ゴーストワールド (コミック)
ゴーストワールド | |
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ジャンル | オルタナティヴ・コミック |
漫画:ゴーストワールド | |
作者 | ダニエル・クロウズ |
出版社 | ファンタグラフィックス・ブックス |
発表期間 | 1993年6月 - 1997年3月 |
テンプレート - ノート |
『ゴーストワールド』(Ghost World)は、ダニエル・クロウズ作のグラフィックノベル作品である。 クロウズによるコミックブックシリーズ『エイトボール』[1]誌11~18号(1993年6月~1997年3月)に掲載された連作が初出である。1997年にファンタグラフィックス・ブックスから書籍化された。 十代の読者に歓迎された本作は、商業的にも批評の上でも成功を収め、のちにカルト的な支持を受けるようになった。同作の書籍は何度も重版され、2001年には同タイトルで映画化(ゴーストワールド)された。 映画版の日本公開に続き、プレスポップギャラリー[1]から単行本の邦訳が刊行された。
本作は親友同士の二人、イーニド・コールスローとレベッカ・ドッペルマイヤーの日々の生活を描いた作品である。1990年代のはじめ、高校を卒業したばかりの二人は知的でシニカル、しゃれの分かる女の子。 アメリカの名もない都市をあてもなくぶらついては、ポップカルチャーや街の人々をこき下ろしたり、人生に迷ったりして日々を過ごしている。 物語が進み、イーニドとレベッカが大人の入り口をくぐるにあたって、二人の間は緊張をはらんだものとなり、互いに離れていってしまう。
十代の日常・友情・若い女性・ポップカルチャー全般に対する本作のコミカルなアプローチは高い評価を受けた。 本作はストーリー漫画の範疇に入るが、ブラックコメディの要素が効果的に使われている。 作者によると、本作は「高校を卒業したばかりの若者二人の生活を(おおむね)実体のない盗聴者として一方的に観察した記録のつもりで描いた。とはいえ、完全に感情移入を排したわけではない。科学者がペトリ皿に入れてある貴重な細菌を可愛いと思うようなものだ」[2]。 コミックの成功を受け、2001年に公開された映画は批評家から好意的な評価を受け、多くの賞にノミネートされた。その一つに、クロウズが携わった脚本に対するアカデミー脚色賞がある。
概要
ゴーストワールドの舞台は、ショッピングモール・ファーストフード店・スプロール化した住宅地のひしめく名前のない都市である。 イーニドとレベッカがひっきりなしに笑いの種にしたり、皮肉な論評を加えたりしていることでもわかるように、この都市は物語の中で重要な役割を持っている。 話が進展するにともなって、背景は劇的に変化していく。 作中、「ゴーストワールド」という言葉がガレージドアの落書き・標識・広告看板などに繰り返し登場するが、その意味は明らかにされない。 解釈の一例は、現代社会では誰もが自分の世界に閉じこもり、外界を「幽霊の世界」とみなしているという意味だとするものである。 そのほか、疎外された人々や事物・テレビ映像・過去への郷愁などを表す隠喩と見られることもある[3]。
本作に寄せられた評論は広範なものだった。 十代の日常・人間関係・現代社会の退廃についての洞察を賞賛する批評家が多かったが、散漫で不健全だとして批判する声もあった。 一部にはJ・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』 (1950) と並べて評したものもあった。 ヴィレッジ・ヴォイス誌の評によると、「サリンジャーが過去の世代のために『ライ麦畑で捕まえて』で行ったのとまさに同じように、クロウズは若者が感じている不安を力強く、的確に描き出している」[4]。 ガーディアン紙は本作の作画と視覚表現を 「鮮やかな絵筆で描かれており、物語は巧妙で説得力を持っている。十代の日常を描いた傑作」と賞賛している。 またタイム誌は本作を「歴史に残る」とした。
あらすじ
1990年代、知的でシニカルな二人の少女、イーニド・コールスロー(元々の姓はコーンだが、彼女が生まれる前に父親が改名した)とレベッカ・ドッペルマイヤー(ベッキー)は親友同士。 高校を卒業したばかりの彼らは名前のわからない街をほっつき歩いては、ポップカルチャーや出会う人々をこき下ろしたり、人生これからどうするか迷ったりして日々を過ごしている。 二人は男性が好き(であるはず)だが、実はレズビアンかもしれないという考えを抱くこともある。 固かった彼らの友情は、物語が進み、イーニドが大学進学のため街を離れようとすることで緊張をはらんだものとなる。 物静かな青年ジョシュは彼らの友達である。いつも二人のからかいの的になっているが、実は二人ともジョシュに惹かれており、三角関係の構図にあることがだんだん明らかになってくる。
物語の一節に作者クロウズ(作中ではデビッド・クロウズ)がカメオ出演している。イーニドが憧れ、心酔している漫画家だが、実際に会ってみると不気味な外見で「変質者みたいだった」という役回り。
本作はイーニドとレベッカの別離で結末を迎える。口では「いつか会おうね」と言い交わすものの、かつては当たり前にあった親密さは失われていた。レベッカはジョシュと付き合いはじめ、「普通」の人生を歩みだしたように見える。反対にイーニドは大学入試に失敗し、社会に適応できないまま、独り街を離れて新しい生活を始めることになる。
登場人物
イーニド・コールスロー
主人公、直情径行、シニカルで毒舌。 何の考えもなくいい加減に生きており、出会う人を片端からけなしてまわる。 親友のレベッカ・ドッペルマイヤーとともに高校を卒業したばかりの18歳[5]。 単に自分の楽しみのため、他人に悪ふざけをするのが趣味。いつもその被害者になっている元同級生のジョシュのことが好きかもしれない。 また、不健全なもの全般に興味を持つ。例えば、ジョシュに強要してポルノショップに連れて行かせたことがある。 クロウズはイーニドについてこう語っている[6]。 「最初はイドだけで生きているキャラクターのつもりだった…でも途中から気づいたんだけど、僕が若い頃よりも口数が多いのを別にすれば、彼女が抱えている混乱、自己不信、自己認識の問題は僕と同じだ。僕は未だに抜け出せないでいる。あっちは18歳で僕は39なのにね!」
結末でイーニドがどういう運命を迎えたかは作中に描写されていない。明らかなのは、レベッカと別れたあと、荷物をまとめてバスで街を離れたところまでである。 一部の読者は、この最終話を自殺の隠喩だと解釈している。 この解釈につながる暗示が原典の各部に見られる。バス停にたたずむ「ノーマン」、目次ページに描かれた墓地、イーニドが乗っていた霊柩車が売りに出されていること、イーニドの父とキャロルが悲痛な表情を浮かべているコマ。 しかし、解釈や意味は最終的に個々の読者に委ねられている。 テクスト外にこの解釈を否定する証拠が一つある。クロウズの後の作品『ダン・プッシー』にイーニドとレベッカが老女となってカメオ登場していることである。 プッシーは尊大で社会性に欠けるスーパーヒーローコミックス作家である。 彼が看取るものもなく死を迎え、老いて荒んだレベッカとイーニドが保養所に残された彼の遺品をあさるところで物語は終わっている。 プッシーが隠しておいたマンガ本を見つけた二人は「どうして大人がこんなくだらないものを欲しがるの?」と訝る。
イーニドの名前「Enid Coleslaw」は作者の名前「Daniel Clowes」のアナグラムである。
レベッカ・ドッペルマイヤー
第二の主人公レベッカ・ドッペルマイヤーは、イーニドよりはるかに受身でナイーブなキャラクターであり、社会の主流に近い性格だと言える。イーニドは奇異な事物を好むが、レベッカは同世代の少女が普通に興味を持つようなものを好む。それは例えば1990年代前半に若い女性に人気があったティーン雑誌『サッシー』であり(イーニドはそんな雑誌を買ったことを嘲りつつも読みふける)、ジョシュのような異性である。
レベッカはイーニドに対して劣等感を持っており、作中ではイーニドが好奇心のまま行動する後についていくか、イーニドが自分のことをあれこれしゃべるのに対して冷淡に皮肉を返す以外ほとんど何もしない。 実のところ、レベッカの言葉はイーニドのおしゃべりとまったくかみ合っていない。 レベッカは人生に何の望みも持っておらず、過去にとらわれて未来に目を向けようとしないが、物語の最後には思慮のある大人となる。 彼女がその後もジョシュとの関係を続けるかどうかははっきりと描かれていない。
その他の登場人物
- ジョシュ
- シニカルなコンビニ店員。イーニドとレベッカは彼に対してそれぞれ違う時期に恋愛感情を持つ。
- メローラ
- 人気者の明るいがんばりや、主人公たちの元クラスメート。イーニドとレベッカの行く先々にひょっこりと現れる。
- ボブ・スキーツ
- 文中で描写されるところによると、ドン・ノッツタイプの不気味な男。占星術師ないし霊能者として生計を立てているらしい。
- ウーミ
- 体が弱いレベッカの祖母、主人公たちと一晩一緒にすごす。
- ノーマン
- 決して来ないバスをベンチに座って待ち続ける老人。
- イーニドの父
- 柔弱な男性。
- キャロル
- イーニドの三番目の義母。離婚していたが、再びイーニドの前に現れる。
- アレン
- イーニドは「ウィアード・アル」とあだ名をつけた。Hubba Hubba(映画ではWowsville)という1950年代スタイルのレストランで働くウェイター。
- ジョン・エリス
- 主人公たちの知り合い、二人には嫌われているが、よく顔を合わせる。ナチ・シリアルキラー・児童ポルノ・銃器・サーカスの奇形・拷問・スナッフフィルムなどなど、ステレオタイプな「不健全」、「反社会的」なものに執着している。『破壊』と題するミニコミを発行しており、この種の記事を載せている。
- 猿人ジョニー
- 以前はヘロイン中毒のパンクロッカーだったが、今はビジネスマンを目指している。主人公たちの間では、イーニドの父の車にスプレーで「アナーキー」と落書きした奴、で通っている。
- ナオミ
- 主人公たちのクラスメートで、イーニドによると、メローラと並んで「アメリカの若きジャップども」。イーニドにとって気の置けない友人であるらしく、彼女に最初の性体験の話をする。
- アレン・ウェンステイン
- イーニドの初体験の相手。裕福な両親への反抗としてマリファナを吸い、レゲエを聴き、カウンターカルチャーに関心を持つ。
- サタニストの男女
- 行きつけのレストラン・エンジェルでイーニドが見かけた客。実際にはサタニストかどうかわからないが、イーニドの想像の中ではそうなっている。二人が晴れの日に傘を差す(日傘代わりに)ことをイーニドは馬鹿にする。
歴史
作者ダニエル・クロウズが本作の構想を立てたのは、10代だった1980年代後半から90年代前半にかけてのことだった。 作品内容の多くは作者自身の人生を元にしている。例えばクロウズはロサンゼルスからサンフランシスコに移り住んでいるが、物語の舞台となる都市はこの両者の景観を組み合わせたものだと語っている[7] 。 この作品は全体が年代順に描かれたわけではない。クロウズは1993年9月9日にゴーストワールドのライティングを始めたが、第一章に取り組んでいる時は連作にする予定はなかったという。
作者クロウズは、好奇心旺盛な二人の少女が中年男性の情事を付け回す映画『マリアンの友だち』(en:The World of Henry Orient)から本作の着想を得たと認めている[8]。 本作のイーニドとレベッカは「サタニスト」や霊能者ボブ・スキーツをはじめとする近隣の変人たちに非常に関心を持っている。 また、クロウズも脚本に携わった映画版ゴーストワールドでは、イーニドの部屋に『マリアンの友だち』のポスターが貼ってある。
それまで「エイトボール」誌で奇怪な題材ばかりを扱っていた作者にとって、本作は新しい方向性を拓いた作品となった。 インタビューでの発言によると、十代の少女を主人公にした理由の一つは、特にシニカルな意見を代弁させても作者がしゃべっているような印象を与えずにすむからだという。
ゴーストワールドの作画
オリジナルと書籍版の間で多くの描き直しが行われた。大きな変更点の一つとして、初期に描かれたレベッカの顔は後半の絵に合わせて描き直されている。
コミックブック版とグラフィックノベル版の相違点
わずかに黄色が使われている例外箇所を除くと、 エイトボール誌に掲載されたオリジナル版は二色カラーである。 前半は黒とダークブルー、後半は黒とやや明るい色合いの青、最後の2章は黒とライトグリーンが使われている。 一冊にまとめられたグラフィックノベル版では、全編がライトグリーンと黒の配色で印刷されている。
本作のキャラクターデザインはオリジナルの連載中に大きく変化した。キャラクターの顔はこぎれいでシンプルなものになったが、これは作者の美意識の変化による。 本作以前から彼のトレードマークであった細かく描きこんだ顔は、よりシンプルなデザインに取って代わられている。 ジョン・エリスというキャラクターについて見てみると、オリジナルのコミック版では顔に陰や斜線が描かれていたが、書籍版ではよりシンプルで整理されたデザインになっている。 他に目を引く例は、第一章2ページ目のレベッカが雑誌を読んでいるコマである。オリジナルのコミック版では、レベッカの目と顎には陰がつけられ、髪は肩まで伸び、顔をしかめている。グラフィック・ノベル版ではこのコマは描き直されており、レベッカの容貌はより柔和で明るくなっている。 このコマをはじめ、第一話に登場するイーニドの外見も手直しがされている。
グラフィック・ノベル版には5枚のイラストが描き下ろされ、コピーライト・目次・献辞などの序文ページに使われている。どのイラストも物語がはじまる以前に起こった出来事の図で、主人公二人が高校の卒業式に出席したり、墓参りをしている場面などが描かれている。 後者はレベッカの親(レベッカは祖母と住んでいるが、両親については作中で一度も言及されていない)もしくはイーニドの母(同じく作中に登場しない)の墓だと考えられる。 卒業式で角帽礼服姿の二人が並び、イーニドが中指を立てている構図は映画版にも取り入れられた。
クロウズの作品『en:Like a Velvet Glove Cast in Iron』と同様に、本作はグラフィック・ノベルに収められる際に章題と目次が追加された。
映画版
本作は2001年に同タイトルで映画化された。 監督テリー・ツワイゴフはアンダーグラウンド・コミックスの作家ロバート・クラムのドキュメンタリー映画でも有名。 イーニド役にソーラ・バーチ、レベッカ役にスカーレット・ヨハンソン。またスティーヴ・ブシェミが演じたシーモアは、原作に登場するボブ・スキーツ、「アゴヒゲのウィンドブレーカー」、ジョシュの要素を組み合わせたキャラクターである。 イーニド役にはクリスティーナ・リッチが検討されていたが、映画の製作が軌道に乗りはじめた時には歳を取りすぎていた[9]。
関連商品とスピンオフ作品
初刊から2007年現在までの間に、本作の関連商品とスピンオフ作品は数多く作成された。 現在でも販売しているものもある。 その一例は、三種類あるイーニドの人形である。 ファンタグラフィックスから発売されている人形の一つには、クロウズによるイーニドのアートワークや、コミックに登場した小物(イーニドがポルノ店で買ったマスクなど)がついてくる。 残る二種は、エイトボール誌に登場した『リトル・イーニド』、ブードゥー人形に似たスタイルのイーニドとレベッカのペア人形である。
書誌情報
- 原語版(ハードカバー)『Ghost World』ファンタグラフィックス・ブックス、1997年12月、ISBN 1-56097-280-7
- 原語版(ペーパーバック)『Ghost World』ファンタグラフィックス・ブックス、2001年4月(第4版)、ISBN 1-56097-427-3
- 邦訳版 『ゴーストワールド』 プレスポップギャラリー、2001年9月、ISBN 978-4990081201
脚注
- ^ http://core.ecu.edu/ENGL/parillek/dctitles.htm
- ^ http://www.goodreads.com/book/show/62953.Ghost_World
- ^ http://www.northern.edu/hastingw/ghost_world.html
- ^ http://www.fantagraphics.com/artist/clowes/clowes.html
- ^ http://www.outer-court.com/text/daniel_clowes.html
- ^ http://www.northern.edu/hastingw/ghost_world.html
- ^ http://www.guardian.co.uk/Archive/Article/0,4273,4290067,00.html
- ^ http://www.bbc.co.uk/dna/collective/A4500820
- ^ http://www.villagevoice.com/news/0129,reynolds,26460,1.html