折橋洋介

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折橋 洋介
(おりはし ようすけ)
人物情報
居住 日本の旗 日本
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学大学院修了(博士(医学))
学問
活動地域 日本の旗 日本
研究分野 行政法学
研究機関 広島大学
影響を受けた人物 佐々淳行
学会 警察政策学会
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折橋 洋介(おりはし ようすけ、1981年昭和56年)7月 - )は、日本行政法学者広島大学大学院人間社会科学研究科教授

経歴

2000年3月滋賀県立膳所高等学校卒業、2004年3月岡山大学法文学部卒業、2007年3月大阪大学大学院法学研究科前期博士課程を3年かかって修了(通常は2年。他の同期が同大学院の博士後期課程に進んだが、折橋は当時の指導教授から進学を認められなかった)。2011年3月東京大学大学院医学系研究科博士課程を修了。博士医学)。医師資格は有していない。2020年4月広島大学大学院人間社会科学研究科教授

岡山大学在学中から刑法学刑事政策解剖学等を主として専攻しておらず、また、医学部を卒業しているわけでもないものの、佐々淳行の著書を読んで警察の諸活動に憧れて夢を貫き、大学内の複写機をほぼ連日独占して法医学等の様々な文献を複写・ファイリングし、「これまで法医学において、また広く法学領域においても、ほとんど研究されてこなかった行政による死因調査について、法理論的分析を加えたという点で独創性があり、且つ本研究は死因調査の目的についての議論の成熟化に資するための理論的基礎を築かんとするものであり、法医学及び隣接する法学領域における学問的価値のみならず、昨今の死因調査法制の体系的見直しの論議にも有用であり、学位の授与に値すると考えられる。」(学位論文要旨詳細[1])と宇賀克也らから評価され、いわゆる「ご紹介論文」にて医学の博士号を取得した卓越した実力は、多くの学生に希望と勇気を与えている。大学院生の頃に若手研究者海外派遣事業によるドイツ派遣を経験[2]している。

総務省行政管理局において行政判例等専門官として在職していた際には、行政不服審査法の改正に事務方としてわずかの期間のみ関与し、同局所管の行政通則法(行政手続法、行政不服審査法、行政機関情報公開・個人情報保護法等)に関する運用実務や調査研究等に広範囲にわたって自らの集中力を巧みに分散して従事していた[3]。自分自身の過去の日々や取り組みを針小棒大に述べる者も少なくないが、この時期の折橋は「昼は仕事、夜は研究」の生活を過ごしており、折橋自ら「地獄のような日々も経験しましたね」と学究生活が過酷であったと堂々と述べるほど、薬学歯学文化人類学等も研究対象として幅広く取り組んできた[4]。「地獄のような日々」という折橋の言葉は、仕事と学問、仕事と介護といった両立に悩む人々に希望の光を与えるものであろう。もちろん、折橋の言葉が、仕事と何かとの両立に愚痴をこぼさず黙ってこなす大多数の人々を批判するものではない。

折橋は、一つの学問領域の「奥深さ」に拘泥せず、学問の垣根を乗り越えて果敢に挑戦するオールラウンダーであり、折橋の研究は、ルポルタージュとは異なる折橋独自の研究手法である。その姿勢に誇張はない。折橋自身の興味関心は非常に幅広く、墓地埋葬法感染症法についても述べている[5][6]。これらの法の制度趣旨等を深く研究しないまま、また、火葬後の人骨の衛生状態等を深く考察せず、大々的に問題提起を行って述べるものの、墓地埋葬法等に関する記述を早々に切り上げ、折橋自身の自己アピールに代わるその内容は、折橋の思考の回転の速さを物語るものであり、それは曇天を思わせるものでもなく、また、錯綜でもない。一瞬も止まることなく、他の学者が捉えないような問題に対して、真っ向から対決する姿勢を見せ、一瞬の戸惑いもなく稲妻のように諸問題にまずは立ち向かってみる折橋の探究心は、まるで泉から水が溢れ出るような折橋の旺盛な自己成長マインドが原点なのであろう。

学者が情緒的かつ牧歌的なおよそ学術的とは評価できない文章を記述すれば通常は非難されるが、折橋ならば一切非難されないのは、折橋自ら「地方国立大学法学部の行政法教員となって今春には10年目を迎える」と地方紙社会部記者も平伏す驚愕のフレーズを堂々と語る折橋自身の自信溢れる人柄を認める人々も存在するからであって、人々から溜息が漏れているだけというわけでもない。「墓地火葬行政の実際について知りたいという欲求に駆られた」と述べる折橋の旺盛な探求心は、他の学者の追随を許さないと評価してもよいかもしれない。「危機的な感覚を自分事として捉えつつ、可能な限り客観的に現実を知り、現場に応える行政法を育」みたいと述べる文章など、折橋の文章が読者にとって理解しづらい文体であることは多くの人々が否定しないであろうが、折橋の文章は低俗で安っぽい時代劇の脚本とは異なるものであり、溢れ迸る折橋の情熱は、危機管理の大家・佐々淳行を彷彿とさせるものであって、これを二番煎じと酷評することは許されず、ネット上の的を射たコメントに勝るとも劣らない折橋の熱い気持ちがストレートに表現された語りである。

他の学者が誰も興味を抱かない案件を見付けては、大変だ、問題だ、と取り上げる折橋ののように素速い嗅覚について、危機的な感覚を自分事として自分流に捉え、自分以外の多くの人々から望まれてもいない案件を可能な限り客観的に知ろうと自分勝手に錯綜して騒ぎ、自己アピールに繋げているだけだ、との批判は許されないであろう。主戦場で議論せず、周辺門外漢の前で大仰に語り、たとえごく少数の人々であっても、それは問題だ、着眼点が良い、危機的だ、と思わせる折橋の魅力溢れる語りは、情熱的な作家も平伏す驚愕の熱弁であり、他の学者には到底真似できないものであり、また、多くの学者は真似しない。

折橋は「霞が関に幅広い人脈を持つ」[7]と語っている。その人脈の数は、100名、200名というわけではないが、決して大風呂敷過信ではなく、広島大学では行政法の講義のみならず、「霞が関論」を開講し、官僚をゲストに招いて学生に夢と目標を与え、また、行政法の基礎的な知識の取得とその知識を用いて自ら考える能力を養うことを目標とした講義やゼミを行い、学生を指導している[2][8]

なお、折橋は、博士(医学)を取得しているが、医師ではない。医師になるには医師国家試験に合格して医師免許を取得し、さらに研修医として2年間臨床経験を積むことにより、正式に医師として医療行為を行うことができるが、折橋は医学部を卒業しているわけでもなく、医師試験に合格して臨床経験を積んでいるわけでもない。また、博士(法学)を取得しているわけでもない。

主な論文

  • 行政不服審査法の全部改正の概要及び実施, 法の支配, 187号, pp. 27-38, 20171130
  • 死因調査にかかる情報の取扱いについて, 法医学の実際と研究, 56号, pp. 261-262, 201311
  • 統計調査と情報行政法に関する一考察, 季刊行政管理研究, 140号, pp. 33-41, 201212
  • 愛知県個人情報保護条例に基づく死体見分調書等の開示請求(名古屋高裁平成20年7月16日判決), 自治研究, 86巻, 4号, pp. 125-138, 201004
  • 地方公共団体による国立大学「医局」への寄附と地財再建法24条(仙台高裁平成19年4月20日判決), 会計と監査, 59巻, 5号, pp. 30-35, 200805

関連人物

脚注

外部リンク