セオドア・ロング
セオドア・ロング | |
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プロフィール | |
リングネーム |
セオドア・ロング テディ・ロング |
本名 | セオドア・R・ロング |
誕生日 | 1955年9月15日(68歳) |
出身地 |
アメリカ合衆国 アラバマ州バーミングハム |
所属 | WWE |
セオドア・ロング(Theodore R. Long、1955年9月15日 - )は、アメリカ合衆国のプロレス団体・WWEの番組『SmackDown!』でゼネラル・マネージャーを務める人物である。アラバマ州バーミングハム出身のアフリカ系アメリカ人。テディ・ロング(Teddy Long)の名義でも知られる。
来歴
トミー・リッチ、アブドーラ・ザ・ブッチャーの付き人としてプロレスのキャリアをスタートする。1985年にNWA(ジム・クロケット・プロモーションズ)のスタッフとなり、1988年にレフェリーとしてデビュー。テディ・ロングの名でNWAからWCW時代にかけて悪役レフェリーやヒールのマネージャーとして活躍した。
1999年にWWF(現・WWE)に移籍し、2002年まではレフェリーとして活動。その後RAWに移籍し「黒人の地位向上運動家」のギミックでディーロ・ブラウン、ロドニー・マックなどの黒人選手のマネージャーを務める。以降、クリストファー・ノインスキー、マーク・ヘンリーなどヒールレスラーのマネージャーを歴任した。
その後、マーク・ジンドラックのマネージャーとしてスマックダウンへ移籍。2004年にカート・アングルに代わって同番組のゼネラル・マネージャーとなる(なお、同団体のGMとはストーリー上での役割であり、団体の運営そのものには関わらない)。当初はヒールとして職権を濫用するかに思われていたが、突如ベビーフェイスに転身し、良識あるGMとして番組の規律を守ることに務めた。2007年はクリスタルとの恋愛ストーリーが展開され、スマックダウンにて結婚式を行うまでに至ったが、式はお約束的なハチャメチャなものとなり、自身は心臓発作で倒れるというアングルで長期離脱。復帰してからは、自身の代わりにGMに就任したヴィッキー・ゲレロの補佐役をしぶしぶ引き受けていた。
ヴィッキー・ゲレロがスマックダウンの正式(完全)なGMに就任してからはECWへ移籍、新ゼネラル・マネージャーに就任した。ECWでは新人発掘に力を注ぐGMとして、エヴァン・ボーン、リッキー・オルティズ、ジャック・スワガーらをデビューさせる。その後、スマックダウンとRAW(代行)のGMを兼務していたヴィッキー・ゲレロが正式にRAWのGMに就任したことで、2009年4月からスマックダウンのGMに復帰した(ECWのGMはアシスタントだったティファニーが引き継いだ)。しかし、6月に久々にスマックダウンに登場した会長のビンス・マクマホンにより、(アングル上で)仮採用に格下げされてしまう。
10月のブレーキング・ポイントでのCMパンクとジ・アンダーテイカーの世界ヘビー級王座戦でテイカーの必殺技を禁止し王座奪取を阻止したことにより一時的にブーイングを浴びていたが、その後はベビーフェイス寄りのGMに戻り、償いとしてTLCのチェアーマッチではバティスタのテイカーへのローブローを反則行為とし、テイカーの勝利をアシストした。
基本的にはベビーフェイスとして温厚な人物だが、ブラッギングライツの番組対抗戦ではRAW所属のビッグ・ショーに「チームを裏切ったら世界ヘビー級王座第一挑戦権を与える」と提案するなど、スマックダウンの名誉のためなら手段を選ばない一面もある。
決め台詞は「ホラ・ホラ・ホラ(Holla, Holla, Holla!)」「ヤー・フィール・ミー(Ya feel me?)」「ユー・キャン・ビリーダッ・プレイヤ!(You can believe that, prayer!)」などアフロアメリカン式のアクセントを好んで使用する。
入場曲
- MacMilitant
マネージャー時代の担当選手
- NWA / WCW
- ジョニー・B・バッド
- ノーマン・ザ・ルナティック
- ドゥーム(ロン・シモンズ & ブッチ・リード)
- ワンマン・ギャング
- シッド・ビシャス
- ダニー・スパイビー
- "ミーン" マーク・キャラス
- マーカス・バグウェル
- 2・コールド・スコーピオ
- クレイグ・ピットマン
- クリス・ジェリコ
- WWE
etc.