反シオニズム

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反シオニズム(はんシオニズム)は政治的、宗教的にシオニズムに反対する幾つかの異なる観点を述べるのに使われる概念である。反シオニズムはシオニズムに対して共通の形式で現れる場合もあるが、それらの背景や思想には大きな開きがあり、1つの現象と看做すことはできない。ここでは歴史的なものと現在のシオニズムへの反対について述べる。

シオニズムの定義として幾つか挙げられる。

反シオニズムはこれらの目的あるいは行為への反対として現れる。反シオニズムも人種差別として非難される場合がある。

反シオニズムの諸類型[編集]

ユダヤ人の反シオニズム[編集]

アーリヤーを巡って[編集]

ワシントンD.C.で行われたアメリカ・イスラエル公共問題委員会会場にてユダヤ人国家の平和的解体を訴えるナートーレー・カルター2005年5月

ヘブライ語で「上昇」を意味するアリーヤーという語は、ユダヤ人によるイスラエルへの帰還を表す言葉として古代より用いられてきた。中世に入ると、ナフマニデスアイザック・ルリアヨセフ・カロら多くの有名なラビがイスラエルの地へ戻った。この他世界各地で離散を余儀なくされているユダヤ人も、メシアの時代に果たされるであろう帰還を祈り[1]、その願いは数世代にわたって受け継がれていった。

しかしユダヤ啓蒙主義時代には、改革派がアリーヤーを含め伝統的な信条を時代に合わないものと見なし破棄した。その後、イスラエルへのユダヤ人入植者が増加すると、従来の宗教上の信条と並行してイデオロギー政治的配慮から、アリーヤーが再び脚光を浴びるようになる。

ただ、敢えて離散状態を選択するユダヤ人も少なからず存在することから、アリーヤーへの支持が常に厚いわけでなく、現代のシオニズム運動もそれ程一般的ではない。とは言え、正統派保守派、近年では改革派に至るまで、シオニズムは一定の支持を得ているのが現状である[2][3][4]

超正統派[編集]

シオニズムが始まった当初、ヒレル・ツァイトリンジョエル・テイテルバウムなど多くの宗教的ユダヤ人は、ユダヤ人か否かに関わらず、世俗的なイデオロギーであるナショナリズムには反対の立場を採り、シオニズムに対する闘争を展開した[5]

世俗的ユダヤ人[編集]

ユダヤ人共同体は一枚岩ではなく、集団内外でも様々な反応が見られる。こうしたことから、世俗的ユダヤ人と宗教的ユダヤ人との間に原理的な相違が見られる以上、世俗的ユダヤ人がシオニズム運動に反対する理由は、宗教的ユダヤ人のものとは大きく異なる。

第二次世界大戦以前、多くのユダヤ人はシオニズムを浮世離れした非現実的な運動と見なしていた[6]啓蒙主義時代ヨーロッパにおいて多くの自由主義者は、ユダヤ人が国民国家に忠誠を誓い、現地の文化に同化した上で完全な平等を享受すべきと説いた。一方、統合なり同化なりを受け入れたユダヤ人には、シオニズムがユダヤ人の市民権獲得の上で脅威に映った[7]

ヨーロッパでは、多くのユダヤ人が左派或いは国際主義的な信念からシオニズムに反対したし、エジプトでは共産主義の影響を受けたユダヤ人反シオニズム同盟が結成された。またイスラエルにおいてもマツペンハダシュといった政党を中心に、反シオニズムを標榜する組織政治家が存在する。

第二次世界大戦とイスラエル建国[編集]

シオニズムに対する態度は、第二次世界大戦を境に変貌を遂げた。ホロコーストの全容が明らかになる前の1942年5月ビルトモア会議パレスチナにユダヤ人共同体を設立すべきという、伝統的なシオニズム政策の放棄を宣言した[8]。 これを受け、一部シオニストの間に、パレスチナにおけるアラブ・ユダヤ連合国家樹立を支持する政党を立ち上げるなどの動きが見られた[9]

だがホロコーストの実態が知られると、社会主義者で終生無神論を貫いたポーランドイギリスジャーナリストアイザック・ドイッチャーを含め、1948年以前はシオニズムを批判していた者でさえ見解を改めるようになった。第二次大戦以前、ドイッチャーは国際社会主義運動に害を与えるとしてシオニズムに反対していたが、ホロコースト以後は戦前の見解を悔い改め、生き残ったユダヤ人に避難所を与えるのは「歴史的必然」との立場から、イスラエルの建国を支持した。なお、ドイッチャー自身は1960年代以降、パレスチナ難民問題を契機として反シオニズムに回帰している。

ユダヤ人共同体外における反シオニズム[編集]

世俗的アラブ人[編集]

イギリスの支配下にあった頃のパレスチナ及びトランスヨルダン地図

ヨーロッパ列強による植民地支配を受けてきた、アラブ諸国の反植民地主義者や反帝国主義主義者は、ある国が特定の国を支配するには先ず、自国の人間を移民として送り込むべきとの見解を強調していた。この見解によると、対シオニズム闘争はパレスチナ人自身が革命を起こし、ユダヤ人入植者を排除することにあるとした。また1960年代ナセル時代の汎アラブ主義者は、パレスチナをアラブ世界の一部と捉え、アラブ諸国が団結してイスラエルに軍事介入すべきと説いた。

ムスリム[編集]

イスラム教を奉じる反シオニズム主義者は一般的に、イスラエルをイスラム世界への介入者と見なし、イスラム世界はムスリムによってのみ合法的永続的に支配されるのが理想と考える[10][11][12]

また、イラン革命以降のイラン政府やパレスチナ人らは、イスラエルが非合法である以上、イスラエルという国家そのものを指す場合、「イスラエル」ではなく「シオニスト政権」(Zionist regime)という語を用いることが多い。例えば2006年12月タイム誌が行ったインタビューでも、イランのアフマディーネジャード大統領は「皆さんご存じの通り、シオニスト政権両政府の傀儡政権に過ぎない」と発言した[13]

カトリック教会と反シオニズム[編集]

ピウス10世ベネディクト15世ピウス12世をはじめ現代の歴代教皇は、シオニズム批判を大々的に行ってきた[14]。これは、ユダヤ人がキリストの神性を認めない以上、彼らが進めるシオニズム運動を支持するわけにはいかないためである[15]教皇庁もこうした問題により、1993年までイスラエルと関係が断絶していた。

脚注[編集]

  1. ^ Taylor, A.R., 1971, 'Vision and intent in Zionist Thought', p. 10,11
  2. ^ [1] Rachael Gelfman, Religious Zionists believe that the Jewish return to Israel hastens the Messiah
  3. ^ [2] Ehud Bandel - President, the Masorti Movement, Zionism
  4. ^ http://ccarnet.org/Articles/index.cfm?id=42&pge_prg_id=4687&pge_id=1656
  5. ^ Shaul Magid, “In Search of a Critical Voice in the Jewish Diaspora: Homelessness and Home in Edward Said and Shalom Noah Barzofsky’s Netivot Shalom,” Jewish Social Studies: History, Culture, Society n.s. 12, no. 3 (Spring/Summer 2006), p.196
  6. ^ Walter Laqueur, A History of Zionism, (Schocken Books, New York 1978, ISBN 0805205230), pp385-6.
  7. ^ Walter Laqueur, A History of Zionism, p399.
  8. ^ American Jewish Year Book Vol. 45 (1943-1944) Pro-Palestine and Zionist Activities, pp 206-214
  9. ^ American Jewish Year Book Vol. 45 (1943-1944), Pro-Palestine and Zionist Activities, pp 206-214
  10. ^ Neusner, Jacob (1999). Comparing Religions Through Law: Judaism and Islam. Routledge. ISBN 0415194873.  p. 201
  11. ^ Merkley, Paul Charles (2001). Christian Attitudes Towards the State of Israel. McGill-Queen's Press. ISBN 0773521887.  p.122
  12. ^ Akbarzadeh, Shahram (2005). Islam And the West: Reflections from Australia. UNSW Press. ISBN 0868406791.  p. 4
  13. ^ http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,1570714,00.html
  14. ^ La condamnation de l'idéologie sioniste par l’Église catholique
  15. ^ Catholicism, France and Zionism: 1895-1904