中尊寺ゆつこ
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中尊寺 ゆつこ(ちゅうそんじ - 、1962年5月28日 - 2005年1月31日)は、東京都出身の漫画家。本名小林 幸子(こばやし ゆきこ)。旧姓藤原(ふじわら)。夫は音楽ジャーナリストの小林雅明。
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[編集] 名前
自分が描いた作品に本名を書くと歌手の小林幸子と混同され、間違われやすいために中尊寺ゆつこと名乗ったとされるが事実ではない。デビューは結婚前なので、藤原姓のとき。(奥州)藤原氏→岩手県平泉の中尊寺、の連想でペンネームをつけた。ちなみに事務所の名前は、中尊寺金色堂からとって、金色堂。ゆつこは、ゆきこが変じたもので、小さい頃からの愛称である。なお、「ゆつこ」であって促音ではない(「Yutsuko Chusonji」という欧字表記を併用していた)。
[編集] 経歴
小学生の頃、漫画がうまい少女としてテレビ出演後、中学生時代にかけて、少女モデルとして雑誌などで活躍。芳村真理などを輩出した老舗モデルクラブに所属していた。高校在学から大学在学時にかけては女性ロックミュージシャン、ケイト・ブッシュの日本でのファンクラブ会長を務め、会報の編集・発行を行っていた。
横浜YMCA予備校にて難関向けクラスのP1クラスにて1年間の浪人生活を送った後、駒澤大学法学部政治学科に入学。卒業後OL生活を経て、バンド「ロシアバレエ団」を結成して音楽活動を行い、1986年にはインディーズレーベル「ナゴムレコード」からシングル「シンクーム」をリリース。バレリーナ風のチュチュを着て踊りながら、音程の外れた声で歌うコミックバンド色の強いユニットだった。学生バンドだったため、大学卒業後は解散状態になってしまい、打ち込みの電子音楽を始めることを決意。音楽機材を買うための賞金狙いで漫画を描いた。1987年には雑誌の新人賞を獲得。賞金は獲得できなかったが、その後は漫画家としての活動が主になり、1990年にOLを題材にした漫画「スイートスポット」で「オヤジギャル」が流行語大賞に入賞した。1993年 - 1995年にアメリカ・ニューヨーク在住。帰国後も漫画や時事風刺エッセイ、テレビのコメンテーターとして活躍した。
ニューヨーク在住前後から文法書を中心に学習して、苦労して英語を習得。漫画によるアフリカ各国やアメリカのルポも手がけ、政治学科卒の知識を生かした社会派的側面と、ライフスタイルへの詳細な観察眼をあわせもった新しい境地を開拓した。2004年5月には在アトランタ日本総領事の招きでアメリカを訪問し、カーター元大統領と会見したほか、日本の漫画についての英語による講演を大学で行った。
2004年夏から執筆活動などをこなしながら闘病を続けていたが、2005年1月31日、42歳の若さでS状結腸癌のため横浜市内の病院で死去。その死は多くのファンに衝撃を与える。その一方で、彼女の母親と夫との間で、遺産にまつわる論争が繰り広げられた。
[編集] 作品
[編集] 漫画
- お嬢だん
- 新・お嬢だん
- スイートスポット
- アメリカンネイバーズ
- プリンセス in Tokyo
- ワイルドQ
- マダム陰アンド陽
- うらわか姫
- ブレス
- お嬢品経済学
- ハマのメリーJ(ぶらいじ)さん
[編集] 著作
- ていうか経済ってムズカシイじゃないですか
- ちょっとあなたはめだちすぎ
- ニューヨークネイバーズ
- アフリカンネイバーズ
- 自分改造主義
- ヨノナカ関係論
- ウィ・アー・ジャパニーズ
- やっぱり英語をしゃべりたい!―英語負け組からの華麗なる脱出法


