ムスチスラフ1世
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ムスチスラフ1世によって建てられたノヴゴロド近郊の聖ニコライ聖堂、大公の家族を描いた12世紀のフレスコ画が残る
ムスチスラフ1世(Мстислав I Владимирович, 1076年6月1日 - 1132年4月14日)はキエフ大公(在位:1125年 - 1132年)。「偉大なる」ムスチスラフとあだ名される。ウラジーミル・モノマフの長男。
生涯 [編集]
1076年にスモレンスクに生まれる。1093-95年をロストフ、そしてスモレンスクで過ごす。1111年には父ウラジーミルとクマン人(ポロヴェツ)に遠征する。1116年に再度遠征し、彼らの町を奪う。1125年に、父の死に伴い、キエフ大公位を相続する。1130年にチュジ族討伐のために遠征。1132年に死去。大公位は弟のヤロポルク2世に渡った。
子女 [編集]
1095年にスウェーデン王インゲ1世の娘クリスティーナと結婚し、10人の子女をもうけた。
- インゲボラ…ユトランド伯クヌート・ラヴァルドと結婚、デンマーク王ヴァルデマー1世の母親
- マルムフレッド…ノルウェー王シグルド1世と結婚、デンマーク王エリク2世と再婚
- エウプラキヤ…東ローマ皇帝ヨハネス2世コムネノスの長男アレクシオス・コムネノスと結婚
- フセヴォロド
- マリヤ(アガファ?)…フセヴォロド2世と結婚、子女5人
- イジャスラフ2世…キエフ大公
- ロスチスラフ1世…キエフ大公
- スヴャトポルク
- ロクネダ…ヴォルィーニ公ヤロスラフと結婚
- クセニヤ…イジャスラヴリのブリャチスラフと結婚
クリスティーナと死別(1122年1月18日)後、、ノヴゴロド市長のドミトル・ザヴィジチの娘リュバヴァと再婚し、3人の子女をもうけた。
|
|
|