室津
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室津(むろつ)は、兵庫県たつの市御津町に属し、播磨灘に面する港町・漁港(第2種漁港)。
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[編集] 概要
約2000年前、神武天皇の東征先導役が室津に港を建設したといわれる。藻振ノ鼻(室津半島先端部)と金ヶ崎(たつの市・相生市境)で囲まれた室津湾の、更に東側奥にあることから、「室の如く静かな津」ということで「室の泊」と呼ばれたのがその名の始まりと伝えられる。『播磨国風土記』に、「コノ泊、風ヲ防グコト室ノゴトシ 故ニ因リテ名ヲナス」と紹介されている。奈良時代には行基によって「摂播五泊」([1]参照)の一つとされ、海上と陸上交通の要衝として「室津千軒」と呼ばれるほど栄えた。
江戸時代になると、参勤交代の西国大名の殆どが海路で室津港に上陸して陸路を進んだため、港の周辺は日本最大級の宿場となった。通常、宿場におかれる本陣は、1軒、多くとも2軒であるが、室津には6軒(肥後屋・肥前屋・紀国屋・筑前屋・薩摩屋・一津屋)もあった。しかし、明治に入ると参勤交代の制度が無くなり、鉄道・道路が内陸部に敷かれたため急速に衰退した。
1951年(昭和26年)4月1日に御津町と合併し、更に2005年10月1日には平成の大合併の一環としてたつの市域に入った。室津旧市街地は兵庫県の景観形成地区に1994年指定された。
[編集] 地理
たつの市御津町主部から、国道250号の「七曲り」と呼ばれる屈曲した海岸線を抜けた半島部に位置する。国道250号は半島の付け根、室津市街の北外れをかすめ、大浦(たつの市)、鰯浜(相生市)の集落を経て相生市街へ至る。市街は半島西岸奥の港を中心に立地。半島東岸は切り立った断崖である。沖合いに、地・中・沖の唐荷島が浮かぶ。
[編集] 名所・旧跡
- 賀茂神社 - 本殿を含む8棟の建造物が国指定の重要文化財。
- たつの市立室津民俗館 - 旧豪商「魚屋」建物
- たつの市立室津海駅館 - 旧廻船問屋「嶋屋」建物
- 浄運寺
- 見性寺 - 木像毘沙門天像は国の重要文化財
- 友君橋
- 唐荷島 - 唐(中国)船が台風により室津沖で難破し、その積み荷が沢山流れ着いた島であることから名づけられたものと伝わっている。
- きむら屋 - 竹久夢二が滞在した宿。ロビーには作品を展示した「夢路ギャラリー」がある。
[編集] 交通アクセス
[編集] 周辺
[編集] 関連項目
- 万葉集 - 山部赤人の和歌に「玉藻刈る 辛荷の島に 島廻する 鵜にしもあれや 家思はざらむ」とある。
- 源俊頼 - 和歌に「浅ましや室津のうきとききしかど 沈みぬる身の泊りなりけり」(夫木抄)とある。
- 足利尊氏 - 南北朝時代に新田義貞・北畠顕家らに敗れて室津に逃れた。当地で播磨の有力者赤松則村(円心)の勧めに従って九州への下向を決めたと伝わる。
- 朝鮮通信使 - 停泊所に定められた。
- お夏と清十郎の悲恋物語 - 清十郎の生誕地である。近年まで清十郎の生家が現存していたが取り壊された。現在、その跡地に記念碑がある。
- 谷崎潤一郎 - 『乱菊物語』の舞台としてこの地を取り上げている。