円珠庵

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円珠庵
Enju-an.jpg
所在地 大阪府大阪市天王寺区空清町4-2
位置 北緯34度40分18.9秒 東経135度31分28.2秒 / 北緯34.671917度 東経135.524500度 / 34.671917; 135.524500座標: 北緯34度40分18.9秒 東経135度31分28.2秒 / 北緯34.671917度 東経135.524500度 / 34.671917; 135.524500
山号 雪光山
宗派 真言宗豊山派
別称 鎌八幡
札所等 摂津国八十八箇所 第15番札所
文化財 契沖旧庵ならびに墓(国の史跡)
公式HP 悪縁を絶つ寺 鎌八幡
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円珠庵(えんじゅあん) 大阪府大阪市天王寺区空清町にある真言宗豊山派の寺院。

歴史[編集]

  • 天和元年(1681年)6月百姓太郎左衛門が契沖に深く帰依して所有地を寄付したのが当庵の起こり。
  • 元禄14年(1701年)1月25日に契沖は当庵にて62歳で亡くなり、墓所は境内にあり、毎年1月25日の契沖忌のみ墓参できる。
  • 明治21年(1888年)12月正4位を追贈、金百円を下賜[1]
  • 真言宗御室派妙法寺末寺で、本尊は不動明王であったが、戦災で全焼し、戦後は大和の長谷寺の末寺として再建された。

境内[編集]

  • 鎌八幡(かまはちまん)
元和大坂冬の陣の時真田幸村が、陣所内にて当時信仰を集めていた御神木に、「鎌八幡大菩薩」と称して慣例に習い鎌を打ち込み、必勝を祈願したところ、大いに戦勝をあげたと伝承されている。江戸時代以降は、真言宗の祈祷と結びつき、現在の形の「悪縁を断つ鎌八幡」として信仰を集め、現在に至っている。

文化財[編集]

史跡(国指定)[編集]

  • 契沖旧庵(円珠庵)ならびに墓

重要文化財[編集]

  • 契沖著述稿本類[2]
    • 著述稿本類(15種)1巻、47冊
    • 抜書、手沢本類(38種)56冊
    • 附:契沖自筆遺言状 1幅
    • 附:契沖像(絹本著色、藤原漢斉筆)1幅
    • 附:契沖阿闍梨追悼詩歌 1巻

以上の著述稿本類は大阪府立中之島図書館に寄託されている。[3]

交通アクセス[編集]

出典[編集]

  1. ^ 井上 正雄 『大阪府全志』 (1922)全国書誌番号:73012615
  2. ^ 「新指定の文化財」『月刊文化財』297号、第一法規、1988、p.27; 昭和63年6月6日文部省告示第77号
  3. ^ 大阪府内指定文化財一覧表(府公式サイト)

外部リンク[編集]