東ガンガ朝

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オリッサ地方

東ガンガ朝(ひがしガンガちょう、英語:Eastern Ganga dynasty)とは、5世紀末から15世紀前半にかけて、東インドオリッサ地方に存在したヒンドゥー王朝(5世紀末 - 1434年)。南インドマイソール地方(現カルナータカ地方)にも、同名の西ガンガ朝英語版350年 - 1000年)が存在したため、この王朝は区別して、「東ガンガ朝」と呼ばれている。首都はカリンガナガル

歴史[編集]

成立[編集]

東ガンガ朝は、5世紀末まで起源をさかのぼる、とても歴史のある王朝であった。

この王朝の記録が明確に現れるようになったのは、9世紀末のインドラヴァルマン(在位? - 893)の治世からである。

最盛期と内乱[編集]

ジャガンナート寺院

アナンタヴァルマン(在位1078 – 1147)はこの王朝のもっとも偉大な王で、その72年にわたる長い治世、この王朝は最盛期を迎え、北はガンジス川、南はゴーダヴァリー川に至るまでの、広大な大帝国を築いた。

また、12世紀に、オリッサプリーに現在にまで残る巨大なヒンドゥー寺院、ジャガンナート寺院英語版を建設したのも、彼の業績の一つである。

だが、アナンタヴァルマンの死後、1147年から1178年まで31年間、王位は空位であり、おそらくは王位継承をめぐって争いがあったと考えられる。

結局、1178年にアナンタヴァルマンの息子ビーマ・デーヴァ2世(在位1178 - 1198)が王位につき、戦争は終結したが、この間に南西ベンガルは、ベンガル地方セーナ朝の支配下にはいっていた。

デリー・スルターン朝との戦い[編集]

オリッサのコナーラクにあるスーリヤ・マンディル(太陽神殿)。ナラシンハ・デーヴァ1世の治世に建てられた。

11世紀末、ゴール朝インド方面の司令官アイバクは、北インドを制圧し、その武将ムハンマド・バフティヤール・ハルジーがセーナ朝を蹂躙してベンガル地方を手にして、1200年以降、オリッサに侵入してきたが、ビーマ・デーヴァ2世の孫ラージャラージャ2世(在位1198 - 1211)は、これを撃退した。

1216年から1235年かけて、息子ビーマ・デーヴァ3世(在位1211 - 1238)も同様に、デリー・スルタン朝奴隷王朝の軍を撃退している。

その息子ナラシンハ・デーヴァ1世(在位1238 - 1264)の治世は反撃にでて、1243年に奴隷王朝の支配するベンガル地方に侵攻し、その守備軍の指揮官を討ち、ベンガルの首府ガウダの門前にまで来たが、アワド地方から多数援軍が到着しつつあることをある知り、彼は帰還した。

ナラシンハ・デーヴァ1世は奴隷王朝と幾度となく戦い、晩年には敗れてしまったが、その孫ナラシンハ・デーヴァ2世(在位1279 – 1306)は、南西ベンガルから奴隷王朝の勢力を追い払い、ガンジス川にまで侵攻した。

1323年トゥグルク朝の軍司令官ウルグ・ハーンは、デカンカーカティーヤ朝を滅ぼし、南インドホイサラ朝を再服従させたあと、オリッサに侵攻したが、ナラシンハ・デーヴァ2世の息子バーヌ・デーヴァ2世(在位1306 - 1328)に撃退された。

このように、東ガンガ朝の歴史はデリー・スルターン朝との絶え間ない戦いにあり、その独立を守るために戦い続けなければならなかった。

衰退・滅亡[編集]

ジャガンナート寺院

バーヌ・デーヴァ3世(在位1352 – 1378)の治世、1334年以降、ムハンマド・ビン・トゥグルクの失政により、トゥグルク朝から多数の地方長官が独立し、ここから東ガンガ朝は衰退していった。

東ガンガ朝の領土は、ベンガル王国ヴィジャヤナガル王国といった新興勢力の標的となり、さらにはベンガル王国に遠征していたトゥグルク朝にも攻撃された。

その息子ナラシンハ・デーヴァ4世(在位1378 - 1424)の治世には、バフマニー朝マールワー王国ジャウンプル王国からの遠征軍を受け、王朝は衰退したが、攻撃に耐え抜いて独立を守った。

1424年ナラシンハ・デーヴァ4世の死後、息子のバーヌ・デーヴァ4世(在位1424 - 1434)が即位したが、王国の実権は宰相のカピレーンドラに握られた。

1434年、宰相カピレーンドラはバーヌ・デーヴァ4世を廃して、ガジャパティ朝を樹立し、10世紀続いた東ガンガ朝はその歴史に幕を閉じた。

歴代君主[編集]

ジャガンナート寺院
  • インドラヴァルマン(Indravarman, 在位? - 893)
  • デヴェーンドラヴァルマン4世(Devendravarman IV, 在位893 - ?)
  • ヴァジュラハスタ・アナンタヴァルマン(Vajrahasta Anantavarman, 在位1038 - ?)
  • ラージャラージャ1世(Rajaraja I, 在位? - 1078)
  • アナンタヴァルマン(Anantavarman, 在位1078 - 1147)
  • ビーマ・デーヴァ2世(Bhima Deva II, 在位1178 - 1198)
  • ラージャラージャ2世(Rajaraja II, 在位1198 - 1211)
  • ビーマ・デーヴァ3世(Bhima Deva III, 在位1211 - 1238)
  • ナラシンハ・デーヴァ1世(Narasimha Deva I, 在位1238 - 1264)
  • バーヌ・デーヴァ1世(Bhanu Deva I, 在位1264 - 1279)
  • ナラシンハ・デーヴァ2世(Narasimha Deva II, 在位1279 - 1306)
  • バーヌ・デーヴァ2世(Bhanu Deva II, 在位1306 - 1328)
  • ナラシンハ・デーヴァ3世(Narasimha Deva III, 在位1328 - 1352)
  • バーヌ・デーヴァ3世(Bhanu Deva III, 在位1352 - 1378)
  • ナラシンハ・デーヴァ4世(Narasimha Deva IV, 在位1378 - 1424)
  • バーヌ・デーヴァ4世(Bhanu Deva IV, 在位1424 - 1434)

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]