ロザリンド・フランクリン

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ロザリンド・エルシー・フランクリンRosalind Elsie Franklin, 1920年7月25日 - 1958年4月16日)はイギリス物理化学者、結晶学者である。石炭グラファイトDNAタバコモザイクウイルスの化学構造の解明に貢献した。

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生涯と学績 [編集]

ロザリンド・フランクリンは、ロンドンユダヤ人家系の銀行家の家庭に6人きょうだいの長女として生まれた。ハーバート・サミュエルを大叔父に、ノーマン・ベントウィッチを叔父に持っている。裕福な両親は、ロザリンド9歳のときから寄宿学校に入学させ、可能なかぎり最高の教育をうけさせた[1]。 

寄宿学校卒業後はケンブリッジ大学ニューナム・カレッジで学んだ。当時、ケンブリッジ大学は女子とユダヤ人の入学を認めてからそれほど時間が経過しておらず、いまだ女性が自由に研究に没頭する環境になかった。しかしロザリンドは研究にいそしみ、大学をトップクラスで卒業し、さらに大学院に進んだ[1]第二次世界大戦中は石炭結晶構造に関する研究をおこない、1945年、25歳のときケンブリッジで物理化学の博士号を取得している。1947年には、ケンブリッジ時代に親しかったフランス人エイドリアン・ワイルの協力を得てパリ国立化学研究所に移った。ここでは黒鉛の結晶学的研究をおこなった。

フランス留学後の1950年ロンドン大学キングス・カレッジに研究職を得て、X線結晶学の研究に没頭した。X線結晶学とは、結晶へのX線照射による物質の散乱パターンを逆フーリエ解析を用いて解き、当該物質の分子構造を解明していこうというものである。彼女にあたえられた研究テーマは、X線によるDNA結晶の解析であった。

ロザリンドは順調に研究を進め、着手後およそ1年で、DNAには水分含量の差によって2タイプ(A型とB型)存在することを明らかにし、それを互いに区別して結晶化する方法を確立させた。また、そこにX線を照射して散乱パターンの写真撮影に成功していた。さらに、これらについてはデータを公表せず数学的解析を自力で進めていた。1953年には、DNAの二重らせん構造の解明につながるX線回折写真を撮影している[注釈 1]

しかし、フランクリンはDNAの研究をめぐり、彼女が来る以前からDNAを研究していたモーリス・ウィルキンスとしばしば衝突していた。そして、ウィルキンスはケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所に在籍していたジェームズ・ワトソンフランシス・クリックに彼女の撮影した写真を見せる。このことは、二重らせん構造解明の手がかりとなったものの、のちに大問題となった[1]

この時の事情について、ワトソンとウィルキンスの言い分は異なっている。ワトソンは、著書『二重らせん』で、ウィルキンスがフランクリンと険悪な関係に陥ったために写真を自分たちにこっそり見せた、と述べている。しかし、ウィルキンスは著書『二重らせん 第3の男』で、あくまでフランクリンのデータを閲覧する権限が自分にあり、フランクリンもそれを認めていた、と釈明している[1]

また、フランクリンは1952年に自分の非公開研究データをまとめたレポートを年次報告書として英国医学研究機構に提出しているが、その研究レポートは、英国医学研究機構の予算権限を持つメンバーの一人でありクリックの指導教官にあたる立場の研究者であるマックス・ペルーツが入手し、そこからクリックの手に渡った。この非公開レポートには、DNA結晶の生の解析データだけでなく、フランクリン自身の手による測定数値や解釈も書き込まれており、DNAの結晶構造を示唆するものであった。この件についてクリックは何も語っていない[2]

1962年にワトソン、クリック、ウィルキンスがDNAの構造解明によりノーベル生理学・医学賞を受賞したが、フランクリンは1958年に37歳の若さで卵巣癌巣状肺炎により死亡したため、受賞の栄誉は得られなかった。一説には、実験のため無防備に大量のX線を浴びたことが癌の原因だといわれている[2]

フランクリンは、ワトソンの『二重らせん』で「気難しく、ヒステリックなダークレディ」と書かれるなど長い間否定的な評価をされてきたが、1980年代に入ってようやく彼女の業績が再評価されるようになった[注釈 2]2008年には、コロンビア大学からホロウィッツ賞が遺贈された。

人物 [編集]

若いころのロザリンドは登山を趣味としていた。結婚はしておらず、生涯独身であった。

脚注 [編集]

注釈 [編集]

  1. ^ 福岡伸一は、彼女はワトソンやクリックとは異なり、あくまでも「帰納的に」DNAの構造を解明していくことだけを考えていたと説明している。福岡(2007)
  2. ^ 福岡伸一は、DNAの二重らせん構造について、「"ワトソン・クリック・フランクリン構造”とよぶべき」と述べている。福岡(2007)

参照 [編集]

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  1. ^ a b c d 福岡(2007)pp.108-116
  2. ^ a b 福岡(2007)pp.117-130

参考文献 [編集]

評伝 [編集]

  • 『ロザリンド・フランクリンとDNA―ぬすまれた栄光』:アン・セイヤー著/深町 眞理子訳(草思社、1979年/1月)  ISBN-10: 4794200986  ISBN-13: 978-4794200983 (絶版)
  • 『ダークレディと呼ばれて-二重らせん発見とロザリンド・フランクリンの真実』:ブレンダ・マドックス著 /福岡伸一訳(化学同人2005年ISBN 978-4759810363

外部リンク [編集]