ペドロ2世 (アラゴン王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ペドロ2世

ペドロ2世西:Pedro II, 1174年 - 1213年9月12日)は、アラゴンおよびバルセロナ伯(在位:1196年 - 1213年)。アルフォンソ2世と王妃サンチャ(カスティーリャ王アルフォンソ7世と王妃リクサ・シロンスカの娘)の子。カトリック王(el Católico)と呼ばれる。カタルーニャ語名ではペラ2世(Pere II, バルセロナ伯としては1世)。

1212年、カスティーリャ王アルフォンソ8世ナバラサンチョ7世と共にナバス・デ・トロサの戦いに参戦、ムワッヒド朝アミールムハンマド・ナースィルを打ち破った。

フランス南部の領土をめぐってフランスの諸侯と対立し、シモン・ド・モンフォールに息子ハイメ(妃マリア・デ・モンペリエとの間の一人息子、後のハイメ1世)を差し出す事で戦争を回避しようとしたが、結局はアルビジョア十字軍と正面対決する事になる。トゥールーズ郊外ミュレの戦い(1213年)において戦死した。自ら先陣を切って敵軍に突撃したと伝えられる。

先代:
アルフォンソ2世
アラゴン王
バルセロナ伯
1196年 - 1213年
次代:
ハイメ1世