ラミロ2世 (アラゴン王)

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レミーロ2世

レミーロ2世アラゴン語Remiro II1075年頃 - 1157年8月16日)は、アラゴン(在位:1134年 - 1137年)。アラゴンとナバーラの王サンチョ・ラミレスの子。ペドロ1世アルフォンソ1世の弟。よく知られるラミーロ2世Ramiro II)という名は、カスティーリャ王国の言語であるカスティーリャ語(一般にスペイン語として知られる)の名である。

アルフォンソ1世の死後、アラゴン王位を継いだが、ナバーラ王位にはガルシア6世が就き、サンチョ・ラミレス以来続いていた同君連合は解消された。

俗事を嫌い、僧籍にあったが、兄の死により仕方なく王位を継いだと言われる。即位後すぐにアキテーヌ公ギヨーム9世の娘アニェスと結婚し、翌1135年に一人娘ペトロニーラをもうけた。そして生まれたばかりのペトロニーラを隣国カタルーニャの君主、バルセロナ伯ラモン・バランゲー4世に嫁がせると、1137年11月に王位をペトロニラに譲り、娘婿ラモン・バランゲーにアラゴンの統治を託した。こうしてアラゴンとカタルーニャの同君連合アラゴン連合王国)が成立した。退位後、1157年に死去するまでの20年間、レミーロは俗世からは身を引き、ウエスカのサン・ペドロ・エル・ビエホ修道院(サン・ペール・オ・ビエーリョ修道院)で一修道士として暮らした。