ハーバート・サミュエル (初代サミュエル子爵)

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初代サミュエル子爵
ハーバート・サミュエル
Herbert Samuel, 1st Viscount Samuel
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生年月日 1870年11月6日
出生地 イギリスの旗 イギリスランカシャー州、リヴァプールトックステス
没年月日 1963年2月2日
出身校 ユニヴァーシティ・カレッジ・スクール
オックスフォード大学ベリオール・カレッジ
所属政党 自由党
称号 一等バス勲章勲爵士 (GCB)
メリット勲章勲爵士 (OM)
一等大英帝国勲章勲爵士 (GBE)
枢密顧問官 (PC)
配偶者 ベアトリス・フランクリン
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初代サミュエル子爵ハーバート・ルイス・サミュエルHerbert Louis Samuel, 1st Viscount Samuel1870年11月6日 - 1963年2月2日)はイギリスユダヤ系の政治家・外交官、思想家。 バス勲章ナイト・グランド・クロス勲爵士(GCB)、メリット勲章勲爵士(OM)、大英帝国勲章ナイト・グランド・クロス勲爵士(GBE)、枢密顧問官(PC)。

リヴァプールトックステス英語版に生まれる。祖先はポーランド系で、サミュエル・モンタギューに始まるスウェイスリング男爵家は親戚である。

1902年、自由党員として庶民院に入り、1909年ランカスター公領尚書Chancellor of the Duchy of Lancaster)、1910年~1914年・1914年~1916年郵政大臣Postmaster General)、1916年内務大臣Home Secretary)、1920年~1920年イギリス委任統治領パレスチナ初代高等弁務官、1931年~1932年再び内務大臣をつとめる。1931年から1935年までロイド・ジョージの後任の自由党党首を務めた。

著書[編集]

  • "Practical Ethics" (1937年)
  • "In Search of Reality" (1957年)

文献案内[編集]

  • Segev, Tom (2000): One Palestine, Complete, (ISBN 034911286X). Abacus History.

外部リンク[編集]

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先代:
(創設)
サミュエル子爵
初代: 1937-1963
次代:
エドウィン・サミュエル