永保寺

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永保寺
Kokeizan-teien.jpg
永保寺庭園(国指定名勝)
所在地 岐阜県多治見市虎渓山町1-40
山号 虎渓山
宗旨 釈迦牟尼世尊の正法眼蔵を拈提し、参禅弁道によって仏祖的伝の心印を究明し、正法を伝授する。
宗派 臨済宗南禅寺派
本尊 聖観世音菩薩
創建年 正和2年(1313年
開基 夢窓疎石(開創)
元翁本元(開山)
文化財 観音堂、開山堂(国宝)
絹本着色千手観音図(重要文化財)
庭園(名勝)
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永保寺(えいほうじ)は、岐阜県多治見市にある臨済宗南禅寺派の寺院山号は虎渓山(こけいざん)。 雲水の修行道場(僧堂)である虎渓山専門道場を併設している。 美濃七福神の一つ(寿老人)。

目次

[編集] 歴史

1295年頃、鎌倉の地で夢窓疎石と元翁本元が修行し、また土岐頼貞との接点が生まれた。1311年悟後の修行のため甲斐の龍山庵(浄居寺)に一時隠棲していた夢窓疎石は、1312年元翁本元とともに元翁の故郷である三河の大徳寺に逗留。1313年土岐頼貞の招きにより頼貞の父、土岐光定(1281年4月8日没)の33回忌を定林寺で厳修した。その後土岐頼貞の別邸または砦があったと推察される長瀬山の麓に庵を結ぶ。

文化3年(1806)刊の『虎渓山略縁起一人案内』によれば、正和2年(1313年)6月18日に長瀬山の麓を目指していた夢窓一行が道に迷い、白馬に乗った女性に道を尋ねた所、返事が無かった。そこで夢窓は「空蝉(うつせみ)の もぬけのからか 事問えど 山路をだにも 教えざりけり」と歌を詠んだ。すると女性は「教ゆとも 誠の道はよもゆかじ 我をみてだに 迷うその身は」と返歌して忽然と消え失せ、付近の補陀岩上に一寸八分の観世音菩薩像が出現した。夢窓はこの観世音菩薩像を本尊とし、1314年に水月場(観音堂、国宝)を建立した。

当初「古渓」と称していたが、後に中国廬山の虎渓に因み「虎渓山」と称するようになった。廬山虎渓の風致が当地に似ているとする記述も見られるが、夢窓が渡航した記録は無く、むしろ鎌倉建長寺の中国僧一山一寧のもとで修行していたことにより、当時の廬山での禅修行の風致を虎渓山に求めたものと推察される。

1317年に夢窓は京都の北山に隠棲、更に土佐へ移り、1319年には鎌倉へ、1325年に後醍醐天皇の命により南禅寺第9世として南禅寺に住持することとなる。一方、元翁本元は夢窓の去った虎渓の地を守り暫く留まっていたが、1329年には南禅寺第11世として南禅寺に住持した。 元翁本元が南禅寺に住持している時、後醍醐天皇の皇子世良親王の帰依を受けていたが、親王亡き後、後醍醐天皇が親王の御所を臨川寺とされ、元翁本元を開山として迎えることとなった。この時点では虎渓山開山は夢窓疎石であり、臨川寺開山が元翁本元であるが、南北朝争乱により後醍醐天皇は隠岐に流され、元翁と臨川寺は外護者を失うこととなり、元徳3年(1331)元翁は南禅寺を去り、翌正慶1年(1332)に没した。後醍醐天皇は1333年に京都に戻り、夢窓疎石を再び南禅寺の住持に迎えるとともに、改めて臨川寺の開山とした。これにより、当初夢窓を開山とした虎渓山永保寺は夢窓疎石を開創とし、元翁本元を開山とするようになった。

後醍醐天皇による建武の新政足利尊氏によりわずか2年で失敗に終わり、光明天皇が擁立されて南北朝となり、暦応元年(1338)に足利尊氏が征夷大将軍となる。永保寺は暦応2年(1339)に北朝の光明天皇勅願所とされ、経済的基盤が確立するとともに、開山元翁本元の門派が一流相続する独立的存在の門徒寺とされた。

永保寺の歴代は3世の果山正位以後、14世の雪庭永立(1554年没)までが塔頭の保寿院世代と同一であり、その後320年間にわたり塔頭寺院による輪番で護持されてきた。

天保1年(1830)開山仏徳禅師500年遠諱の際、春応禅悦により僧堂が開かれるが、明治初めの社寺上知令により衰退した。 明治8年(1879)永保寺独住1世として保寿院24世の蕙芳惠薫が任命され、明治14年(1881)開山仏徳禅師550年遠諱の際に柏樹軒潭海玄昌を永保寺住持に迎え僧堂を再開単した。これ以後、僧堂師家が永保寺住職を務めている。

[編集] 文化財

[編集] 国宝

  • 観音堂 - 一重裳階(もこし)付き、入母屋造檜皮葺きの禅宗様仏殿。南北朝時代。虎渓山の仏殿で「水月場」と正称し、虎渓山本尊の「聖観世音菩薩坐像」が祀られている。
  • 開山堂 附:石造宝篋印塔 - 入母屋造檜皮葺き。南北朝時代。虎渓山創建「夢窓国師」および開山「仏徳禅師」が祀られている。

[編集] 重要文化財

  • 絹本着色千手観音図

[編集] 名勝

  • 永保寺庭園

[編集] 県指定

  • 聖観世音菩薩坐像 - 仏殿である国宝観音堂内の虎渓山本尊仏。
  • 仏徳禅師坐像 - 国宝開山堂内
  • 釈迦涅槃図
  • 夢窓国師筆 「春帰家」
  • 夢窓国師筆 「仏鑑」
  • 仏徳禅師筆 「吹毛不曽動」
  • 仏徳禅師筆 遺偈
  • 虎渓山1号古墳

[編集] 市指定

  • 十六善神図
  • 千躰地蔵 - 霊擁殿(六角堂)内
  • 古位牌群 - 国宝観音堂 開山堂内
  • 陶製燈篭
  • 虎渓山4号古墳
  • 虎渓山自然林
  • シデコブシ群生地
  • イチョウの木
  • 虎渓山永保寺文書(中世文書35点・近世文書294点)

[編集] 塔頭寺院

  • 保寿院
  • 続芳院
  • 徳林院

[編集] その他

2003年9月10日、本堂、大玄関、庫裏が火災で焼失。2007年8月29日、庫裏(約520m2)が再建され完成式が行なわれた。また、一般に本堂と呼ばれる方丈華藏庵と唐破風の大方玄関は平成23年4月18日に竣工した。

[編集] 所在地

  • 岐阜県多治見市虎渓山町1-40

[編集] 交通機関

[編集] 周辺

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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