好評な募集もいくつも存在している。人間は一般に住み慣れた環境を離れることには不安を感じるものであるが、こうした企画に参加した人々で、事前に不安を感じていたほどは実際には支障はなく幸せな新生活を見出した人々が多い。ただし医療面では、何らかの持病をかかえる人などでは都会に比べると病院の数が限られることや専門特化した病院に通いづらいことに不安や不都合を感じる人もいる。また一般に、新たな仕事を始めることはそれなりの挑戦であり、それなりの壁にぶつかる人もいる(例えば、農業を始めた人などでは自然相手、天候相手の仕事の難しさに初めて気づかされる人もいる)。あるいは田舎特有の保守的な雰囲気(田舎ならではの人間関係慣習など)に馴染めない人も一部おり、再度都会に戻る例もある。ただし、Iターン家族向けの企画で、それに参加した複数の家族が同一の集合住宅(町営アパート等)で暮らせるようになっている場合などは、同じ境遇の人どうしが近所に暮らしており、互いに分かり合え相談相手がおり、Iターン先輩から後輩へノウハウの伝授もなされて、すんなりと適応し、快適に暮らしている例は多い。また、医療面でも相当の予算を組み環境を整え、優秀な医師などを積極的に呼び寄せ、改善に成功している地方自治体もある。

田舎をテーマにした作品・放送番組

参考文献

  • 錦昭江「田舎」項(ことばの中世史研究会編『「鎌倉遺文」にみる中世のことば辞典』東京堂出版、2007)

関連項目