白川郡 (黄海南道)

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白川郡
位置
DPRK2006 Hwangnam-Baechon.PNG
各種表記
ハングル 배천군
漢字 白川郡
発音 ペチョン=グン
ローマ字転写 Paechŏn-kun
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白川郡(ペチョンぐん)は朝鮮民主主義人民共和国黄海南道に属する郡。白川温泉がある。

なお、漢字由来の朝鮮の地名としては例外的な読み方となっている。当地を本貫とする氏族でも「ペチョン/배천군」と読む場合と「ペクチョン/백천군」と読む場合がある。

地理[編集]

道の東南部に位置し、南に京畿湾を臨む。

東に礼成江を挟んで開豊郡、西に延安郡、北に峰泉郡と隣接する。

歴史[編集]

植民地時代は西隣の延安郡と合わせて延白郡とされていたが、解放後に延安郡と白川郡に分離された。

植民地期に白川温泉が開発され、京城ソウル)に近い温泉の一つとして賑わった。

年表[編集]

  • 高句麗 - 刀臘県が置かれた。
  • 統一新羅 - 旧沢と呼ばれ、海皐県に属した。
  • 高麗 - 忠翊県、復興郡、白州と呼ばれた。
  • 1413年 - 白川郡が置かれ、京畿道から黄海道に管轄が移った。
  • 1526年 - 白川県となる。
  • 1535年 - 郡に復す。
  • 1895年 - 海州府白川郡(二十三府制)。
  • 1914年 - 白川郡と延安郡が合併されて延白郡となる(20面)。
  • 1935年 - 延安面が延安邑に昇格(1邑19面)。
  • 1945年8月15日 - 米軍管理下に置かれる。ただし、牧丹面・金山面および掛弓面・花城面・銀川面・雲山面・鳳北面の各一部はソ連軍管理下に置かれる。(1邑17面)
  • 1945年11月4日 - 黄海道延白郡延安邑・湖東面・湖南面・海城面・松逢面・鳳西面・海龍面・龍道面・掛弓面・花城面・銀川面・雲山面・柳谷面・海月面・温井面・道村面・石山面・鳳北面、碧城郡泳泉面・秋花面・来城面・日新面・青龍面を京畿道延白郡として編成。米軍政の下で行政区画を調整。(1邑19面)
    • 花城面が石山面に編入。
    • 雲山面が銀川面に編入。
    • 泳泉面が来城面に編入。
  • 1946年12月
    • 鳳北面が金山面に編入。
    • 銀川面が雲山面に編入。
  • 1950年 - 朝鮮民主主義人民共和国管理下の延白郡に金川郡西北面・山外面、平山郡積岩面を編入。
  • 1952年12月 - 延白郡が分割され、白川郡として編成される(1邑1労働者区26里)。

外部リンク[編集]