気送管

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気送管(きそうかん)或いはエアシューターとは専用の筒の中に書類を入れて管の中を圧縮空気もしくは真空圧を利用して輸送する手段である。

初期はおもに電報の運搬に用いられ、イギリスで1854年、ドイツで1872年[1] 、フランスで1875年、アメリカ合衆国で1876年、実用化された。 日本では明治42年、東京江戸橋郵便局と兜町株式取引所の間、江戸橋郵便局と神田郵便局との間に装置されたのが最初である。

歴史[編集]

空気圧を利用して管を通して輸送に用いる概念はアレキサンドリアのヘロンの時代にまで遡る。この形式の運搬法は1667年のドニ・パパンの論文が最初の文献であろうという。1806年Phineas Balkによって空気圧を交通機関として使用する発明がされた。1886年、ビクトリア時代に初めて電信の通信文や電報を電信局から近隣の建物に輸送する為気送管が使用された。

ドライブスルー銀行で使用中の気送管。

銀行やスーパーマーケットで使用された。現在でも一部の病院やオフィスビルや宿泊施設等で使用されている[2]

気送管ポスト[編集]

Pneumatic tube letter from Berlin, Germany, 1902

気送管ポスト または 気送手紙は圧縮空気管を使用して手紙を送るシステムである。スコットランドの技術者ウィリアム・マードックによって1800年代に発明され、後にロンドン空気輸送会社によって実用化された。気送管ポストシステムはいくつかの大都市で19世紀後半から始まった(気送管郵便)であるが、20世紀には殆ど廃止された。

形式上、屋内運搬と屋外長距離運搬に分けられ、前者は比較的速度が速くなくてもよく、空気消費量が少ないが、後者は速度、空気消費量が経済的におおいに問題となり、種々の考案がなされた。 管の直径は最小1.25インチからで、2.25インチの標準寸法のものはおもに電報用である。 大型では4インチ×7インチのものもあるが、日本では用いられなかった。ドイツでは容器を用いず、厚紙の一端を折り曲げてそのまま送る扁平管の気送管がある。 フランスのパリでは1866年から気送管を用いた手紙の配送システムを構築し1934年には136か所のパリの全郵便局が気送管で結ばれ、数十分で手紙が目的地に到着していた。このシステムは1984年まで稼働していた[3]。 日本においては、東京、大阪、神戸の中央電信局と、市内局との間に設けられ、また、東京中央電信局の受付と通信室との間のような局内搬送用にも利用された。東京中央電信局の天井からは数十本の真鍮管が下り、市内22局と連絡し、1日1万数千通を取り扱った。

第二次世界大戦までの巡洋艦以上の軍艦では無線電信室を容易に破壊されないよう艦橋構造物の下の艦内に設置するため、艦橋との間で電文や原稿をやり取りする目的で設置する場合があった。

気送交通[編集]

(気送交通とは気送管内部で人々を輸送する交通の総称である。) 1812年、George Medhurstは最初にトンネルに人々を送る事を構想した。

大気圧鉄道は密閉された管の内部を輸送する手段である。:[4]

Alfred Ely Beach's experimental pneumatic elevated subway on display in 1867

1960年代、ロッキードマサチューセッツ工科大学が商務省の依頼で構想した真空鉄道は大気圧と重力で加速する物だった。フィラデルフィアとニューヨーク間で626km/hで結ぶ物だった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ 1876年ドイツのシーメンス社が納めたベルリン中央郵便局の気送管システム
  2. ^ いろいろな輸送機械の導入施設
  3. ^ ギュンター・リアー 『パリ地下都市の歴史』 東洋書林、2009年9月。ISBN 4-88721-773-7
  4. ^ Hadfield, Charles (1967). Atmospheric Railways. Newton Abbot: David & Charles. ISBN 0-7153-4107-3.