メダグリアドーロ

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メダグリアドーロ
英字表記 Medaglia d'Oro
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1999年
El Prado
Cappucino Bay
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Albert Bell & Joyce Bell
馬主 Edmund A.Gann
調教師 Robert J.Frankel
競走成績
生涯成績 17戦8勝
獲得賞金 575万4720ドル
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メダグリアドーロ (Medaglia d'Oro) はアメリカ合衆国競走馬および種牡馬ダート中距離戦を得意とした。馬名はイタリア語で「金メダル」のことを指し、現地における実際の発音は「メダーリアドーロ」あるいは「メダーリャドーロ」に近い。

戦績[編集]

デビュー当時はダート6ハロン競走を使われ、2戦目で初勝利を挙げる。続くG2サンフェリペステークスで快勝し、初重賞勝利を挙げると中距離戦線にシフトする。初G1挑戦となったウッドメモリアルステークスはアタマ差の2着と惜敗、クラシック三冠競走にも全て出走したが、それぞれ4着、8着、2着と勝ち切れなかった(尚この時に2冠を達成したのは後に日本に種牡馬として輸入されたウォーエンブレム)。

しかし、ジムダンディステークスを使った後のトラヴァーズステークスで初G1勝利を挙げる。続くブリーダーズカップ・クラシックでも1番人気に推されるが、最低人気の伏兵ヴォルポニに6馬身半も離された2着と大きく敗れた。

4歳になるとG2を2連勝、連勝後のホイットニーハンデキャップではブリーダーズカップ・クラシックで敗れたヴォルポニに1馬身の差をつけて雪辱を果たした。しかし、パシフィッククラシックではアルゼンチン産の強豪キャンディライドにレコードで快勝され、続くブリーダーズカップ・クラシックでは1番人気に推されるもののプレザントリーパーフェクトの2着と、この競走2年連続2着という結果に終わった。

5歳になるとドバイワールドカップの前哨戦としてドンハンデキャップを圧勝するが、ドバイワールドカップでは再びプレザントリーパーフェクトの2着と惜敗し、この1戦を最後に現役を引退した。

年度別競走成績[編集]

特徴[編集]

  • 前述の通りブリーダーズカップ・クラシックを2年連続で2着した事や、ドバイワールドカップも2着したことから大舞台を勝ち切る底力に欠けていた。
  • 9つある敗戦のうち、7つの敗戦が2着と非常に安定した成績を残した。ちなみに2着以外となった競走は前述の通りケンタッキーダービープリークネスステークスの4着と8着である。

種牡馬入り後[編集]

初年度産駒からケンタッキーオークスを20馬身差で圧勝、プリークネスステークスを牝馬として85年ぶりに制したレイチェルアレクサンドラを輩出し上々のスタートを切っている。産駒の馬体のバランスはよく、生産地での評判は高い。

主な産駒[編集]

※G1競走優勝馬のみ

血統表[編集]

メダグリアドーロ血統サドラーズウェルズ系 / アウトブリード

El Prado
1989 芦毛
Sadler's Wells
1981 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Fairy Bridge Bold Reason
Special
Lady Capulet
1974 芦毛
Sir Ivor Sir Gaylord
Attica
Cap and Bells Tom Fool
Ghazni

Cappucino Bay
1989 鹿毛
Bailjumper
1974 鹿毛
Damascus Sword Dancer
Kerala
Court Circuit Royal Vale
Cycle
Dubbed in
1973 栗毛
Silent Screen Prince John
Prayer Bell
Society Singer Restless Wind
Social Position F-No.9-b

外部リンク[編集]